【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

正妻戦争(17)エルナ VS 神田栄治



「な……なにを……なにをしたでしゅか!?」

 俺はエルナの問いかけに無言で答えると同時に、心の中で溜息をついていた。
 普通、地面に叩きつけられれば体を鍛えている男であっても痛みを訴えかけてくるか気絶をするはずなのに、そのような兆候がエルナには一切見られない。

「――そうでしゅ……か――」

 一瞬、地面を見下ろしたと思うと顔を上げてくる。
 
「エルナには、何も話すつもりはないということでしゅか!」

 叫びながら突っ込んでくるエルナの姿が視界から消える。
 俺は思わず「な!?」と、心の中で呟くと同時に生存本能が盛大に頭の中でアラートを鳴らすのを感じとった。
 
 ――そして、肉体全体に回復魔法をかけた瞬間近くの食堂の建物の壁に叩きつけられていた。
 とっさに右手でガードしていた。
 一瞬だけ、金色の光を右視界の端が捉えていたのだ。

「――マズイ」

 思わず口から言葉が出ていた。

「手ごたえあったでしゅ!」

 先ほどまで俺が立っていた地面の上にリルカが立っており、その後ろの建物の壁が円形に陥没しているのが見て取れる。
 そこで俺はようやく理解した。
 それと、同時にリルカの突進力と速度が普通ではないことにも気がつく。

 速度は力にもなりうる。
 リルカの体重は、30キロ程度だろう。
 30キロもの物体が……、人が認識できる速度を超えて攻撃できるということは、それはとてつもない脅威になる。

 自分の体を確認していく。
 今まで10年近く冒険者をしてきたが、これほどの怪我をしたことがない。

「右腕粉砕骨折に、肋骨3本ってところか……」
 
 俺は折れて皮膚から突き出ている骨を、激痛に堪えながら無理やり皮膚の中に押し込めて回復魔法を発動させる。
 人体の模型を想像しながら発動させた魔法は、骨や血管に筋肉を無理やり強制的に修復させていく。
 その痛みは、気を失うくらいだが――、俺はいくつか疑問に思っていることがあった。

 今から、エルナに話す言葉を吟味していく。
 そして極めてリルカに近い口調で話すことを心がける。
 さすがに敵対していると言っても度が過ぎている……、将来――、俺の妹になるエルナとリルカが姉妹同士、憎しみ合っているのは見たくない。

 ――だから、神田栄治ではなくリルカの代理としてエルナに事情を聞くことに決めた。
 視線をエルナに向けたまま――。
 俺はゆっくりと立ち上がる。

「――ど、どうして魔力を纏わな……「エルナ」……な、なんでしゅか?」

 動揺している彼女の言葉に、俺は彼女の名前を被せるように言葉を発する。
 
「どうして……」

 俺は、一度だけ言葉を――、口を閉じることで押しとどめる。
 一瞬、俺が姉妹の中を無断で詮索していいのか、それが正しいことなのか考えてしまったからだ。
 
 だが――。
 
 おそらくだが……。
 俺から問いたださないとエルナは心の中に思っていることを言葉にして伝えることができない。
 理由は分からないが――。
 誰かに自分の意思や思いを告げるにはタイミングがあるのだ。
 
「どうして――、そこまで私を憎しみがこもった目で見られるの?」
「どうして? どうしてでしゅか!」
 
 エルナの表情を見て、俺は両手に回復魔法と固定化の魔法を同時に掛ける。
 ――と、同時に顔を怒りの眼差しを向けてきたエルナの右拳を両腕で受けた。
 
 一瞬の衝撃。
 体がバラバラになりそうなほどの振動――。
 木の板で作られた建物を3つほど貫通し地面の上を転げ跳ねる。
 そして、4つ目の建物の外壁に体を打ちつけたところで体がようやく停止した。

「――ガハッ」

 口内から血を吐き出す。
 ……息が上手く行えない。
 視界が揺れて手足に力がまったく入らない

「何て……力だ――」

 血塗れの視界――。
 唯一、見えるのは自身の両腕の骨が皮膚を突き破っている光景だけ。

「はぁはぁはぁ――」

 柔道で相手の動きを制止できると思っていたが、力の差がありすぎる。
 これだったら迷宮のボスに一人で挑んだ方が遥かに簡単だ。

「「カンダさん!」」

 唯一、動く瞳を動かして視線を声がした方向へ向ける。
 すると、此処には居ない筈のソフィアとリアが駆け寄ってくる姿が見えた。
 
 二人は、俺の下で座る。

「カンダさんが、ここまで怪我をするなんてアイツやばいの」
「とにかく! これを飲んでください!」

 リアが、近寄ってくるエルナと俺の間に立ち攻撃魔法の詠唱を始める。
 ソフィアは、迷宮で手に入れた怪我を治す薬を俺に飲ませてくるが――、俺は咳き込んで吐き出してしまう。

「リア!」
「分かったの!」

 リアがソフィアの言葉に頷くとポーションをアイテムボックスから取り出すと吐き出さないように飲ませてくれる。

「――すまない。それより、どうして俺だと? 今はリルカの格好をしていたはずなんだが……」
「すぐに分かるの! 姿形が変わっただけで分からなくなるなんて、そんなのありえないの! それに、そこまで一方的にやられるなんてリルカだとありえないの」
「そうなのか?」
「そうです! それに回復魔法を使って特殊な物も使って戦っていたのですから! 分からないわけないです!」
「そうか……、伊達に10年近く一緒に冒険してきた訳ではないということか」

 俺は、両手が完治したことを確認するため何度も握りながら「――さすがはダンジョン産。普通のポーションとはレベルが違うな」と呟く。

「カンダさん。3人で戦うの!」
「リア、それは出来ない」
「どうしてなの!? あれは天然のドラゴンと同等くらいにやばいの!」
「――だろうな……。少なくともダンジョンで作られた養殖とは桁が違うな」

 リアの言葉に答えながら、俺はリアの前に出る。

「――なら!」
「悪いが、それは出来ない。これは、もうただの正妻戦争じゃないからな。おそらくだが、俺が知らないリルカとエルナの確執が存在する。これは、それが発端になって起きた気がするんだよ。それに――」

 俺は、リアやソフィアが走り寄ってきた左手側ではなく、右手側へと視線だけを移す。

「――どうやら、ソルティも俺に用事があるようだ。さすがに……、二人同時に相手は無理だ。頼めるか?」
「……仕方ないの」
「仕方ありませんね」

 リアとソフィアが、溜息をつくと頷いて見せた。

「――それじゃ、俺がエルナから真意を問いただしている間は、ソルティの相手は任せたぞ? 腐っても女神だ。油断はするなよ?」

 俺の言葉にソフィアが「わかりました」と、背中から弓と矢を用意して頷いたあと、精霊魔法を唱え始める。

 ――そして、リアと言えば「分かったの! だけど……」とリアは言葉を区切ると両手で握っていた杖を右手に持ち構えると「――だけど、別にアレを倒してしまっても構わないのだろうなの?」と、笑みを浮かべてきた。


 
 

コメント

  • ファリド

    赤マントかな?

    0
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品