昔話のその後のはなし

ただのねこ

2.

家に入ると、彼は玄関を閉め、窓を閉め、鍵をかけた。
こんなことをしたって、窓ガラスを割れば、侵入出来てしまう。
それでも彼は、言った。
「今すぐ、逃げよう」
窓から、夕暮れが差し込んでいた。
逢魔が時。
妖が、現れる時間帯。
彼女は、目を閉じ、首を左右に振った。
「私は、鬼で。あなたは、桃太郎の子孫」
目を開くと、赤くなった彼女の目から涙が零れた。
「私をちゃんと、殺さないといけないよ」
「そんなこと、できないよ!」
「なら、私はあなたを食べるよ」
彼は、怯えた。
それでも、彼は声を絞り出した。
「そんなこと…君がするわけない…」
「本当に、食べちゃうからね」
彼女は、口を開けた。
鋭い牙が、口の中からのぞいていた。
爪が伸びた。
帽子が落ちて、角が姿を現した。
そして、彼女は彼に、襲いかかった。
次の瞬間、彼に彼女が倒れ込んだ。
刀が、彼女の体を貫通していた。
彼の握っている、刀が。
稽古のせいで、彼の体が、刀の振り方を覚えていたのだ。
「え…?うそ…そんな…」
彼女は、顔を歪めて言う。
「ほら、あなたには出来る」
彼女は起き上がり、笑顔をみせた。
「僕は!こんなこと、望んでないのに…!」
「けど…現実は…こうなってる…」
彼女の笑顔が、苦しそうに歪んだ。
「なんで、食べようとなんて…っ」
彼の目から、涙が溢れてきた。
彼女は、優しく言った。
「そうでもしないとあなたは、私を殺せないでしょう?」
彼女は、続けた。
「鬼の私を、大切にしてくれてありがとう。ちゃんと、殺してくれて、ありがとう…」 
そして、彼女の体から、力が抜けた。
そのまぶたが開くことは、なかった。
安心した顔で、眠っていた。
彼は、動かない彼女を見て、息が詰まったようだ。
力なく、言葉を発した。
「そんな…僕が…?いや、いやだ…」
気づけば、彼は「いやだよ」と叫んでいた。
窓ガラスの、割れる音。
窓から、彼の身内が入ってきた。
「鬼は…?」
彼の姉が聞いた。
彼は彼女から、目を離し、振り返った。
彼の涙の溜まった目を見て、彼の母は言った。
「どうしたの。怪我でもしたの?」
彼は、口を開いた。
“僕が殺してしまった”
彼女が、死んだことを認めたくない。
したの上に残ったのは、本音だけだった。
「僕を…僕を、殺して下さい…」
涙ぐんだ声で、彼は言った。
誰も、応えてはくれなかった。
殺してもくれなかった。
彼は今でも、彼女を覚えているという。
どちらかと言うと、忘れられないそうだ。
幸せだった時間は。
とてつもなく、もろかった。
一度崩れたら、そのまま壊れてしまった。
話はこれで、終わりだよ。
老人は、僕に言う。
「彼は、誰なんですか?」
僕は、老人に聞く。
「誰なんだろうね」
そう言って、老人は目を閉じた。
ようやく彼は、彼女のもとへ行けたのかもしれない。





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