【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

農耕を始めよう(17)




「……そんな――、……ことは……ない?」

 リルカが一言一言噛み締めるように言葉を紡ぎながら俺の方へと近づいてくる。
 もちろん、コブシを鳴らしながら――。

「リルカさん?」

 俺の問いかけリルカが首を傾げてながらニコリと微笑みかけてくる。

「私は、どうしたらいいのでしょうか? 何だか、無償に胸が痛いです」
「リルカ……」

 近くまで寄ってきたリルカが、俺に体を預けるようにして抱きついてきた。
 彼女の熱が、肌を通して感じられる。
 何度も交わってきた仲だ。
 震えている様子から、リルカがどんな心境なのか何となくだが理解できてしまう。
 これは、浮気をしていた俺に対して憤りを感じると同時に、悲しい思いをしてしまっている。

「あ、あの――! どうして、私の許可を得ずに入室してきているんですか!?」

 俺とリルカのやり取りを見ていた伯爵家当主であるスザンナが、ハッ! とした表情をした後、リルカに語りかけてきた。

「エイジさんの妻ですから」

 伯爵家当主の問いかけにリルカが、端的に当然とばかりに短く答える。
 すると、貴族令嬢としての矜持もあるのか伯爵家当主であるスザンナが、「夫の3歩後ろを歩き、夫を立てるのが妻の役割でしょう!」と、苛立ちを含んだ声色でリルカに話かけていた。

「うるさいですね。人の夫に色仕掛けしてきた雌が一々うるさい――もごもご」
「リルカ。悪いのは全部、俺だから、それ以上は言ったら駄目だ」

 リルカの口を手で塞ぎながら、伯爵家当主に聞こえないように小声で「これ以上、伯爵家当主の機嫌を損ねるのは不味い」と、早口で彼女に説明する。

「エイジさんは、あの雌の肩を持つのですか!」
「いや、肩を持つというか相手は伯爵家当主だからな」
「――ううっ……」

 リルカに関しては、あとでフォローしておけば問題ないだろう。
 それよりも、不敬と思われる内容の言葉をリルカが発言していたことを上手く説明して説得しないといけない。
 貴族っていうのは気位が高い生き物だからな。
 
 どう対応するか考えようとしたところで、室内が大きく揺れた。

「――エイジさん!?」
「これは……、一体――!?」

 突然の振動に驚いていた二人が、俺の「――あ……」と、言う言葉に視線を向けてくる。
 すると部屋に駆け込んできたメイドが「スザンナ様! 神田栄治様が滞在している部屋から大量の白い塊が溢れ出してきています!」と報告してきた。

「白い塊ですか?」

 スザンナの言葉に、メイドが頷いている。
 おそらく、俺が発動した生活魔法で作られた2万個もの石鹸が部屋に入りきらずに決壊したのだろう。
 問題は、かなり離れているはずの執務室まで振動が伝わってきたことだ。
 どう考えても、俺が借りている部屋だけに留まっていない気がする。

「はい! 神田栄治様が泊まっていたお部屋から漏れ出してきた白い塊が通路を破壊しながら向かってきております」

「――まさか……」と言いつつスザンナが俺の方を見てくる。
 
 俺は彼女の視線から逃れるように顔を背ける。
 もちろん……、はい! 俺がやりました! などとはすぐには言えない。

 ――そう、大人になるということは素直に自分の非を認めて謝罪するという行為が簡単に出来なくなるのだ。
 それにしても、通路を破壊しながら近づいてくるとは……、相変わらず俺の生活魔法は自重を知らないな。

「もしかして、エンパスの町を襲ってきたように魔王が――、襲ってきたのでは!?」

 スザンナが、突然、魔王という言葉を口にしてきた。
 どうして、魔王が出てくるのか俺には理解不能だ。
 
 ――ただ、全て魔王の責任にしてしまえば……。
 部屋や通路が壊れた弁償もしなくて済むようになるのでは? と考えてしまう俺がいるが、すぐにそんな考えを否定するかのように頭を振る。

 ……思い……出した!
 
 俺は、保身に走る大人が嫌いだった。
 日本に居た時、若いときはどう思った?
 何にでも理由をつけて誰かが悪い! 俺は悪くない! と自己の安全や保身だけに走る老人や政治家や評論家やマスメディアを見てどう思った?
 こいつらは自分が問題を起こしても棚上げにして、相手を批判することしかしない最低な奴だと思っていたはずだ。

 それなら――。
 伯爵家当主であるスザンナが、魔王が干渉してきたと勘違いしていることを、きちんと指摘して謝罪しないといけないじゃないか。
 それが大人の対応というものだろう。

「スザンナ様、私は石鹸を用意したあと、商品の用意が出来たと説明に伺ったのです」
「そうだったのですか……、神田栄治様はアイテムボックスの使い手だったのですね?」
「そこまでは便利はありません。特定のアイテムしか入れることは出来ませんので――」

 まぁ、嘘はついていない。
 魔法でアイテムを生み出しているなら、それをアイテムボックスから取り出したと言い張れば何とかなるからな。

「――神田栄治様の話は分かりました。つまり――、現在、館を破壊している石鹸は……」
「おそらく魔王が増幅などの魔法を使ったのでしょう。それで――」
「――くっ!?」

 思わず嘘をついてしまった。
 汚い大人の仲間入りである。
 ただ、俺には守るべきものがあるし、多少の嘘は仕方ない。
 そう、俺は悪くない!
 生活魔法が悪い!
 もっと言えば魔法が存在しているこの世界が悪いのだ!

「――すぐに屋敷内に居る全ての人に避難指示をしてください。神田栄治様と、その奴隷の方々もすぐに避難してください」
「……わかった」
「エイジさん……」

 どうやら、うまく説明が出来たようである。
 全ては魔王が悪いということになった。
 魔王さまさまである。
 今度、どこぞの魔王と出会ったら菓子折りくらいは渡しても良いかも知れないな。
 ――ただ、リルカだけは……、大きく溜息をついていた。



 避難が終わった俺達は、ニードルス伯爵邸が石鹸に埋もれていく様子を見ていた。
 隣では、「ああっ……、私の屋敷が――」と、膝から崩れ落ちるようにして崩壊していくニードルス伯爵邸を見ているスザンナの姿が――。

 そして石鹸は屋敷を破壊するだけでなく、石鹸の津波となって、すでに退避が終わっているソドムの町の一部を飲み込んでいく。

「これは、私に向けての罰なのでしょうか。神田栄治様の気持ちを裏切った私への罰なのでしょうか……」

 何故か思いつめているスザンナに俺は声を掛けることにする。
 不可抗力なことに関して思いつめるなど、あってはいけないことだし、心を病んでしまう。
 自分は悪くないと思うくらいで丁度いい――、ということにしておこう。

「ニードルス伯爵様。全ては魔王が悪いのです。この神田栄治、不肖ながらソドムの町復興に力を貸しましょう!」
「――ううっ……、神田栄治様。私のような者に……」
「気にする必要はないです。人間、どんなときでも過ちと言うのはあるものです。その過ちから目を逸らさず受け止める謙虚さが大事だと思いますので――」

 俺の言葉に、彼女は顔を上げて「そうですね……」と、力なく頷いてきた。
 どうやら、綺麗に話が纏まったようでよかった。

 多少、マッチポンプのような形になってしまったが仕方ない。
 俺が悪いわけではないからな。
 一回でも魔力を込めると途中で生活魔法発動が中止されない欠陥魔法が悪いのだ。
 




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