お狐様には逆えない

奏汰

Prologue 「とある夏の日の出来事でした」

  2045年のとある夏のことじゃった。平和だったはずの五十嵐村に、化け狐が現れたのは。

  『もしもし、そこの農家のお方。』

  化け狐はたいそう綺麗な女子おなごに化けておってのぉ…。最初はだぁれも、狐だとは気づかなかったんじゃ。

  『五十嵐山…とやらに行くにはどう登って行けばよろしくて…?わたくし、この辺に来るのが初めてで、右も左も分からないのです。』

  その農家の男は、可愛らしく頼まれたそうでの。男は女子の可愛さに負けて、五十嵐山の行き方を教えてしもうた。…五十嵐山がどんな山か?…そうじゃなぁ……一言で言えば死人の山じゃな。何十年、何百年とあの山には死体も遺体も捨てられてきた。…何故そんなことを?ほっほっほ…捨てる場所がなかったからじゃ。小さな、小さな村だったもんで、死体を埋める場所も限られておったのじゃよ。




「……で、その山に行った女の人が、お狐様だったんだって。」
「へぇ。面白いじゃねぇか。それで?」

  くすくすと小さく笑うのは、学校一のイケメンと言われる藤崎ふじさき 真琴まこと。笑う姿さえ絵になるほどの、憎たらしいイケメンである。それに対してお狐様の話を彼にしているのは小鳥遊たかなし 千代ちよ。彼女はどこにでもいるような平凡な女子高生だがそれは見た目だけであり、人並外れた記憶力の持ち主だという。

「それでね、……」

  笑わないでよ、と頬を少し膨らませて、再び話を続ける小鳥遊と相変わらず笑う藤崎。そんな2人の耳元を、か細い女の声が駆け抜けた。


『…もしもし、そこの御二方おふたかた…』


  たった2人しかいない教室の中。窓の外からは太陽の強い日差しと弱々しいそよ風、そして五月蝿く鳴く蝉や、カチカチと時を刻む時計。たくさんの音が飛び交う中で、女の声が耳元を駆け抜けた時、辺りは一瞬にして静寂に包まれたのだった。

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