【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

おっさん刺される!



 室内に、広がる肉と肉がぶつかり合う音。
 耳に聞こえてくるのは、エルナの「やってやったでしゅ!」と言う無邪気な声と、「修羅場? 修羅場?」という、どこか浮ついたメイドさんの声であった。

 そんな中、リルカに顔面パンチを受けたリムルは数歩下がって呆然としたまま、自分の顔に手を当てていた。
 俺からは、リムルの裸の背中しか見ることは出来ない。
 
 ――ただ、一つ分かることと言えば、矢を受けた膝が痛いということだ。

 俺が見ていると、リムルが体を震わせはじめて、「お爺ちゃんにも殴られたことが無いのにいいい」と叫んでいた。
 
 俺は彼女の言葉を聞いて、思わず「なるほど……」と納得してしまっていた。
 甘やかした結果、こんな最低な人間が誕生してしまったのだろう。
 
「言いたい事は――それだけか?」

 俺から見えるリルカの表情は、いつもと違って、とっても怒っていらっしゃる。
 言動の端々からも、コブシを鳴らしている姿からも、銀髪の尻尾を逆立てている様子からも、よく分かる。
 
 ――リルカさんは、非常に怒っていらっしゃる。
 
「それだけ? それだけですって!? たかが獣風情が、人間に向かってえらそうに!」

 リムルも顔面を殴られたからなのか怒りを露にしてリルカに対して叫んでいた。
 だが、それを無視するかのようにリルカは俺の方へと視線を向けてくるとニコリと微笑みながら「エイジさん? あとで、お話しましょうね」と語りかけてきた。
 口元は! 表情は笑っているのに! 目が笑ってない!
 冷や汗が止まらない。
 俺は、救いの手を求めて的確なアドバイスをいつもくれるエルナ先生のほうを見る。

「カンダしゃん。がんばってでしゅ!」
「……お、おう……」

 それしか言い返せない。
 とにかく、この場を何とかしないといけない。
 別に浮気をしていた訳ではないのだ!
 たまたま、話を聞く場所が、ここだけしかなくて! たまたまリムルが俺を襲ってきただけに過ぎない!

「リルカ! よく聞いてくれ! 俺は別に浮気をしていたわけでは――「少し静かにしていてください」――あ、はい……」

 事情を説明しようとしたらリルカに一蹴された。

「私を! 無視するなああああああ」

 いつの間に所持していたのか、刃渡り20センチほどの短剣の柄を両手で握り締めたリムルが、刃をリルカに向けて突進していた。
 俺と話していたリルカはまだ気がついていない!
 このままでは、リルカの身に危険が!

 そこまで考えたところで、膝の痛みも吹き飛び無意識のうちに俺は立ち上がりリルカとリムルの間に割って入っていた。
 それと同時に、腹部から痛みが走り、下半身に力が入らなくなる。
 膝が崩れ、そのまま俺は絨毯の上に倒れた。

「――え? エイジ……さん……?」
「そ、そんな……」

 二人して呆然と俺を見下ろしている。
 俺は腹部に刺さっている短剣を引き抜きながら回復魔法を発動させるが……。
 分かってしまう。
 これは致命的な傷だと……。

「い、嫌っ――」

 リルカが体から湧き上がっていた金色の光りが消えうせ俺の腹部を両手で押さえてくる。
 だが、それは意味を成さない。
 何故なら、表面を圧迫して止血しようとしても中の臓器が傷ついていれば、そこからの出血は止まることがないのだから。
 少しずつ意識が朦朧としてきたところで、「私は、私は悪くない!」と言って、顔を真っ青にさせたリムルが自分の服を手に取ると部屋から逃げ出した。

「エルナ!」

 俺を看病していたリルカがエルナの名前を呼ぶ。
 すると、リムルを追いかけにエルナも部屋から出ていった。

「リルカ……、リムルが何をしてくるか分からない……、エルナを一人で向かわせるのは危険だ……」
「で、でも!?」
 
 俺の言葉にリルカが悲痛な表情を向けてくる。

「よく聞け、自分の体だから分かる。もう俺は長くない……リムルを止めるんだ……。アイツは、国を変えると言っていた。淫魔王の結晶は、あらゆる生き物を傀儡にする力を持っている。アイツは国家転覆を考えている可能性すらある……だから――」
「国家なんていいです! エイジさんが居なくなるのは耐えられないです」
「リルカ、俺の仲間もそれなりの腕を持っていた。それが奴隷として他国に売られるほど、あいつは何かを持っている。エルナ一人では危険……だ……。お前やエルナまで危険に晒されたら、死ぬに死ねない……だから……」

 まずいな……。
 目が掠れてきた。
 体中が凍えるほど寒い。
 それでも、彼女に伝えなくてはいけないことがある。

「リルカ……、俺は――お前のことを愛し……」

 最後まで言葉にする前に俺は猛烈な睡魔に襲われて意識が果てしない闇の中へ呑まれた。
 最後に聞こえたのは悲痛なまでのリルカの声で――。
 本当に俺は最後まで駄目だったな……。



 


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