【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記

なつめ猫

塩の木




「……しかし……」

 俺は一人ごとを呟きながら湖の中に足を踏み入れる。

「思ったよりも深くはないな……」

 乾季ではウユニ塩湖は、薄い水の膜が堆積した塩の上に張る程度と本に書いてあった。
 それと同じ様相を、獣人が名づけたソルト大森林内に存在する塩の湖は見せている。

 ただ、一つ違うのは、塩が隆起して存在していることだ。
 地球では、塩は水が蒸発して出来た物であり隆起して存在するようなことはない。
 まぁ、そのへんは異世界と言ったところだろう。

「カンダさん! これです!」

 俺が塩の湖について考え込んでいると、リルカが話かけてきた。

「――ん?」

 声のした方向へ目を向けると、そこには巨大な白い大木が存在している。
 その木の枝には無数の花が咲いているのが見えるが、どれも白い花だ。
 日本の桜に近いだろうか?

「ずいぶんと大きいな……」

 高さは10メートルを超えている。
 幹の太さも成人男性5人分が両手を広げて繋いだくらいはありそうだ。

「これは、ソルト大森林の大樹と言われているのです」
「ソルト大森林の大樹?」
「はい」

 俺の問いかけに、神妙そうな表情でリルカが頷いてくる。
 ふむ……。
 彼女の顔から察するに、獣人にとっては神聖な物なのだということが薄々を理解できた。
 ただ。一つ気になることがある。
 そもそも塩湖の中央部に木が生えることなど普通は不可能だ。
 どうして、こんなのが存在しているのか俺には理解を超えすぎていて訳が分からない。
 
「あれが……シーオの実か?」

 大樹の枝には、白い花とは別に俺がリルカから渡された実と同じ物が生っていた。

「はい、あれはシーオの花が枯れた後に出来る実です!」
「……そ、そうか……」

 驚きすぎて、どこから突っ込みを入れていいのか分からん。
 マングローブみたいな物なのか?
 たしかマングローブは海水を根から汲み上げて、海水内に含まれている塩分を葉に蓄えると聞いたことがある。
 それと同じことを……出来るわけがないよな……。
 海水とは、どう比べても塩分濃度が違いすぎる。
 そんなことが出来たら本当にファンタジー世界になってしまう。
 いや、ファンタジー世界だが、幾ら何でも常識を無視しすぎだろう。

「そこの者――」
「――ん? リルカ、呼んだか?」
「いえ、特には? どうかされたのですか?」
「気のせいか……?」

 最近、矢を受けた膝が痛かったからな。
 よく眠れていなかった。
 それが、リルカのヒーリングペロペロのおかげで痛みが一時的に消えた。
 そして痛みに対する心構えのために張り詰めていた緊張の糸が緩んだのだろう。

「少し疲れているようだな」
「大丈夫ですか? カンダさん」
「ああ……。リルカとエルナには、申し訳ないのだが2人の持ってきた麻袋に周辺に転がっている白い塊を詰め込んでおいてくれるか?」
「分かりました。エルナ! 近くに落ちている白い塊を麻袋に入れましょう!」
「はいでしゅ!」

 リルカの言葉にエルナは素直に頷くと塩の塊を麻袋に入れ始めた。
 俺は、二人の様子を見たあと、10トン近くありそうな岩塩の上に横になる。
 すると急速に眠気に襲われた。
 やはり、膝を痛めてから殆ど眠れていなかったのだろう。
 すぐに俺の意識は暗闇に飲み込まれた。



「カンダさん、白い塊の回収が出来ました」

 どうやらリルカが俺の身体を揺すっていてくれたようだ。
 周辺を見ると日が沈みかけていて、かなりの時間寝ていたように見える。
 
「すまない。結構、寝ていたか?」
「はい、ずいぶんとお疲れのようでしたので……ごめんなさい」

 リルカが申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「ど、どうかしたのか?」
「カンダさんが足を庇うようにして歩いていたのは知っていたのに、そこまで酷いとは思っていなくて……」
「言わなかった俺も悪いからな。リルカが気にすることはない」
「……はい」

 肩を落として落ち込んだ彼女の頭を撫でて元気づけてあげたいが、また発情期モードに入られても困る。
 
「気にすることはない。リルカのおかげで久しぶりにぐっすりと眠れたからな、こっちがお礼を言うべきところだ」

 俺は、リルカに向けて笑顔を見せる。
 中年の笑顔なぞ、大して効力はないと思うが……。

「い、いえ! 私のほうこそ!」

 塩の塊が入って百キロを越えている麻袋を頬を赤くしながら回しているリルカの姿は俺には恐怖にしか映らなかった。

「と、とりあえず……か、帰るとするか?」

 俺はリルカとエルナに語り掛けた。

 



「【佳作受賞作品】おっさんの異世界建国記」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く