【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

農耕を始めよう(1)

 メリア王女が、開拓村エルから去っていく姿を見送ったあと、俺は小さく溜息をついた。
 王女の妹を紹介されると言っても困る。
 そもそも俺には、リルカという立派な妻がいるのだ。
 
 そのリルカを無視するような振る舞いを、メリア王女は行ってきた。
 俺の中でのメリア王女の印象は最低だ。
 王女に無視されたリルカが心配になって彼女に近づく。

 案の定というか予想通りというか、リルカは元気無さそうに銀色の狐耳をペタリと倒しており、尻尾も力なく垂れ下がっていた。

「エイジさん……わたし――」

 涙目でリルカは、上目遣いで俺を見てくる。
 いつもギャップの激しいリルカだが、基本的に彼女は大和撫子のように男性を立てる女性だ。
 俺は肩を震わせている彼女を正面から抱き寄せる。
 女性特有の甘い香りと、やわらかい肉体に一瞬、理性がクラッとしてしまうが、さすがに、今の状態で、そんなことを思うのは不謹慎だ。
 
「リルカ、気にするなとは言えない。だが、俺はお前を妻だと思っているし、あんな奴のいうことを間に受ける必要はない。たとえ、王女を紹介されようが、俺はリルカ以外の妻は必要ないからな」
「しょんな!?」

 俺とリルカから離れたところに立っていたエルナがショックを受けた表情を俺に向けていた。
 エルナは、俺がハーレムを作るようなゴミみたいな人間だと思っているのだろうか?
 そりゃ、たしかに今の開拓村にいるのは女性が11人に義理の妹であるエルナだけで、男は俺一人しかいないが……。

「たしかに――」
「エイジさん?」
「いや、エルナが驚いたのも分からなくはないと思って……」

 俺の言葉にリルカが俺の体に両腕で回したまま、胸板に頬を当てながら「どういうことですか?」と、問い掛けてくる。
 心なしかだが、リルカの尻尾が左右に動いているような気がするが、気のせいだろう。

「あれだ、女ばかりの村の中で男が一人だけだと要らぬ詮索をする輩が出て来るかもしれない。この際だから獣人――山猫族と狼族の男性を連れてくるのもいいんじゃないか?」
「それは、お勧めできません」

 俺の提案にリルカが銀色の毛で覆われた狐耳をピン! と立てると、俺の提案を即否定してきた。
 彼女が、こんな風に俺の提案を断ってきたことは、初めてだったこともあり驚いてしまう。

「お勧めできないとは、どういうことだ?」
「基本的に獣人のオスというのは働かないのです」
「働かない?」

 ふむ……。
 そういえば、異世界じゃなくて日本に居たときにインターネットで虎の生態系を見たことがあった。
 たしか雄は、狩りはしない。
 その代わり。自分のグループを狙う外敵と戦うのが仕事であり、雌が獲ってきた獲物を食べると――。
 そして、力が衰えると、別の雄にグループを乗っ取られて捨てられてしまうという内容であった。

「なるほど……、つまりニートということか」
「ニートですか?」
「働かないで食べては寝るのが獣人のオスなんだろう?」
「えっと……、どちらかと言えば子孫を残すために多くの雌と関係を持つのが雄の仕事です」
「……そうなのか?」
「はい! エイジさんは、ご存知かとおもっていましたので、妻は私だけで良いと言われてとても嬉しかったのです」
「なるほど……」
 
 リルカが尻尾を左右に揺らしていたのは、そのためだったのか。

 ――ん? あれ? それって……。

「リルカ、もしかして俺って……」
「どうかしたのですか?」
「……いや、なんでもない」

 一瞬、嫌な予感が俺の脳裏を横切った。
 リルカの話から総合すると、村の女性達は全員が俺を狙っているという、とんでも理論だ。
 しかも、その中にエルナまで入っているとなると、法律的に完全にアウトだろう。
 まぁ、ここには日本の法律は適用されていないが、俺の中での倫理的に完全にアウトだ。

「それよりも、どうするか……」

 俺がいつ、元の世界に帰るのか分からなかったこともあり、ソルティに会うためにエンパスの町から急いで戻ってきたのだ。
 そのおかげで、塩を売ることも出来なかったし食糧を購入する余裕もなかった。
 何よりエンパスの町が壊滅状態になった時点で、食料の買出しも無理だ。

「何か、悩みでもあるのですか?」

 リルカが体を密着させたまま上目遣いで俺を見ながら問い掛けてくる。

「ああ、食料問題をどうしようかとな」
「食料……あっ!? ふう……」

 俺の言葉に反応したリルカは目を見開くと体中から力が抜けてしまったかのように俺に寄りかかってくる。
 彼女の体はとても軽く片手で抱き上げられるくらいだ。

「リルカ、どうしたんだ?」
「リムルとの戦いで殆ど力を使い切ってしまって……」

 リルカが途中まで言葉を紡いだところで、ぎゅるるるる! と言う大きなお腹が鳴る音が聞こえてきた。
 それは二つあり、ひとつはリルカで――。
 両手で抱き上げた彼女は両手で自身の顔を覆っていたが、余程恥ずかしかったのだろう。
 耳まで真っ赤だ。
 そして、もう一つは――。

「お腹が空きました……」
「エルナじゃなくて、お前かよ――」

 ソルティが、地面に倒れたまま「お腹が空きました。何か食べさせてくれると嬉しいです」と何度も壊れた蓄音機のように、俺に語りかけていた。
 仕方ない。
 まずは食事の準備だな。

「カンダしゃん……エルナは、もう死ぬでしゅ――」

 声がした方へと目線を向けると、エルナが顔面から地面に倒れていた。
 いつも瑞々しい肌はカサカサになっていて、艶のある金色の髪や尻尾も灰色にくすんでいる。

「――すぐに食事を用意するから待っていろ!」





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