【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

戦場の采配(前編)

「――バ、バカな……、このゴーレムを傷つけることなぞ……どうして、ただの人間ごときに……」

 動揺の声がゴーレムの内側から響いてくる。
 恐らくだが、内部の声を外部へと増幅して伝えるようなモノが、ついているのだろう。
 俺は建物の上に乗りながら冷静に、そう判断する。
 ソルティが、俺の膝の怪我をも治してくれたのか、まったく痛みを感じることがない

 膝を怪我してからと言うものリルカに痛みを消してもらっていても、どこか淀んでいた。
 それは脳のリソースを、無意識的に使っていたということになるのだろう。

 だが、いまはそれがない。
 おかげで俺は、どこまでも静かに冷静に現状を把握し考察することが出来る。
 俺は、右手に持っていた日本刀へと視線を向ける。
 日本刀を持っていた右手は痺れていて、普通ならすぐに使いものにならない状態になっているが……。
 そこは回復魔法を発動させることで、戦いに使えるようにする。

「リルカ! エルナの両腕と自身のコブシを治療できるな?」
「はい!」

 俺はリルカの言葉に無言で頷くと建物の上から飛び降りる。
 高さは10メートル近い。
 普通なら、膝を痛めるほどの無茶ぶりだ。
 だが常時回復魔法を発動させることで、その無茶ぶりを可能にする。

 俺が建物から飛び降りた途端に、ゴーレムから放たれた白い閃光が木材で作られた建物を焼き尽くす。

「おいおい、光学兵器か?」

 俺は走りながら相手の攻撃焦点を絞らせないように行動する。
 そこで、視界にリアとソフィアの姿を確認した。

「エイジさん!」
「エイジなの!」

 何故か知らないが、二人とも瞳に涙を溜めて俺の方を見てきている。
 どういう状況なのか一切分からないが……。
  
「どうして、二人ともエンパスに居るんだ?」
「カンダさんを追ってきたのです!」
「私も追ってきたの!」
「――ん? どういうことだ?」

 俺は走りながらも二人が語った言葉の意味を考えるが答えが出ない。
 たしか、二人は性奴隷として他国に売り飛ばしたとリムルが言っていた。
 その言葉には嘘を言っているような感じは無かったが……。

「カンダの旦那!」
「お前は! ……誰だっけ?」
「ベックですよ! ベック!」
「カンダさん、私達が他国に売られるのを彼が助けてくれたのです!」

 ソフィアの言葉に頷いたベックが「……そうですよ! 危険だったんですよ!」と、自分の仕事ぶりをアピールしてくるが、どうやらリムルが性奴隷として売り飛ばした相手はベックだったようだな。
つまり、二人がエンパスの町に居るってことは……、ベックが気を利かせて連れてきたということだろう。

「ベック、よくやった! あとで塩を麻袋一枚進呈だ!」

 俺の言葉にベックが親指を立ててくる。
 どうやら塩だけでアイツへの報酬はいいらしい。
 安上がりなやつだ。

「カンダさん、あぶない!」
「しまっ!?」

 考えごとをしていたせいで、足が止まっていた俺にゴーレムから光学兵器に近い白い閃光が近づいてくる。
 今からよけることは出来ない。

「あぶないの! アイスシールド!」

 俺の前面に数枚の鏡を思わせる氷の盾が――リアの魔法が展開される。
 氷の魔法に光学兵器に近いアイアンゴーレムからの攻撃がぶつかり、次々とアイスシールドを破壊していく。
 それと同時に水の結晶である氷が、光学兵器特有の光を乱反射させ威力を減衰させていき最後の一枚を残して防御しきる。

「おのれ!」

 どうやら、とっておきの攻撃だったらしき、怒気を孕んだ声がゴーレムから聞こえてきた。

「助かった」
「無理したらいけないの」
「カンダさん、大丈夫ですか?」

 俺の元へとリアとソフィアが走ってくると話かけてきた。
 
「それよりも、二人とも大丈夫か?」
「はい」
「はいなの!」

 俺は日本刀を構えながら、目の前に見える巨大なアイアンゴーレムをどうやって倒すか考える。
 いつもの俺の斬鉄なら、手が痺れることがない。
 俺が日本刀を振るう時は、生活魔法である劣化防止の魔法をかけている。
 それは刃を保護すると同時に、斬撃の衝撃すら劣化させることを防止し威力を減衰させることがないから。
 だから、玉鋼を利用して作られた日本刀と同程度の強度を持つ材質なら普通に斬り裂くことが出来て、手が痺れることがない。
 それなのに、もっとも強度が低い間接部分を狙って斬ったというのに手が痺れたということは……。

「厄介だな……固定化の魔法が掛けられているのか?」
「こ、固定化ですか?」
「それは、まずいの!」
「ああ……」

 俺の予想が間違っていなければ、固定化の魔法が掛かっている。
 生活魔法である劣化防止と違って、固定化の魔法は物質の現状維持を目的とした魔法だ。
 その魔法の、もっとも特徴な性能は、現状維持性だ。
 つまり最初に固定化の魔法を掛けられた状態に戻ろうという修正がある。

 俺の推測を肯定するかのように、20メートルを越すアイアンゴーレムの左上に粒子が集まり少しずつ修復していくのが見える。

「思ったよりも魔力を使った」

 今まで、生活魔法を使ったときに魔力が減ったと感じたことはなかった。
 それがたった一振りで、魔力が減ったと自覚するほど魔力が減った。

 おそらく、俺の生活魔法よりも遥かに上位の固定魔法の作用によるものだと思うが、日本刀を振るえるのはあと1回、いや……2回振れればいいほうだろう。

「エイジさん!」
「カンダしゃん!」

 エルナとリルカ本人の治療が終わったようで俺の名前を呼んできた。
 それと同時にアイアンゴーレムの左腕の修復が終わる。
 建物を崩しながら姿を現したゴーレムは、頭部を俺達に向けていたが在らぬ方向へと、その頭部を反転させた。

 俺も、思わずゴーレムが顔を向けた方へと視線を向ける。
 すると、視線の先には大勢の兵士の姿が見えた。
 そして旗が、風ではためいている。

「カンダさん、あれは!?」
「どうやらエルダ王国の騎馬隊のようだな……、騎馬を引いているのは女騎士のようだが……」

 数は300ほどだろうか?
 一瞬、エルナやリルカを追い回していた兵士や騎馬だと思ったが、リルカとエルナも「人間の軍隊?」と首を傾げているだけで、とくに関係性はないようだ。
 それよりも……。

「リア! ゴーレムの正面に多重アイスシールドを展開しろ!」
「――え!?」
「早くしろ!」
「はいなの! アイスシールド!」

 リアが、向かってくる兵士たちと、アイアンゴーレムの間に多重アイスシールドを展開させると同時に、どんな原理になっているかは知らないが光学兵器であるビームかレーザーのような物が発射されアイスシールドを激突。
 光りを乱反射し周辺の建物を破壊していく。
 何故、山猫族と狼族がいるのか分からないが彼女らが住民を避難させておいてくれたおかげで怪我人は出ていない。

 ただ、先ほどまで俺達に向けて放った光学兵器の威力よりも遥かに高いレーザーは、アイスシールドを貫通。
 エンパスの町に近づいてきていた兵士たちの足元である大地に突き刺さると大爆発を起こした。
 
「――くっ」

 町外で発生した爆風が、かなり離れていた俺達の方まで流れてくる。
 多重アイスシールドで、威力を減衰。
 屈折させて着弾場所が変わっていたにも関わらず、恐ろしい威力だ。
 ただ、見た限り馬から振り落とされた騎士などは居たが、死人は出ていないようだが……。

「エルダ王国の騎士達よりも、貴様が一番の危険人物のようだな! 神田栄治!」
「あまり高く評価されても困るんだがな……」

 俺は唇を舐めたあと、アイアンゴーレムの視線を真っ向から受け止めながら日本刀を構えた。





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