夢日記

日々谷紺

アールヌーボー調の自営業の実家

 やたらに大きいアールヌーボー調の、異国のホテルのようなマンションに実家がある。1階まるごとの広いロビーには暖色系の絨毯が広がり、天井は高く、その天井から壁にかけてごちゃごちゃと装飾されている。

 我が家は最上階にあるため、階段を上っていく。エレベーターはない。ロビーと階段はガラス張りの扉で仕切られ、扉は縦に細長い。細すぎて、体を側面から押し込めて、挟まれながら、背と腹に圧力を感じながら、力を込めてやっと通れる程だ。祖母とともに自宅へ向かって階段を上っていくのだが、足の悪い祖母がバランスを崩さないように私は後ろからついて支えている。階段の手すりは艶のある黒、やはりアールヌーボー調でぐるぐるとした蔦のような造形をしている。各階につくたびに、あのやたらに細い扉から出たり入ったりしなければならない。祖母は私より体が太いのに、入り口につっかえる様子はない。

 最上階の自宅には、父、母、いとこ、叔母、その他親戚が複数名揃っていた。親戚と認識しているが、その殆どは見知らぬ人だ。自宅内は私の知っている実家と差はなかったが、なにやら改装か引っ越しでもするのか、ダンボールにまとめられた荷物がそこいら中に積んである。

 実家は自営業を営んでおり、私も社員として所属していたが、もうすぐ別の部に移動させられるらしい。その新しい仕事場へ案内される。先程と打って変わって飾り気のない白壁、コンクリートの床が細くまっすぐ伸び、空気が灰色じみた廊下を、見知らぬ親戚の背中を追いながら歩いてゆく。

 仕事場の入口が見えた。中に入ろうと一歩、足を出しかけて冷やりとする。危うく落ちそうになる。「落ちそうになる」意味がすぐにはわからなかったが、よくよく見てみれば、本来床があるべき位置に床がない。入り口を境にすこんと床が低くなっており、廊下の床から10m程も下の方にやっとそれがある。下へ降りるための階段もはしごも、坂などもない。落ちれば死ぬ恐れがある。

 廊下の床と同じくらいの高さに、オフィスチェアの座面がずらりと、手前から奥へ並んでいる。右手側の壁に沿って奥へ、デスクが続いていて、その上にパソコンがずらりと奥へ並んでいる。その対面の左側の壁にも同じセットがずらりと並んでいるようだが、部屋がよほど広いらしく、はるか遠くに見える。あちら左の列の席に着くためにはまた別のルートを通らねばならないのだろう。私の席は、入り口から3つ目の椅子だと言われて、座面の上を歩きながら、いや這うように渡って席を目指す。オフィスチェアの足は10m下の床から長く伸びていて支柱は1本、キャスターだわ座面はくるくる回るわで不安定極まりない。

 ようやく席に座ることができたものの、勢い余って机を蹴押してしまう。机は当然壁沿いにあるため動かない。つまりキャスター付きのオフィスチェアに座った私のほうがみるみる後退し、部屋の中程の空中で孤立する。手の届くところになんにもない。壁は遥か、机は遠く、触れられるのは椅子ばかり。足は当然床に届かず、虚しくぶらぶらしている。このまま落ちて死ぬか、衰弱して死ぬしかないのだな、と、心臓の毛羽立つような感覚の中で、ぼんやりと思考した。


20180401

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