【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

農耕を始めよう(16)




 ――生活魔法で石鹸を作り出してから数分が経過。

 俺は部屋の中に転がっている石鹸を見ながら溜息をつく。
 纏まった数になると、小さな石鹸であっても場所を取ってしまう。
 港町カルーダの冒険者ギルドに納入している時は100個単位であったから気にはならなかったが――。

「これは、まずいな……」

 俺は天井付近から落ち続ける石鹸を見ながら呟く。
 よくよく考えたら2万個分の魔力で生活魔法を発動させたことが間違いだった。
 石鹸が1個150グラムだとしたら2万個で3トンにもなる。
 正直、その重量はヤバイ。
 何だか知らないが床がミシミシと言っているし――。
 さらに言うなら部屋の8割が石鹸で埋まっていて、俺は部屋の扉まで退避している状況だ。

「――あっ!」

 高級そうな家具というか箪笥が音を立てて潰れた。
 さらにテーブルから椅子までも石鹸の圧力で壊れていく。

「賠償金額がやばそうだ……」

 部屋の扉をそっと開けて、そしてそっと閉める。

「神田様、何か変な音が聞こえましたが何かありましたか?」
「……」

 そういえば、部屋の外でメイドの女性が待機していたのを忘れていた。
 これでは、現場から逃げて犯人ではないと言う説明が出来なくなってしまう。

「大変な事態が起きた」
「大変な事態でございますか?」
「――ああ、大至急でニードルス伯爵まで案内してほしい」

 俺は、メイドの両肩に手を置きながら、なるべく真剣な表情を作って話かける。
 すると、突然のことにどうしたらいいのか迷っていたメイドは、「わ、わかりました」と、頷くと「こちらへ着いてきてください」と歩き始めた。
 彼女の後を着いていく。

「スザンナ様、神田栄治様が大至急お会いしたいとのことです」
「大至急ですか?」 

 連れて来られた先は、最初にニードルス伯爵と話をした執務室。
 メイドがノックをしたあとの「大至急」と、室内の主に語りかけた言葉に、ニードルス伯爵はすぐに言葉を返してきていた。

「失礼する」

 俺は、扉のドアノブに手をおいて回す。
 ドアノブが回る音がすると同時に室内から「ま、待ってください! ま、まだ用意が!?」と言う慌てた声が聞こえてくるが、俺としても早めに自己保身を計らなければいけないことから、扉を開けて室内に入り扉を閉めた。

「取り急ぎ、ニードルス伯爵に説明したい……こと……が――」

 俺は途中で口を閉じる。
 そこには純日本風の顔をした美少女が鉄仮面に手を伸ばした状況で固まって俺を見てきていた。
 
「ふ、ふぇ……」

 ニードルス伯爵というか……、伯爵家当主スザンナが表情を真っ赤に染めていく。
 そんな彼女を見ながら俺は首を傾げる。
 どこかで見たことがあるような顔だなと――。
 ただ――、彼女が静かに泣き始めてしまったため俺は思考を中断した。

「――す、すまない。大至急、君に――、ニードルス伯爵に報告する必要があったのだが――」
「ぐすっ……、何ですか……」

 彼女は、鉄化面を着けることを止めて顔を背けると俺に話かけてきた。
「いや、その――」

 さすがに石鹸を作るさいの魔力量調整を間違えて部屋が大変なことになっているとは言い難い。
 そもそも、今回は急用ということもあり無理やり執務室に入ってきてしまったのだ。
 その結果、スザンナが日本風の長い黒髪を持つ超絶美少女だと言うことが分かったから結果的にはオーライだろう。
 問題は、トラウマがあるのか知らないが素顔を見られた彼女は、あまりいい表情をしていないように見られる。
 そこで、ニードルス伯爵家令嬢の容姿は良くないという噂を思い出す。

 ――つまり、異世界人の容姿を持つ純和風の黒髪美少女は好まれないということか。

 おそらく日本でアイドルをしたら、どこぞの一山いくらのアイドルを一人で一蹴できるほどの美少女だと思うが――、何と言うか異世界は酷いものだな。
 
「――?」

 俺が何も言わずに考え込んでいると、スザンナが首を傾げてくる。
 光沢があり艶のある長い黒髪が、彼女の仕草で流れて陽光を反射し光輝く。
 まるで、それは漆黒の夜空に浮かぶ星空のようだ。
 俺は思わず「綺麗だ」と呟いていた。

「――えっ!?」

 先ほどまでのスザンナの悲しそうな表情が、一変する。
 彼女は、一瞬呆けたあと、頬を赤く染めていく。

「わ、私が――、綺麗?」
「いや、そうじゃなくて――」

 俺は何を言っているんだ。
 とりあえず、いまは石鹸2万個で部屋の扉というか床が抜けるかも知れないと言うことを説明するのが先決だろうに――。

「やっぱり……、私の顔は醜いですよね……」
「そんなことない! むしろ俺からしたら、ド・真ん中の好みであると言わざるえ――「エイジさん?」……リ、リルカ!?」
「はい、貴方の妻のリルカです。いま、その雌に何やら愛を囁いているように聞こえましたが?」

 リルカの目が笑っていない。
 
「――い、いや……。ほら! そんなことない……」
 
 冷や汗が背中に浮かび上がってくる。
 ――と、言うかどうしてリルカがここにいるんだ?



 

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