Re:現代知識チートの領地運営~辺境騎士爵の子供に転生しました~

なつめ猫

アリサ先生。

「アルス様、魔法の練習を始めましょう」

 翌朝、アリサ先生に誘われて連れて行かれたのは、いつも青銅製の器で水を汲んでは往復する川だった。
 ちなみに、俺の仕事である水汲みだがアリサ先生が魔法で水を出してしまい、すでに仕事は終わっている。
 正直、いつもの日課である水汲みを取られたことに対しては思うところもあった。

「アルス様、どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないです……」

 ジーッとアリサ先生を見ながら言葉を返した。
 彼女は俺の様子に沈んだ表情を見せてくる。

「申し訳ありません。アルス様のお仕事を取ってしまいまして……」
「――え?」

 俺としてはいつも大変な水汲みを手伝ってもらったので、御礼を言おうと思っていたのだが謝罪された事にびっくりしてしまった。
 彼女は何も悪いことはしていないのに……。

「違います! アリサ先生!」
「せ、先生?」

 落ち込んでいた表情をしていた彼女は驚いた表情で俺を見てきた。

「魔法を教えてくれる方ですから先生です! それよりもですね!」
「は、はい!?」
「いつも、水汲みの仕事は午前中の時間を使ってしまうので、本当に助かりました! 本当にありがとうございます!」

 俺は、頭を下げる。

「ま、まって! 頭なんて下げないで! 貴方は貴族だから! 平民出身の私に頭を下げなくていいから!」
「そうですか……」

 アリサ先生の言葉を聞きながら、俺は頭を上げる。
 すると彼女は、驚いた様子で「で、でも……怒ってないの?」と聞いてきた。

 彼女が、どうして、そんなことを聞いてきたのか一瞬、理解できなかった。

「だ、だって……。貴方に、許可を取っていないのに仕事を奪ってしまったでしょう?」
「……それは、アリサ先生が魔法の練習時間を多く作ってくれようとしてくれたからですよね? そして、それは僕のことを思って行動してくれた結果ですよね? なら、感謝することはあっても恨むようなことはありません」
「――そ、そう……」

 俺の話を聞いたアリサ先生は、ホッとした表情を見せると一瞬、笑顔を見せてきた。

 その笑顔は、陽だまりの中に咲く花のように美しく思わず「かわいい……」という言葉が口からでていた。

「――えっ!?」

 アリサ先生は、目を丸くして俺を見てきた。
 昨日の、自己紹介のときに感じていた冷淡な雰囲気とは、まったく違う。
 そう、年相応の女性のように彼女の表情はコロコロと変わっている。

 おそらくだが、アリサ先生は、年齢的には20歳にも届いていないはず。
 俺が子供で神経を張り詰めずにいたからこそ、見られた表情なのかもしれない。

「…………わ……私が……かわいい?」

 彼女は、俺の言葉を反芻するかのように俺に語りかけてきた。
 俺は頷きながら答えることにする。
 昨日、彼女に助けてもらったのに拒絶するような対応をしてしまった。
 その罪悪感もあった。
 だから元気になってもらいたかった。

「はい、僕から見てもアリサ先生は、とても可愛いと思います!」

 そう、前世47歳の俺からしたら、20歳以下の女性なんて子供みたいなものだ。
 しかも、誇張なしでアリサ先生は、可愛いから褒めるに苦労はしない。

「その少し赤みが掛かった金色の髪も! 金色の瞳も! 少し尖った耳もアクセントになっていて! 笑うと、とても可愛いです!」
「――!」

 俺の言葉に、アリサ先生が顔を真っ赤にすると「私、今まで……そんな言葉、言われたことなかった。私を元気つけるためにお世辞で言ってくれたのは分かっているけど……とってもうれしい」と、俺に話かけてきた。

 そこで、ようやく俺は気がつく。
 どうやら、彼女は自分に自信がないのだなと。
 それはいけない。
 教える人間が、自分に自信がないと教え方に迷いが生まれるというものだ。
 ここは、彼女自身に自信を持ってもらうことが重要だろう。
 なら、俺がすることは彼女を肯定することだけだ!

 まぁ、見た目が5歳の男が、どこまで彼女を元気付けることが出来るか分からないが…・・・。

「アリサ先生! お世辞ではありません!」

 俺は、腹に力を入れて彼女の瞳をまっすぐに見て語りかける。

「――え? ……アルス様?」
「アルス様ではありません! 今は、ただの男! アルスと呼び捨てにしてください!」

 そう、今は! アリサ先生の生徒にしか過ぎないのだ。
 アルス様と言われて貴族と平民の差に気を取られて魔法の教え方に手加減を加えられたら大変になるのは俺なのだ。
 ここは、はっきりとアルスと言ってもらったほうがいい。

「――で、でも……アルス様は……」

 まだ頑なに俺の名前を様つけしてくる。
 やれやれ、生徒と先生の関係なのだから、きちんと弁えてほしいものだ。
 まぁ、その辺を教えるのも年長者の役目だ。

「ハッキリと言わせていただきます!」
「――は、はい!」

 彼女は、俺の言葉に頬を真っ赤に染めて瞳を潤ませている。
 おそらく、年下の俺に叱咤激励されたことで、内心とても悔しく思っているのだろう。
 だが、俺は彼女をきちんとフォローする用意がある!
 伊達に人生経験が豊富なわけではないのだ。

「アリサ先生は、とても魅力的な! 可愛らしい女性です! そう! とっても可愛らしいです! 僕が成人していたら即、お嫁にもらいたいくらい可愛いです!」
「……ほ、本当に……? 私、平民だし……ハーフエルフだよ? 亜人の血を半分引いているのよ? それでも本当に?」

 俺は彼女が、少しだけ自信を持ったことを嬉しく感じていた。
 それにしても亜人であるエルフの血が半分混じっていたから、彼女の耳は尖っていたのか……。

「アリサ先生、ハーフエルフは迫害の対象なのですか?」

 俺の言葉に彼女は小さく頷いてきた。
 そして、先ほどまでの嬉しそうな表情から一転、表情を曇らせてしまう。
 おそらくだが、俺がハーフエルフは、迫害対象と知らなかったから、励ましの声を掛けてくれたと勘違いしたのだろう。
 そんなことはない。
 教えを請う上で、指導者に自信を持ってもらうことは重要なことだ。

「そうですか……。ですが! 僕は、たとえアリサ先生がハーフエルフであったとしても! あなたの可愛らしさが、損なわれるとは思っていません! むしろハーフエルフだから、いいんじゃないですか! 人間とエルフの両種族の特徴を持つなんて、すごいことです! 誇るべきことです! すばらしいことです! 人類の至宝と言って過言ではありません!」

 俺は、つい熱くなって語ってしまった。
 ハッ! と気がついたときには、アリサ先生は俯いたまま、肩を震わせていた。
 これは、言い過ぎたのかもしれない。
 彼女居ない暦47年。
 その弊害が、こんなところに出てくるとは……。
 こんなことなら、もっと女性の勉強をしておくべきだった。

「あ、あの……アリサ先生?」
「……アルス様……アルス?」
「は、はい?」
「本当に、私なんかでいいの?」

 ふむ……。
 そりゃ、魔法を教えてくれるのは彼女しかいないからな……。
 彼女以外に適任なんていないだろう。

「もちろんです! アリサ先生でないとダメです! 僕には、アリサ先生しかいない!」
「……アルスは、待っていてくれる?」
「――?」

 何を待つのだろうか?
 魔法の修行を待つのだろうか?
 それはいくらなんでも……。

「待てません! 今すぐにでも!」
「待って! まずはアルスが成人してからじゃないとダメだから!」

 彼女が何を言っているのか俺には一切、理解が出来ない。
 やはり異世界だけはある。
 俺の知らない話が彼女の中で展開されているのだろう。
 もう少し、主語を語ってほしいものだ。
 まぁ、とりあえず話を合わせておくとするか。

「分かりました、待っています」
「……分かったわ、でも浮気はダメよ?」

 浮気? 彼女は何を言っているのだろうか?
 魔法に対しての浮気か?
 もしくは魔法にも流派があったりするのか?
 やはり、引きこもりだったアルスの知識だけでは、この世界の常識がいまいち理解しきれないな。



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