記憶の対価（８）

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　母親が、あまりにもあっさりと答えてきたので俺は一瞬、驚きのあまり硬直した。
　そんな俺を不思議に思ったのか「アルス？」と、母親が俺の名前を呼んでくる。

「――いえ……。えっと……」

　いくつかの会話パターンを考えていた。
　母親が話をはぐらかせてくるとばかり思っていて、正直に答えてくるとは思っていなかった。

「異世界の事かしら？」
「――は、はい」

　俺は、何度も頷く。
　
「アルスには言っていなかったかしら？　アガルタの世界――、その創世記には異世界から来た人間が英知を持って文化の発展に貢献したって――」

　母親は首を傾げながら話てくるが正直に言うと始めて聞いた内容だ。
　それと同時に、俺が求めている答えとは相違がある。

「それは、歴史ですか？　それとも……」
「リメイラール教会の教典に書かれている内容ね、かなり古い内容だけどね。子供に聞かせる御伽噺としては一般的なのよ？」
「そう……ですか……」

　耳元で囁くようにして語りかけてくる母親は、正直困り者だが考えが纏まらないということはない。
　それよりも「異世界から来た人間の英知」と言う部分は気にはなる。
　今後、教典に目を通して確認してみるとしよう。

「聞きたいことは、それだけなの？」
「……はい」

　母親には、俺が同じ時間を繰り返すことは言っている。
　その時には、特にリアクションも無かった。
　そして、異世界について聞いたときも過去には存在したとしか答えていない。
　これでは、母親が召還魔法を使って俺を本当に呼び出したのかどうかまで分からない。
　それに、あまりにも露骨に聞いても答えが出ないように思える。
　ここは一度、引き下がったほうがいいだろう。

「アルス、戻るわよ」

　母親が立ち上がり大岩の上から降りていく。
　俺は、母親が降りていくのを確認してから岩から降りて自宅へと戻った。
　その日の食事も薄味なのか、味が良く分からなかった。



　翌朝、日が昇ると同時に俺は水汲みをしながら、フィーナとの関係をどうすればいいのかと自問自答していた。

　フィーナのアイテムボックスの能力は正直言ってチート級だと言っていい。
　何せ重量を気にせずに物を持ち運びできるのだから。
　そう考えると、彼女に嫌われてもいいが、こちらの意図を汲んでくれた行動をしてくれるように、意思疎通は図るべきだろう。

「俺は、最低だな……」

　川辺で水を汲みながら、最低な思考をしていたことに気がつくと同時に、自分自身に対して嫌悪する。
　それと同時に俺は川辺へと座り込む。
　よくよく考えれば魔力の補充の仕方は分かったのだ。

　――それはつまり、一人でも魔王を倒せるということではないだろうか？
　
「……死んで元の――、最初の時間に戻れば……」

　――そう。
　どうせ死ねば全てがリセットされるのだ。
　そうすれば、誰も傷つくことはない。
　そうすれば、誰かを傷つけることも無い。
　全てが……、そう全てが守れるはず……。
　
「無様ね――」

　思考の迷宮に陥っていたところで後ろから声がした。
　振り返ると、そこには白銀の髪の１７歳ほどの女性が立っている。
　今まで一度も見たことが無い白銀の髪――。
　女性は、赤い瞳でまっすぐに俺を見てきていた。

「……お前は――、誰だ？」
「そんなこと、どうでもいいのよ？　貴方は、自ら死を望もうとした。それは契約違反だわ。そんなことをされたら困るのよね」
「契約違反？　お前は何を言って……」

　俺の言葉に女性は頭を振るう。

「もう一度言うわよ、貴方が自分自身で死を望んで死んだ場合は、貴方が守ろうとした者、貴方を守ろうとしていた者の命を頂くことになるわ。これは契約で決まっているの。でも、出来れば、死なないで欲しいのだけども？　それに――」

　女性は途中で口を閉じると、村の方へと視線を向ける。
　俺自身も釣られて視線を村の方へと向けた。
　すると、村に向かう道に一人の幼女――、レイリアが立っていた。

「レイリア……、どうして――」

　体が弱い彼女がどうして、この場に居るのか俺には不思議でならなかった。

「レイリア？　ああ、そうなのね――。勇者の魂を追ってきたのかしら？　やっぱり、貴方も転生していたのね？」
「お前も……」
「それは違うわ。私は、望まれたから力を貸しただけ――。そして対価を貰っているだけ。貴方に何か言われる謂れは無いわ」
「それなら――」

　レイリアと話をしていた女性は、「分かっているわよ」と、溜息混じりに答えると、その姿を掻き消した。
　それと同時にレイリアも、先ほどまで道で立っていたのが嘘のように、地面の上に倒れた。
　急いで近づくが、彼女の呼吸はとても弱々しい者で――。
　俺は、心の中で魔法を思い描く。
　それは身体能力を強化する魔法。
　魔法が発動したかどうかはすぐに分かった。

　――体中に漲る力。

　俺は、レイリアを抱き抱えると彼女の家に向かった。