記憶の対価（６）

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 　俺は、レイリアの言葉に動揺を隠せずに――、意味の無い問いかけの言葉を紡ぐことしか出来なかった。

　――そんな俺の様子を見て、布団の上で臥せっていた彼女は、ニコリと微笑みかけてくる。
　レイリアの微笑みを見て俺は思わず眉間に皺を作っていた。
　それと同時に、いくつもの事を考える。

　……今、彼女は何と言った？

　俺は召還されたと言っていた――、それも実の母親に。
　そして、それを俺は忘れていると彼女は告げてきた。
　その現実が俺には理解できなかった。

「混乱しているようですね――」
「当たり前だ」

　最初の子供らしい言葉を取捨選択して対応していたが、彼女――レイリアの様子から察するに、子供らしく対応する必要はないだろう。
　――と、言うより俺に余裕が無い。

「レイリア、答えろ。どうして、俺の母親――、いやライラが俺のことを召還した？」
「それは、決まっています。貴方は、何のために……アルセス辺境伯を呼んできたのですか？」
「……それは――」
「つまり、そういうことです」
「それじゃ答えになっていない！　どうして異世界人である俺を召還したか？　と聞いているんだ！　別のこの世界の問題なら、この世界の人間が行えばいいはずだろう？」
「それは、わかりません」
「分からない？　どういうことだ？」
「そのことはアルスさん――、本来で言うところの桜木悠斗さんからは、教えてもらっていませんから……」
「――俺が……教えて……いない？」
「はい。私が桜木悠斗さんに教えてもらったのは魔王討伐の事、そして――「どうして！　貴方がここにいるの！」……」

　レイリアが話を続けようとしたところで、部屋にフィーナが入ってくるとレイリアと俺の間に割って入ってくる。

「なるほど……、今回の周回ではお姉ちゃんに誤解を与えているのですね――。お姉ちゃん、アルスさんは私の容態を診に来てくれたの」
「レイリアは、黙っていて！」

　俺を睨みつけながらフィーナは、レイリアの言葉を一蹴した。
　どうやら、俺は相当に嫌われてしまったようだな……。

「――すまない。出ていくとする」
「アルスさん……」

　俺の名前を呼んでくるフィーナに首を振る。
　お互い、語り合うことは多い。
　しかも謎は深まってしまった。
　だが、現状――、頭に血が上ったフィーナが居る限り話を冷静に進めることは難しい。

　それにレイリアは、魔王討伐は順調だと言っていた。
　――それなら魔王を討伐してから話を聞く方がいいだろう。
　どうせ時間的猶予は魔王さえ倒してしまえば、次の魔法王が襲来してくるまで一週間近くあるのだから。　　
　あとは、いつまでもフィーナに睨まれるのは俺としても好ましくないからな……。

　フィーナに一瞬視線を送ったあと、俺は内心溜息をつきながら部屋から出ていく。
　途中で、騒ぎを聞きつけたフィーナとレイリアの母親と廊下ですれ違った。　

「何かありました？」

　彼女は、心配そうな顔で俺に語りかけてくる。

「いえ、少しフィーナと喧嘩をしていて――、それで鉢合わせてしまっただけで、気まずいと思い帰るところです」
「フィーナと喧嘩？　あの子が！？」

　俺は首肯しながら口を開く。

「原因は、俺にあるので――、気にしないでください」

　仮にも俺は領地を治めているシューバッハ騎士爵の息子で、将来は領地を継いで発展させることになる――、そう対外的には……、そう思われていておかしくない。

　そして領地を治めている貴族と、そこに住まう平民の間には隔絶たる身分制度と、それに付随する権力が存在する。
　そう――、平民よりも強い権力だ。
　それは尊敬や畏怖と同時に恐怖と言った恐れも着いてくる。
　だから――、俺は自分が悪いと言って問題にならないと遠まわしに言葉にしているに過ぎない。

　――だが、やはり気になったのだろう。

　二人の母親は、「アルスさん、少し待っていてね」と、俺に語りかけてくると二人の娘に「フィーナ、レイリア、一体何があったの？」と、早口で問い正していた。

　彼女の対応からは、どちらかが問題を起こしたと考えているようにしか聞こえてこない。
　それは、子供にとって良くない。

「本当に大丈夫ですから。子供同士の喧嘩で――些細な問題ですから」

　俺は咄嗟にフォローする。
　子供同士の喧嘩に親が関与してくるのは好ましくないし、それに自分の親から疑いをかけられるのは宜しくない。

「……ささいな……もん……だい？」

　俺の紡いだ言葉を噛み締めるようにフィーナは呟く。

「ふざけないでよ！　アルス君の格好をして、どうして――、どうしてそんなことが――」「フィーナ！　止めなさい！」
「だって！　お母さん！　あれはアルス君じゃないのよ！」

　フィーナの母親は、大きく溜息をつくと「シューバッハ騎士爵の息子さんは、前から変わっていないわよ？」と、フィーナに語りかける。

「違うの！　彼は……、彼はアルスくんじゃない！」
「――雰囲気は、そのままよ？　それに受け答えも以前と変わっていないわよ？」

　フィーナと、彼女の母親の話が微妙に噛み合っていない。
　それに業を煮やしたフィーナは俺を睨みつけてくると「とくかく出ていって！」と、叫んできた。

「フィーナ！」

　フィーナの母親が、フィーナを大声で叱ろうとしていたのを俺は止めると、そのままフィーナの家を出て小さく溜息をつく。

　やはり、俺を肯定してくれた人間に嫌われるのは傷つく。
　それにしても、俺の母親が俺を召還したというのは一体、どういうことだろうか？
　遠まわしに母親に聞いてみる必要があるかも知れないな。