【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

正妻戦争(2)




「――なるほど……」

 俺は、エルナの口を塞ぎながら頷く。
 ただ――、俺としてはリルカ以外に妻を持つつもりはない。
 そもそも、浮気という誤解されただけで殺気を向けられて泣かれたのだ。
 舌の乾かない内に、ニードルス伯爵の申し出を受けるわけにはいかない。

「――それでは!?」

 彼女の言葉に俺は頭を振る。

「いや――、俺は……」

 正直、この話をしていいのか考えてしまうところだ。
 生まれてから29年間、日本で俺は恋愛ごとに関わったことが無い。
 つまり、そういうことだ。

「ニードルス伯爵からの申し出は素直に嬉しい。ただ、無理はしないでほしい」
「――え? 無理……ですか?」
「ああ、俺もそろそろアラフォーだし、そもそも女性に好意を持たれることは稀だと思っている。だから俺を好きと言ってくれたリルカには誠実に応じたいと思っているし、もし貴族になって獣人を娶って問題になるなら、俺は別に貴族にならなくてもいいと思っている」
「え? え? ええー!?」

 どうやら、ニードルス伯爵は混乱しているようだ。
 それとも言葉から俺の気持ちを察することが出来なかったのか? 
 どちらにせよ、彼女がいい人間だと言うことは分かった。

 俺が話始めてから冷静になったエルナを見てから、エルナの口元を塞いでいた手を退けると「カンダしゃん……、あまりにも相手が不憫すぎるでしゅ……」と、哀愁の篭った眼差しで、エルナがニードルス伯爵家当主スザンナを見ていた。

「俺、何かしたか?」
「もう、いいでしゅ――。カンダしゃんは、そんな人だと思っていたでしゅ」
「そんな……、どうしてですか? 神田様は、町長なのですよね? 今後、出世とかを考えていらっしゃるのですよね?」
「いや――、ぜんぜん」

 とりあえず即答しておく。
 大体、俺が開拓村エルに行ったのも手伝いだったわけだし、成り行きで町長になっているに過ぎない。
 俺は別に偉い人になりたいとか役職に着きたいなど一切考えてはいないのだ。
 ニードルス伯爵が何かショックを受けているようだが、彼女は男なら誰でも出世を考えて行動していると勘違いしていたのだろう。
 
 そして、出世をするに当たって伴侶が獣人だとアレだと思い、大量の石鹸を今後、輸入するに当たって領地を富ませるために自分の身を犠牲にして、俺の伴侶であろうとしたと――。

 まぁ、その偽善はいいと思うが自分の身を犠牲にしてまで民に尽くそうというのは、少し違うような気がする。
 ここは、ハッキリと年長者として彼女の勘違いを指摘しておいたほうがいいだろう。

「ニードルス伯爵様」
「……はい――」

 ふむ――。

 どうやら、俺が何を言いたいのか分かっているようだな。
 彼女は、きっと純真ないい子なのだろう。
 そして、民のために良かれと思って俺みたいなアラフォーに、その身を捧げようとしたのだ。
 そんな健気な気持ちを踏み躙って、俺がお前も俺の嫁にしてやる! と言ったら俺は、すさまじいゲス野郎に思われてしまったはずだ!
 エルナが、俺のことを一瞬呆れたような表情で見てきて、哀れみを含んだ視線をニードルス伯爵に向けていたのも、俺の予測が間違っていないということの裏返しに他ならないと思う。

「たしかに、貴女はすごく魅力的だと思うし、正直に言えば貴女の提案は良案だとも思う」

 俺の言葉に椅子から立ち上がると「――なら!」と、興奮した面持ちで彼女は俺に詰め寄ってくる。
 俺は、すかさず詰め寄られる前に彼女の両肩を掴んで押し留めた。

「――だが、駄目だ。俺はそういうのは良くないと思っている」
「何故!? 何故ですか?」

 どうも話が噛み合わない気がする。
 彼女は相手の言葉の意図がきちんと理解できていないのだろう。
 おそらくだが――、相手の言動と態度から物事を推し量る能力「察する力」と言うのが欠如しているのかもしれないな。

「君が、民のために――、その清らかな体を投げ出そうという気持ちは分かった。でもな……、君が民を思って為政者として振舞っていると同時に、民衆も君を大事に思っているということを理解してほしい」
「――え? ええ? 神田様は何を言っているのですか?」
「だから――、君も言っていたが領地が隣同士になるなら婚姻関係を結んで関税が掛からないようにして貿易や流通を強化したいという話だろう?」
「――あれ? 私の言葉が届いてない?」

 何やら、ニードルス伯爵が首を傾げながら問いかけてくるが、それは俺のセリフだ。
 
「ほんとに空回り具合、さすがカンダしゃんでしゅ――、射止めたおねえちゃんはすごいでしゅ……」

 エルナが用意されたお茶を飲みながら呟いているが俺は、別に空回りしている覚えなどない。

「とにかくだ。俺は君が自身の身を民のために捧げることを良しとは思わないし、君の器量なら誰でも妻にほしいと思うはずだから――」

途中まで言いかけたところで、エルナが「カンダしゃん――」と、俺の服を掴んできた。

「ここはエルナに任せてほしいでしゅ!」
「エルナに?」
「そうでしゅ」

 エルナの申し出は正直、予想外であった。
 
「あの……、私は貴女と話すことはないのですが――」
「鈍感な気になる人を攻略する方法があるでしゅ」
「――!? な、なるほど……。神田様、突然のことで申し訳ありませんが――」

 俺は彼女の申し出に首を傾げる。
 エルナが言っていた鈍感な人という言葉と、その攻略法についてという話が出てきたとたん、彼女は話を変えてきた。
 彼女にとって、話を転換させるほど重要な話題だったということになるのだろうが……、俺にはどういう意味か理解が出来ない。

「別に構わないが」

 とりあえず、彼女の身の振り方についての話を一段落ついたとは言えないが、あまり踏み込んでいい内容でもないだろう。
 ここは、ニードルス伯爵の提案を受け入れて話題を変えるのが無難か――。

「今後の取引を踏まえまして石鹸がどれだけあるか、その目で確認されてきたほうが宜しいかと思います」
「――ふむ」

 たしかに彼女の言葉には一理ある。
 被害が出ている箇所や、実際はどのくらいの石鹸が生活魔法で作られてしまったのか確認する必要もあるからな。

「分かった。それで案内は――」
「そこの兵士が――」
「神田栄治様、それではソドムの町内を案内致します」

 どうやら、案内役は俺を宿屋まで向かえに来た兵士が行うようだ。
 
 
 




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