【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記
正妻戦争(1)
リルカの妹であるエルナと一緒に馬車に乗り揺られること10分ほど。
馬車は、ソドムの町――、中心部に向かっていたが進むに連れて町人の姿よりも兵士の姿が目立って増えてきたのを確認できた。
「カンダしゃん、カンダしゃん」
馬車窓から外を眺めて、ニードルス伯爵がどのような対応をしているのか考察しようとしたところで、隣に座っていたエルナが話かけてきた。
「どうかしたのか?」
「あれ! 大きいでしゅ!」
エルナが馬車の窓から顔を出して前方を指差している。
その指差した先には、白い山――、石鹸で作られた山が聳え立っている。
高さとしては100メートル近いだろう。
俺の生活魔法で作れる石鹸の数は相当だとは思っていたが、小高い丘のようになっているのを見ると明らかに今回の行動は問題があるように思える。
これだけ問題が起きる行動を取ったのだ。
ここは、きちんと保身に走っておくとしよう。
「カンダしゃん……。あれってカンダしゃんの生活魔法が原因でしゅか?」
エルナは石鹸の山へと視線を向けながら、俺に問いかけてくる。
そのため、エルナの表情を見ることは出来ないが――、これから商談の場に向かうのだ。
先ほど怒らせてしまったこともあるし、ここは素直に答えて機嫌を取っておくべきだろう。
どうせ、10歳の幼女だから俺の言った言葉の意味も理解できないだろうし。
「そうだな。だが、わざとじゃないぞ? 分量と言うか消費魔力量を間違えただけだからな?」
俺の答えにエルナが「――! そうでしゅか♪」と、尻尾を左右に揺らしながら答えてきた。
エルナとの語り合いが一段落し、数分走ったところで馬車は停まる。
すると、俺達を向かえに来た兵士が馬車の扉を開けて顔を見せると「神田様。到着いたしましたので、こちらへどうぞ――」と、語りかけてきた。
――兵士に案内されたのは、一軒の食堂。
建物の中に入ると、テーブルは中央に一つ置かれているだけで他のテーブルは、壁に寄せられていた。
唯一、食堂内の中央に残されていたテーブル。その椅子にはニードルス伯爵が座っていた。
彼女は仮面をつけているから目が合ったかどうかは知らないが、俺が入ってくると同時に彼女は顔を上げると「神田栄治様、お待ちしておりました。こちらの席へどうぞ」と話かけてきた。
ニードルス伯爵の言葉に俺は頷く。
別に立っていても問題ないのだが、相手がこちらを立てるなら断り理由もない。
中央のテーブルに近づく。
「すまないが、もう一つ椅子を用意してもらえないか?」
「……わかりました」
伯爵が頷くと同時に室内に立っていた兵士が椅子を持ってくる。
メイドが持ってくると思っていたが力仕事は兵士がやるようだな……。
「エルナ、椅子に座りなさい」
「はいでしゅ!」
俺とエルナのやり取りを見ていて好奇心かどうかは知らないが「神田様は、ずいぶんとその獣人と仲が良いのですね」と問いかけてきた。
「仲がいい?」
「はい。先日の銀髪の狐族の女性もそうですが……、本来は狐族と言うのは人間には敵愾心を抱いているのが普通なのです」
そんな話は聞いたことがなかったな。
そもそも、俺は獣人に関しては殆ど何も知らない。
異世界転移してから10年間、生きることに必死だった。
それに、リアもソフィアも俺には何も言わなかったし、そういう話題は避けているような節があった。
だから、俺は獣人に関しては知識がまったく無い。
「ふむ――」
「それに――、金髪と銀髪の狐なんてとても珍しいのですよ? 何せ魔力が使える獣人なのですから、私も領主として仕事に携わってから狐族について調べましたが……、その何と言うか――、詳しくは分かりませんでしたが金髪と銀髪の狐族は部族内でも孤立する存在らしく――」
「なるほど……」
だから、俺のところに転がりこんできたのか?
いや、そんな感じではなかった気がするが……。
普通に最初から、お腹を空かせて近寄ってきたような?
まぁ、いきなり商談の話をするのもあれだからな。
少しは世間話をして、こちらのペースにしてから商談を切り出したほうがいいだろう。
俺は、用意された椅子に座りながら、「そういえば、以前に兎族のことについてニードルス伯爵様は、何か聞いていましたが何かあるので?」と、話すことにする。
「はい! じつは、男性に需要が高いのが兎族なのです!」
「――ん? そうなのか?」
俺は、伯爵の言葉に内心で首を傾げる。
エルナが以前、「兎族は面倒くさいでしゅ!」と、言っていたことを思い出したからだ。
「貴族の間では、獣人は忌み嫌われていますが町長くらいですと兎族の女性は男性によく仕えるので、狐族の女性よりは! ずっと! 人気が高いですね!」
「うそでしゅ! 兎族の女は、男をいつも寝取っているでしゅ!」
「寝取っていません! これだから、狐族は……。神田様、狐族は妄想を口にして厄介なのです。だいたい常時発情している狐族に何か言われたくありませんし」
「兎族だって毎日発情しているでしゅ!」
俺はとっさにエルナの口を塞ぐ。
いくらなんでも失礼が過ぎる。
目の前の相手は人間で、しかも世間話で狐族と兎族の話をしているだけなのだ。
たしかに狐族のことを悪く言われるのは俺も我慢ならない。
だが、相手は貴族であり伯爵であり揉め事を起こしても仕方ないだろう。
ここは無難に話を合わせておくのが最善策だ。
とりあえず相手が兎族であるかのように口論を仕掛けるのは伯爵の不評を買ってしまう恐れがあるからやめてほしい。
エルナは、しっかりしているように見えてもまだまだ幼い。
言ったらけないことを言ってしまったことについてはあとでキチンと注意しておく必要があるだろう。
「申し訳ない。この子は俺の妻リルカの妹エルナと言うのだが――、目上の者に対する話し方が分かってないので――」
「そうなのですか? なら……仕方ありませんね。まだ幼女ですからね」
「はい、まだ10歳なもので――」
「――!? そ、そうですか……、成人まであと少しなのですね。ところで神田栄治様は、奥様がいるようですが、それは正式な書類を出されたのですか?」
「正式な書類ですか?」
「はい。神田様は、エンパスの町を救った英雄――、王宮ではそのような扱いになるようです。そのため、準男爵の位を与えられることになると思います」
「……俺が貴族の位を? 特に領地とかはないのですが……」
「まぁ、そうなのですか!」
俺の言葉に、初めて聞きました! と言った感じでニードルス伯爵は両手を叩く。
「それならエンパスの町を神田様が統治されたらいかがでしょうか?」
「エンパスの町は、他に貴族が居たのでは?」
「あんな問題を起こしておいて何の責任も取らないなんてありえません。それに魔王が出た場所ですから、他の貴族も欲しがるとは思えませんし……。それを見越して英雄として神田様を扱うことで貴族位を与えて統治させる予定だと私は思っています」
「なるほど……」
さすがは王族。
色々と考えているんだな。
それにしても――。俺が英雄とか、そんな大したことはしていないんだが……。
「それに! 領地が隣同士になるのです」
「――へ?」
「お気付きになられませんでしたか? ソドムの町を統治しているニードルス伯爵家と、今度エンパスの町を統治するかも知れない神田栄治様の領地は隣り合わせなのですよ?」
「なるほど……、つまり――」
「はい。神田様が貴族に成られましたら関税など安く多くの物資の取引が出来るわけです」
「――なるほど。で! さらに俺が貴族に成った場合にリルカとは正式な婚姻手続きが必要になるというわけか……」
「はい、ですが――」
「何か問題でも?」
「貴族社会では、貴族同士の結婚が当たり前なのです。奥方様は獣人ですよね?」
「……それは――」
「もし宜しければ、私も貴族ですので……、神田様も私のことを好みと仰ってくれましたし、良かったら私が正妻になってもいいです! あとは獣人を側室にすれば貴族社会でも問題ないと思うのですが……」
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