Re:現代知識チートの領地運営~辺境騎士爵の子供に転生しました~
幕間 二人のアリサ。
――アルセス辺境伯領、都市アルセイドに存在する酒場「血と酒」は、辺境伯領を守る兵士や城壁建築などの仕事に従事する屈強な男達のたまり場。
そんな酒場で今日も私は仕事帰りのエールを飲んでいた。
私が魔法師団長の職に就いてから何年が経っただろう。
私は、溜息混じりに「結婚したい!」と、呟く。
「もう、帰ったらどうです?」
私は、エールの入った木製のカップを、カウンターに叩きつけるように置きながら「うるさいわね!」と話かけてきたマスターに文句を言う。
少し大きな音だったこともあり、周りに座っていた人間たちが一斉に私を見てくる。
「また、アリサかよ……」
「顔は良いのに……」
「やめておけ、やめておけ、攻撃魔法で吹き飛ばされるぞ」
「今年で100歳だったか? 大台突破だな。ハハハハ――グフォッ」
「ベッカー!」
淑女の年齢について語っていた男を風の魔法で巻き上げる、
そして天井にキスして落ちてきたところで頭をブーツで踏む。
「ベッカー君。今、何か言った? ねえ? 今、何か言った? 言ったよね?」
「な、なんでもないです……」
「アリサ。酒場では、もう暴れないと言ったから入れてやったのを忘れたのか?」
「――クッ……」
男の頭を踏むのをやめ、自分が座っていた椅子に座る。
「マスター、酒!」
「お前、ほんとに……そんなんじゃ嫁の貰い手がないぞ?」
「どうせ、結婚できない……し……」
酒場のマスターは溜息をつくとエールの入ったカップを私の前に置いた。
私はエールを飲みながら、心の中で溜息をつく。
ハーフエルフの寿命は200年ほど。
容姿の成長は20歳で止まり、死ぬまで若々しいのがエルフやハーフエルフの特徴。
だから、ある日、突然に寿命が来てしまうこともある。
そんな曖昧な生だから、結婚するのも遅い。
普通の人間なら13歳から18歳の間で結婚する。
だけど、ハーフエルフの場合は30歳から40歳が普通。
そんな私だったけど……、そろそろ、100歳に差し掛かる。
「どうしよう……」
私は頭を抱える。
たしかに私の見た目は美人だと思う。
でも、ハーフエルフなのだ。
ハーフエルフは純血種を尊ぶエルフからは嫌われているし、迫害の対象にもなっている。
私も小さい頃は、エルフに憧れだってあったし、エルフの村なら人間に苛められることもないと思っていた。
一人だけ耳が尖っているのは、やはり目立つ。
でも、人間よりエルフの方が酷かった。
エルフは、私がハーフエルフだと一目で見抜くと、石を投げてくるし、話もしてくれない。
そして、エルフは火の魔法は使わないし使えない。
何故なら森と共に生きる種族だから。
火は森を燃やすから。
「あー、あまりに苛められてムカついたから炎の魔法で森を半分くらい吹き飛ばしたのは不味かったかも……」
「お前なあ……」
酒場のマスターが呆れた声で私の呟きに突っ込みを入れてきた。
たしかにエルフの里があった森を半分吹き飛ばしたのは悪いと思った。
おかげで私は、二度とエルフの里に近づくことを禁止され、その結果、エルフたちからは完全に敵視され、同種族と結婚は事実上不可能に。
「分かっているから!」
マスターが何を言いたいのか分かっている。
少しは堪えろということだろう。
だけど、そんなのは苛めにあったことがない人間が言うだけの偽善。
いつか爆発するもので、爆発したら森が半分消えていただけ。
まぁ、そのおかげで軍からスカウトされたのは皮肉とも言えるけど。
「はぁ、どこかに私のことを大好きとか可愛いとか言ってくれる人いないかな……」
「いないだろ」
「煩いわね」
酒場のマスターが、別の客に注ぐ酒の準備をしながら的確に突っ込みを入れてくる。
たしかに、酒場のマスターの言うとおりだとは思う。
少なくとも魔法師団長として活躍してから、主要都市や町では【殲滅のアリサ】と不本意な二つ名で呼ばれていた。
子供ですら、恐れ戦き、私が近づいただけで泣き出すという有様。
どうやら、私の強すぎる魔力は子供の目からは恐怖と見られてしまうようであった。
そして、大人と言えば、すでに私の名前を知っている連中ばかりで、誰も私に恋を囁くような人間はいない。
私は酒の入ったカップをカウンターテーブルの上に置いて、カウンターに顎を乗せる。
「あー……、結婚したいな……。私の【殲滅のアリサ】という名前が届いていない田舎に、私を好きと言ってくれるような人が居ればいいのだけど……」
「いるわけないだろ。第一、お前さんは、魔法師団長だぞ? 辺境伯爵が田舎に行くのに許可を出すわけがないだろ?」
「それを言わないで……」
マスターの言葉に落ち込む。
何か大儀名分のようなものがあれば……。
考え込んでいると、酒場の入り口の方から来客を知らせるベルが鳴り響いてきた。
顎をテーブルの上に乗せたまま横目で入り口の方へ視線を向けると今年、加入してきたばかりの女性魔法師の姿が見えた。
私は、酒場に入ってきた途端、男共にチヤホヤされている新人の女魔法師に苛立ちを覚える。
「そういえば――」
酒場のマスターの言葉に「何よ……」と答えながらエールを一気飲みする。
すると、酒場のマスターが「あの若いのも、アリサっていうだろ? たしか王都の魔法師養成所で主席卒業したやつだったよな?」と聞いてきた。
「そうよ……。あの子は、私の魔法を見て何て言ったと思う? 詠唱なんて古いって言ったのよ? マスター! エールをお代わり!」
「お前、何杯目だよ……」
「うるさいわね、飲まないとやっていられないのよ! ――ったく、どいつも、こいつもアリサ、アリサって――。ここにもアリサが居るっていうのに……」
私の言葉に、酒場のマスターが小さく溜息をつくとエールが入ったカップをカウンターの上に置いてきた。
まったく、人族なんてすぐ老けるのに……。
今だけ――。
そう、チヤホヤされるなんて若いうちだけだから!
……私、ずっとチヤホヤされたことないな……。
苛立ちを紛らわせるように、エールを一気飲みする。
そんな私の様子を回りの兵士や部下は、呆れた目で見てきていたけど、今更なことだ。
「そういえば、アリサ。聞いたわよ?」
「――ん?」
一瞬、私のことかと思い声がしたほうへチラリと視線を向ける。
そこには、20歳にも満たない3人の小娘共が酒も飲まずに話をしていた。
まったく、酒場に来たらエールを飲むのが礼儀だというのに……。
まぁ、私には関係のないことか……。
「アリサ。今度――貴女、シューバッハ騎士爵の子供に魔法を教えにいくのよね?」
「ええー? 何それ? シューバッハ騎士爵って一応、貴族よね? その貴族って男の子なの?」
どうやら、名前が似ているアリサという魔法師の小娘が、シューバッハ騎士爵の子供に魔法を教えにいくらしい。
そんな話、私のところに上がってきていないけど、たぶん後日確認で話が降りてくるんだろう。
そういう案件が時たまあるし。
小娘共2人がアリサに問いただしているとアリサという小娘が「――う、うん……。アルセス辺境伯爵様からの依頼なの」と頷いている。すると小娘の一人が「すごい! 魔法があれば領地を一気に拡大できるじゃない? シューバッハ騎士爵って辺境だけど、辺境伯領に負けないくらいの広大な領土があるわよね? もし開拓できたら、将来はすごいんじゃないの?」と、力説していた。
「それで、シューバッハ騎士爵の当主とは会ったの?」
「ううん、明日に、セルセタ魔法談話室で、二人で顔会わせすることになっているの」
「アルセス辺境伯は立ち会わないの?」
「うん、何でも忙しいから私とシューバッハ騎士爵当主と二人でって言われたの」
「……」
貴族、男の子、将来性のある土地……。
そして辺境……。
私の二つ名が轟いていない可能性がある!
さらに言えば、同じアリサという名前。
まだ、先方には名前以外には伝えられていない。
これはチャンスかも知れない。
「マスター」
「何だ?」
「これを彼女に……」
私は、入れてもらったエールの入ったカップに、素早く睡眠薬を入れる。
いい男が居たときに持ち帰るために用意しておいたもの。
今日、偶然! 持っていただけだ。
毎日持って居るわけではない。
断じてない。
「お前さんが、人に酒を奢るだと?」
「――ええ。新人だもの、新しい地で魔法を教えてくるなら魔法師団長としては部下の事を激励するのは当たり前でしょう?」
「お、お前……」
酒場のマスターが身体を震わせている。
少しは感激したのだろうか?
「頭、大丈夫か? そんなに優しい奴じゃないだろ? 俺はてっきり……小娘共が! 男共にチヤホヤされるなんて若いうちだけだよ! せいぜい、今を謳歌しておきな! とか考えていると思ったぞ?」
「わ、私が……。そんなことを思うわけがないでしょう?」
痙攣しそうになる眉を必死に表情筋で押さえながら酒場のマスターの言葉に返答を返す。
「そうか……、お前も成長しているのだな……」
マスターは、寝たら1日は起きない睡眠薬入りのエールを、新人の魔法師アリサへ届けに行った。
しばらくしてから「アリサ団長」と、新人のアリサが目を輝かせなら話かけてきた。
「どうしたの?」
「あ、はい……酒場のマスターが、アリサ団長から差し入れだと……」
「そう……、辺境で貴族の子供に魔法を教えるのよね?」
「はい! 私、戦うよりも子供に何かを教える方が好きで! ――で、でも魔法師としては最強の力を持つ【殲滅のアリサ】さんにも憧れていて……」
「そ、そう……」
なんだか、すごく純粋そうな小娘じゃなくて娘な気がしてきた。
それに憧れていると言われると悪い気はしない。
「私! 憧れの【殲滅のアリサ】さんに、祝ってもらって嬉しいです!」
そういうと、彼女は私が差し入れたエールを一気飲みしてしまった。
止める間もなかった。
「私、絶対にいい教育者にな……る……すぴー……」
「マスター! 今日は、もう帰るわ。この子はお酒に酔ったみたいだから送らないといけないし……」
不審な目で見てきていた酒場のマスターを何とか掻い潜り酒場から出る。
通りに出て、辻馬車を拾い兵宿舎に向かっている間に私は頭を抱えた。
「やばいわ。この子、すごく! いい子だけど……どうしよう! 明日って言っていたわよね? シューバッハ騎士爵と顔合わせするのって……」
睡眠薬が切れるのが1日後。
絶対に間に合わない。
「こうなったら……、私が変わりに辺境のシューバッハ騎士爵の地に行くしかない!」
そんな酒場で今日も私は仕事帰りのエールを飲んでいた。
私が魔法師団長の職に就いてから何年が経っただろう。
私は、溜息混じりに「結婚したい!」と、呟く。
「もう、帰ったらどうです?」
私は、エールの入った木製のカップを、カウンターに叩きつけるように置きながら「うるさいわね!」と話かけてきたマスターに文句を言う。
少し大きな音だったこともあり、周りに座っていた人間たちが一斉に私を見てくる。
「また、アリサかよ……」
「顔は良いのに……」
「やめておけ、やめておけ、攻撃魔法で吹き飛ばされるぞ」
「今年で100歳だったか? 大台突破だな。ハハハハ――グフォッ」
「ベッカー!」
淑女の年齢について語っていた男を風の魔法で巻き上げる、
そして天井にキスして落ちてきたところで頭をブーツで踏む。
「ベッカー君。今、何か言った? ねえ? 今、何か言った? 言ったよね?」
「な、なんでもないです……」
「アリサ。酒場では、もう暴れないと言ったから入れてやったのを忘れたのか?」
「――クッ……」
男の頭を踏むのをやめ、自分が座っていた椅子に座る。
「マスター、酒!」
「お前、ほんとに……そんなんじゃ嫁の貰い手がないぞ?」
「どうせ、結婚できない……し……」
酒場のマスターは溜息をつくとエールの入ったカップを私の前に置いた。
私はエールを飲みながら、心の中で溜息をつく。
ハーフエルフの寿命は200年ほど。
容姿の成長は20歳で止まり、死ぬまで若々しいのがエルフやハーフエルフの特徴。
だから、ある日、突然に寿命が来てしまうこともある。
そんな曖昧な生だから、結婚するのも遅い。
普通の人間なら13歳から18歳の間で結婚する。
だけど、ハーフエルフの場合は30歳から40歳が普通。
そんな私だったけど……、そろそろ、100歳に差し掛かる。
「どうしよう……」
私は頭を抱える。
たしかに私の見た目は美人だと思う。
でも、ハーフエルフなのだ。
ハーフエルフは純血種を尊ぶエルフからは嫌われているし、迫害の対象にもなっている。
私も小さい頃は、エルフに憧れだってあったし、エルフの村なら人間に苛められることもないと思っていた。
一人だけ耳が尖っているのは、やはり目立つ。
でも、人間よりエルフの方が酷かった。
エルフは、私がハーフエルフだと一目で見抜くと、石を投げてくるし、話もしてくれない。
そして、エルフは火の魔法は使わないし使えない。
何故なら森と共に生きる種族だから。
火は森を燃やすから。
「あー、あまりに苛められてムカついたから炎の魔法で森を半分くらい吹き飛ばしたのは不味かったかも……」
「お前なあ……」
酒場のマスターが呆れた声で私の呟きに突っ込みを入れてきた。
たしかにエルフの里があった森を半分吹き飛ばしたのは悪いと思った。
おかげで私は、二度とエルフの里に近づくことを禁止され、その結果、エルフたちからは完全に敵視され、同種族と結婚は事実上不可能に。
「分かっているから!」
マスターが何を言いたいのか分かっている。
少しは堪えろということだろう。
だけど、そんなのは苛めにあったことがない人間が言うだけの偽善。
いつか爆発するもので、爆発したら森が半分消えていただけ。
まぁ、そのおかげで軍からスカウトされたのは皮肉とも言えるけど。
「はぁ、どこかに私のことを大好きとか可愛いとか言ってくれる人いないかな……」
「いないだろ」
「煩いわね」
酒場のマスターが、別の客に注ぐ酒の準備をしながら的確に突っ込みを入れてくる。
たしかに、酒場のマスターの言うとおりだとは思う。
少なくとも魔法師団長として活躍してから、主要都市や町では【殲滅のアリサ】と不本意な二つ名で呼ばれていた。
子供ですら、恐れ戦き、私が近づいただけで泣き出すという有様。
どうやら、私の強すぎる魔力は子供の目からは恐怖と見られてしまうようであった。
そして、大人と言えば、すでに私の名前を知っている連中ばかりで、誰も私に恋を囁くような人間はいない。
私は酒の入ったカップをカウンターテーブルの上に置いて、カウンターに顎を乗せる。
「あー……、結婚したいな……。私の【殲滅のアリサ】という名前が届いていない田舎に、私を好きと言ってくれるような人が居ればいいのだけど……」
「いるわけないだろ。第一、お前さんは、魔法師団長だぞ? 辺境伯爵が田舎に行くのに許可を出すわけがないだろ?」
「それを言わないで……」
マスターの言葉に落ち込む。
何か大儀名分のようなものがあれば……。
考え込んでいると、酒場の入り口の方から来客を知らせるベルが鳴り響いてきた。
顎をテーブルの上に乗せたまま横目で入り口の方へ視線を向けると今年、加入してきたばかりの女性魔法師の姿が見えた。
私は、酒場に入ってきた途端、男共にチヤホヤされている新人の女魔法師に苛立ちを覚える。
「そういえば――」
酒場のマスターの言葉に「何よ……」と答えながらエールを一気飲みする。
すると、酒場のマスターが「あの若いのも、アリサっていうだろ? たしか王都の魔法師養成所で主席卒業したやつだったよな?」と聞いてきた。
「そうよ……。あの子は、私の魔法を見て何て言ったと思う? 詠唱なんて古いって言ったのよ? マスター! エールをお代わり!」
「お前、何杯目だよ……」
「うるさいわね、飲まないとやっていられないのよ! ――ったく、どいつも、こいつもアリサ、アリサって――。ここにもアリサが居るっていうのに……」
私の言葉に、酒場のマスターが小さく溜息をつくとエールが入ったカップをカウンターの上に置いてきた。
まったく、人族なんてすぐ老けるのに……。
今だけ――。
そう、チヤホヤされるなんて若いうちだけだから!
……私、ずっとチヤホヤされたことないな……。
苛立ちを紛らわせるように、エールを一気飲みする。
そんな私の様子を回りの兵士や部下は、呆れた目で見てきていたけど、今更なことだ。
「そういえば、アリサ。聞いたわよ?」
「――ん?」
一瞬、私のことかと思い声がしたほうへチラリと視線を向ける。
そこには、20歳にも満たない3人の小娘共が酒も飲まずに話をしていた。
まったく、酒場に来たらエールを飲むのが礼儀だというのに……。
まぁ、私には関係のないことか……。
「アリサ。今度――貴女、シューバッハ騎士爵の子供に魔法を教えにいくのよね?」
「ええー? 何それ? シューバッハ騎士爵って一応、貴族よね? その貴族って男の子なの?」
どうやら、名前が似ているアリサという魔法師の小娘が、シューバッハ騎士爵の子供に魔法を教えにいくらしい。
そんな話、私のところに上がってきていないけど、たぶん後日確認で話が降りてくるんだろう。
そういう案件が時たまあるし。
小娘共2人がアリサに問いただしているとアリサという小娘が「――う、うん……。アルセス辺境伯爵様からの依頼なの」と頷いている。すると小娘の一人が「すごい! 魔法があれば領地を一気に拡大できるじゃない? シューバッハ騎士爵って辺境だけど、辺境伯領に負けないくらいの広大な領土があるわよね? もし開拓できたら、将来はすごいんじゃないの?」と、力説していた。
「それで、シューバッハ騎士爵の当主とは会ったの?」
「ううん、明日に、セルセタ魔法談話室で、二人で顔会わせすることになっているの」
「アルセス辺境伯は立ち会わないの?」
「うん、何でも忙しいから私とシューバッハ騎士爵当主と二人でって言われたの」
「……」
貴族、男の子、将来性のある土地……。
そして辺境……。
私の二つ名が轟いていない可能性がある!
さらに言えば、同じアリサという名前。
まだ、先方には名前以外には伝えられていない。
これはチャンスかも知れない。
「マスター」
「何だ?」
「これを彼女に……」
私は、入れてもらったエールの入ったカップに、素早く睡眠薬を入れる。
いい男が居たときに持ち帰るために用意しておいたもの。
今日、偶然! 持っていただけだ。
毎日持って居るわけではない。
断じてない。
「お前さんが、人に酒を奢るだと?」
「――ええ。新人だもの、新しい地で魔法を教えてくるなら魔法師団長としては部下の事を激励するのは当たり前でしょう?」
「お、お前……」
酒場のマスターが身体を震わせている。
少しは感激したのだろうか?
「頭、大丈夫か? そんなに優しい奴じゃないだろ? 俺はてっきり……小娘共が! 男共にチヤホヤされるなんて若いうちだけだよ! せいぜい、今を謳歌しておきな! とか考えていると思ったぞ?」
「わ、私が……。そんなことを思うわけがないでしょう?」
痙攣しそうになる眉を必死に表情筋で押さえながら酒場のマスターの言葉に返答を返す。
「そうか……、お前も成長しているのだな……」
マスターは、寝たら1日は起きない睡眠薬入りのエールを、新人の魔法師アリサへ届けに行った。
しばらくしてから「アリサ団長」と、新人のアリサが目を輝かせなら話かけてきた。
「どうしたの?」
「あ、はい……酒場のマスターが、アリサ団長から差し入れだと……」
「そう……、辺境で貴族の子供に魔法を教えるのよね?」
「はい! 私、戦うよりも子供に何かを教える方が好きで! ――で、でも魔法師としては最強の力を持つ【殲滅のアリサ】さんにも憧れていて……」
「そ、そう……」
なんだか、すごく純粋そうな小娘じゃなくて娘な気がしてきた。
それに憧れていると言われると悪い気はしない。
「私! 憧れの【殲滅のアリサ】さんに、祝ってもらって嬉しいです!」
そういうと、彼女は私が差し入れたエールを一気飲みしてしまった。
止める間もなかった。
「私、絶対にいい教育者にな……る……すぴー……」
「マスター! 今日は、もう帰るわ。この子はお酒に酔ったみたいだから送らないといけないし……」
不審な目で見てきていた酒場のマスターを何とか掻い潜り酒場から出る。
通りに出て、辻馬車を拾い兵宿舎に向かっている間に私は頭を抱えた。
「やばいわ。この子、すごく! いい子だけど……どうしよう! 明日って言っていたわよね? シューバッハ騎士爵と顔合わせするのって……」
睡眠薬が切れるのが1日後。
絶対に間に合わない。
「こうなったら……、私が変わりに辺境のシューバッハ騎士爵の地に行くしかない!」
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