うちのお嬢様が破滅エンドしかない悪役令嬢のようなので俺が救済したいと思います。

古森きり【Twitter@2kag5fb1】

クレイと俺【前編】



あのクソ面倒な道順を通り、井戸の奥の通路へ進む。
陽の光の届かない場所にある扉を合図のようにノックして、中から入室を許可されてから扉を開けた。
いつも通り最低限の灯がともされた部屋に入ると、そこには灰色の髪と頭に生えた大きなケモ耳を動かす美青年が立っていて…入り口でドアノブを掴んだまま固まってしまう。
え、えええ?

「…クレイだ。入れ」
「お、おう…」

名乗った。
あまりに予想外のことで狼狽えつつ入室して、扉を閉める。

「知っていたんだろう? 俺があの時の亜人だと。なら、隠す必要もない」
「だとしても心臓に悪いな。まさかこんなにあっさり正体を晒されるなんて思ってなかったからびっくりしたじゃねーか」
「座れ」
「…………」

あの時はよくもレオにナイフを振り下ろしたな、とちょっと文句言いたかったんだが…こちらの話は聞く気がないようだ。
こ、こんなにぶっきらぼうキャラだったのか。
まあ、これまでの攻略対象にはいないタイプではあるな…。
…………なにより…腰の下あたりからふわふわとした尻尾が揺れる。

「触っていい?」
「座れ」
「耳でもいいから」
「座れ」

…仕方ないので座った。
やっぱだめかー…。

「因みになんの亜人なんだ?」

絶対犬系だよな?
メグが猫の亜人なら。
色合い的にハスキー的な?
ああ、なんて可愛い魅惑のケモ耳、ケモ尻尾…。
マーチやピース…そして前世で飼っていたケンシロウ(雑種犬)を思い出す。

「……。…依頼の結果だ。目を通せ」
「追加料金払うから」
「…………狼だ」
「お、狼…! やっぱりイヌ科か! 俺犬派なんだよ…!」
「…………」

当たり前だけど寮は動物禁止。
リース家に戻らないとマーチやピースとも触れ合えない。
最近あの二頭も歳のせいかおとなしいから、以前のようにめっちゃ構って〜、って俺と遊んでくれなくなって寂しかったんだ。
もちろんあの二頭の子供で、新たな放牧場番のハッピーとラッキーという二頭はすごく構ってちゃんで俺ともすっごい遊んでくれるけど…。
寮に戻ると反動で寂しくなるんだ。
屋敷にいる時よりお嬢様へご奉仕が出来ないのもあるが。

「…金は」
「あ、コレだ。追加料金は」
「いらん」

すごい不審なものを見る目で見られているが仕方ないだろう?
ケモ耳なんて俺の今世でも前世でも初めてなんだから!
しかも犬だぞ、犬!
あ、狼? いや、イヌ科だから関係ない。
興奮するなという方が無理だ!
ああ、可愛い…三角のピーンと立った犬耳…か、かわい…さ、触りたい…!
硬い毛並みを撫で繰り回したい…っ!

「………依頼の結果に目を通せっ」
「う。…そ、そうだな」

怒られてしまった。
しかし本来の目的はそっちだ。
ちょっと理性が散歩に行きそうだったが、引き留めてクレイがテーブルの上へ放り投げてきた封筒を取る。
中には二枚の紙。
一枚は地図。
もう一枚には…。

「?」

なんだ、これ、姿絵か?
藍色の髪の男と、暗い茶色の髪の女性の姿絵。
ウエディングドレスとタキシード。
結婚式の記念…?

「ノース区とウエスト区には婚姻した男女が姿絵を絵師に描いてもらい、記念とする風習があるそうだ」
「……」

ノース区とウエスト区。
ライナス様がラスティに教わった、ノース区とウエスト区は夏場でも寒く他種族があまり入り込まなかった為『奪われた人間史』の風習や文化が多く残っている…って言ってたな。
そのうちのひとつか。
婚姻記念の姿絵なんて、貴族しかやらないもんだと思っていたが…。

「…この夫婦は?」
「…依頼されたマーシャという娘の祖母、エレザという女の息子夫婦だそうだ」

なら、これがマーシャの両親…という事になるのか?
いや、どう見ても…。

「ニコライ」
「どうも」
「!」

クレイが横目で奥の扉の方を見る。
いつから居たのか、そこには足下まであるマントで体を覆った男が立っていた。
クレイよりも深い、俺の黒髪に近い色の髪と瞳。
右の片目は前髪で覆われ、後ろ髪も長く、腰まである。
ニヤリと笑ったその口からは鋭い牙。
この声…昨日俺の部屋に来た奴か…。

「調査を担当したニコライだ。吸血蝙蝠(きゅうけつこうもり)の亜人故、人の血を好む。あまり近付くな」
「う、うえ… ︎」

なにそれこわい。
吸血鬼じゃねーかそれもう!

「フフフ、酷いですクレイ様…ワタクシ、もっと幼い子供の方が好みなのに…。そんな誰彼構わず襲ってしまうような言い方…フフ…」
「……仕事時以外は今の第一印象で判断して構わない…」
「え、やめてなにその紹介の仕方…これっきりにして…」
「そんな寂しいことを仰らず…長くお付き合いしましょう…フフフ…正体を晒す相手など、クレイ様の代で初なのですよ…? ウフフフフフ…」
「『便利屋(ウチ)』の仕来たりで、顧客には1人担当が付くようになってんだ。毎回ココに足を運ぶのも大変だからな…。2回目以降は各々のやり方で連絡を取り合うようにしてもらっている。今日はその説明も行うつもりだった」

…………マジで…?
もう少しマシな亜人の人居なかったの?

「よろしくお願いします…フフフ…蝙蝠(こうもり)の亜人、ニコライといいます……特技は諜報活動です……ウフフフフ…」
「ヨ、ヨロシク オネガイシマス…」

リ、リアル吸血鬼キター…。
っていうか吸血蝙蝠の亜人ってナニー ︎
吸血蝙蝠の獣人もいるってこと〜?
獣人、思った以上に色々な種類がいるんだなー ︎
亜人の生態系どうなってんの…?

「だが、まずは依頼の報告の続きだ」
「あ、ああ…」

ニコライのキャラが強烈過ぎて忘れてた。
気を取り直して、地図と姿絵をもう一度手に取る。

「では、ワタクシから詳しいことをご説明致します。……依頼のマーシャという娘、結論から言ってエレザという女の孫娘ではない」
「…………」

く…………口調と空気が変わった。
これが仕事モードか。
出来ればずっとこのままでいてくれないだろうか。
…いや、それより俺が依頼したんだからちゃんと結果を聞かなければ。
金を払った意味がねぇ。

「…分かったのか?」

マーシャの出自が。
あいつが本当は、どこで生まれ…どうしてエレザという女性の孫になったのか。
取り替えの確証を得るのは相当難しい。
俺の前の世界のようにDNA検査などないわけだし…。
正直、あまり期待はできないと思っている。
しかし、俺の問いにニタリと笑うニコライ。

「…マーシャ・セレナード…アンタの義妹は王族だ」
「…………」

………………なんでだ。
知ってただろう、マーシャが『本物のマリアンヌ姫』だと。
なに、真正面から言い渡されてショック受けてるんだ?
手を組んで、背を丸めて額に押し付ける。
…知っていたのになぁ。

「…その様子じゃあ、なんか予感はあったみてぇだな」
「…………」

クレイの問いにも答えられなかった。
その通りだが、前世でやった乙女ゲームの攻略サイトのネタバレなんて言えないし……今ちょっと割と…本当になんでか分からんがガチで落ち込んでいる。
あー…頭が痛い。
……いや。

「確証はあるのか?」
「勿論…と言いたいところだが、それはやはり本人に確かめて貰うべきだ」
「どういう事だ?」
「…王族ならば『記憶継承』による能力の発現が貴族とは比べ物にならない」
「…………」

そのことか。
それなら、俺は元よりお嬢様やリース家の者たちも気付いている。
恐らくマーシャは『記憶持ち』だと。
奥様はお嬢様の横にはマーシャ一人でいいと言っていたが、あれは遠回しに「マーシャの『記憶』がどの程度現れるのかを確かめたい」という意味合いもあったのだろう。
でなければいくら見目が良くてもあんなポンコツお嬢様に付けたりしない。
アミューリアで勉強すれば『記憶』はより現れやすくなる。
マーシャはケリーより後に15歳になるから、ある程度『記憶持ち』として開花させた後にアミューリアに入学させようと、そういう事なんだと思う。
実際アミューリアに来てからあいつの知識はちょっとおかしなレベルで増えている。
いや、蘇っている、というのが正しい。
第2図書館だけの勉強…それも約9ヶ月程度で、俺たちが今やっている辺りは理解できるようになっているようなのだ。
それはお嬢様や俺がたまに勉強を見てやるとわかる。
あのスピードは…異常だ。
お嬢様ももう気付いている。
マーシャは『記憶持ち』。
これは確定だ。
再来年アミューリアに入学ね、と呟いていたので近いうちお嬢様からマーシャにその話はされるだろう。

「…それで気になって俺たちに依頼してきたんだろう?」
「……まぁな」

そういう事にしよう。
眉間のシワが取れないまま頷いて、顳顬(こめかみ)を押さえた。
どうしたもんかな。

「まあ、つまりだ…この夫婦と、そしてエレザという女の過去…それを洗ったところ…この夫婦の娘と王族の姫が取り替えられた、という言質を得た」
「…………聞こう」

またにんまりとニコライは笑った。
俺は全然楽しくない。
非常に…不快だった。

「エレザは昔、ある貴族の屋敷の下働きだった。その屋敷の令嬢ミアーシュは優秀で、城で王妃の侍女として働いていたそうだ。そして、エレザの息子が妻を娶り、その妻が子を産んだ数日後に突然、エレザが働いていた屋敷の令嬢ミアーシュがエレザの孫に会いたいと言ってきたそうだ」

いきなりすごくきな臭い。
どうして城で働くほどの令嬢が、下働きの女の孫に会いたがる?
普通にあり得ない。
うちのお嬢様なら…やりそうだが…。
一般的ではない。

「エレザの息子の嫁は産後の肥立ちが悪く、寝込んでいた。ミアーシュがその見舞いも兼ねて薬を持って行ってやるというのと、雇い主がそこまで言うのならと了承したそうだ」
「む、それは、まぁ、確かに断れない…」
「そしてその当日、ミアーシュは産後の肥立ちに良いという薬を置いて、代わりにエレザの孫を持ち帰った。ミアーシュが帰ってからそれに気がついたエレザは主人を追い、取り返そうとしたが「孫娘は城で預かる、王族のように大切に育てられる」と聞かされ諦めたと言う」
「……よく信じて諦めたものですね」
「まあ、代わりの赤子がおいてあったからな…人質交換、みたいなものさ。しかし息子夫婦はそれで納得するはずもない。子供を取り返そうとミアーシュを追った夫は二度と戻らず、その妻もミアーシュの置いていった薬を受け取らず衰弱して亡くなった。エレザに残されたのは血の繋がりのない女児の赤子。エレザにとってはその赤子しか縋るものがなかったそうだ」
「…………」

マーシャの祖母はマーシャを育てるために相当無理をして働いていたらしい。
それはマーシャが祖母自慢をする時に聞かされた。
無理が祟って体調を崩して重い病に罹ったと。
もう少しお金が貯まったら、マーシャはそんな祖母を迎えに行きたいとも。
正直あいつ1人で旅をさせるのは不安なのでその時は付いて行くつもりだ。
ローエンスさんは「えー、ぼくの好みの熟女なら結婚申し込んじゃおうかしら」とかほざいてたが、その辺りはもう好きにしろ。

「で、何故取り替えられた赤ん坊が王族だと分かったんだ?」
「ミアーシュを探した。そして、見つけて話を聞いた」

マジで?
スゲーな見つけたのか…。
…話の流れから考えると、レオハールルートで戦巫女が助けた老婆は恐らくそのミアーシュ。
決定的な証言者。

「王妃に我が子を適当な平民と取り替えて来いと、そう命じられたのだと」




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