職業通りの世界

ヒロ

第80話 くだらない事はやめてほしい…


 メイカと話をしてから大して時間もかからずにお嬢様たちが帰って来た。それに伴い、操縦席から馬車の中へと移る。メサにはもう出れるように準備してもらっている。

「ただいま~」
「お帰りなさいませ。どうでしたか?」

 次々とお嬢様、メサ、巧と入ってくるのを見ながら聞いてみると、どうやら滞りなく上手くいったみたいだ。それは分かっていたのだが、スキル空間把握に少しおかしな反応があった。
 1人の男性らしき人がお嬢様に話しかけてそのまま進んだのだが、すぐにその男がスキルの効果範囲内から姿を消したのだ。文字通り跡形も無く。

「お嬢様、何か変な事はありませんでしたか?」
「変な事ね~。無かったと思うけど」

 お嬢様は本当に関心が無いのか、それともその事を忘れたのかは分からないが、何も無いと言う。本音を言えば追及したいが、嫌な空気になっても困るので聞かないでおこう。







 あれから馬車も置ける馬小屋も宿屋も、幸い良い所を見つけられたので一安心して、馬を置いてから宿屋に身を寄せた。
 部屋は何故か一部屋しか借りてない。最初は男女別に借りる予定だったのだが、俺以外みんな一部屋でいいと聞かなくて折れてしまった。

 因みに巧は今部屋の隅にロープぐるぐる巻きの状態で転がされている。メサに少ししつこいぐらいに好み等を聞き出しているところをメイカに見られて、縛り付けられたというしょうもない理由で。

 そんなどうでもいい事は置いといて、現在、巧を除いた全員でポスター作りに勤しんでいた。もちろん、そのポスターというのも巧が勝手につけた『執事の戯れ』とか言う恥ずかしい名前が書かれたもの。
 デザインはお嬢様とメサが考え、中央に執事がジャグリングをしている絵を描いて他の部分に日時等を書いたもので、凝ってはいないものの、売り出すには充分な出来ではある。

「これあと何枚作るの~?」
「少なくても50部かな?」

 メイカがダルそうにしながらも手を進めていたが、メサの言葉を聞いて机に突っ放してしまった。それも仕方ない。今の今まで約100部以上も作っているんだ。疲れるのも無理はない。
 因みに、紙から絵を描くペンに至るまで全ての道具も材料も俺のスキル道具作成で作り出している。本当にこのスキルは便利過ぎる。経済を揺るがしかねないとメサに忠告されるほどだ。

「あ~!やっと終わった~!!」
「疲れたね~」

 そうして、一つ一つにばらつきはありつつもそこそこ良い出来のポスターを作り終えた。この世界の住人であるメサとメイカが太鼓判を押す完成度ならきっと客も来るだろう。

 場所は宿屋を探す時に見繕っておいた広場。しっかり許可も取っておいたので問題はない。
 日時は明後日の昼頃にしてある。一応、俺たちはこの街に調査をしに来たので、明日は怪しいところの調査をする予定だ。

「それじゃあもう遅いし寝よっか」
「なら、自分は入り口の近くで寝ます」

 お嬢様が誰がどこで寝るかを話し合おうとする前に入り口近くに座り込む。座って寝るのは昔から得意だったので何の問題も無かったのでそのまま寝ようとしたら……

「陸人は明日、明後日と大変なんだからしっかり寝てよ!」
「いや、座った状態でも寝れますが…」
「それでは疲れは取れないですよっ?」
「そうそう!しっかり寝転んで体を休ませないと!」

 座った状態でも充分と寝れるのだが、お嬢様たちは一向に寝させてくれない。なんか必死な様子で3人で結託して俺を強制的に寝転ばせようとしているような……

「分かりましたから、これでいいですか?」

 少し呆れつつも、お嬢様のご希望なので部屋に用意された人数分の敷布団を取り出して並べる。部屋がそこまで大きくないので全体を埋め尽くすように並べるしか無かったので、机を立てて隅に追いやったりと何気に時間がかかった。

「それでは、巧は一番隅でいいですよね」
「「うん」」「はい」

 心底興味無さそうに頷いたお嬢様たちの声を聞いて、タオルを噛まされて声が出ないようにされている巧が悲しそうに呻き声を出す。正直、柄にも無く取ってやりたいと思うが、お嬢様に手を出さないという保証も無いので今は我慢してもらおう。

「悪いがここで寝といてくれ」

 ロープで引きずって隅の方の布団まで来たのでうなじ部分をチョップして気絶させる。この状態でぐっすり寝れる訳がないだろうし、巧の為だと理解してもらおう。
 それにしても、意外に疲れたな。気張ってない状態でそこそこの重労働をすると眠くなって来た。さっさと寝る事にしよう。

「……では、俺はここで。おやすみなさい」
「「「え!?」」」

 俺は予定通り入り口に最も近い布団に潜り込むとそのまま意識を落とした。……深い眠りへと誘われていく中、お嬢様たちが何やら言っているみたいだが、遠くから聞こえてくるようで全く眠気を妨げる事は無く、俺は無事に深い眠りにありつけた……。








 顔に陽の光が差したからなのか、重い瞼をゆっくりと開ける。予想通りに陽の光が顔に直撃していたようで眩しい。普段なら体を起こしてトレーニングにでも行っていたのだろうが、何故かやけに体が重い。俺は陽の光から逃げるように寝返りをうつと、そこには美少女が居た…。

「~~!?」

 一瞬大声を出しそうになったが、お嬢様たちが寝ている筈なので悟られないように声を押し殺す。……一旦落ち着く為に深呼吸をして再び視線を向けると、そこにはお嬢様が居た。
 ……あ~、寝起きだったからお嬢様と認識する前にお嬢様の特徴だけを捉えてしまったという訳か。

「……って!何してるーーうおっ!?」

 俺の布団に潜り込んで来たであろうお嬢様を起こそうとしたが、背後から手を伸ばされて強制的にそっちの方へ振り向かされる。
 振り向いた先にはむにゃむにゃと心地よく寝ているメサが待ち構えていた。……なんでメサまで居るの?

 メサまで居て、寝起きからの多くの情報に戸惑っていると下半身部分の布団がモゾモゾと動き出した。もちろん、俺ではない。何が出て来るのか頭の中では予想出来ていても心が認められずに居る。

「しっ。みんな起きちゃうでしょ」
「おっ、おまっ!なんて所から……!」

 予想通りの想定外。布団から頭を覗かせたのはメイカだった。一応小声で事の顛末てんまつを聞くと、頬を少し赤らめながらも答えてくれた。それはもうくだらない話を。








「あ~、本当に寝ちゃったよ」
「予定では真ん中で寝てもらうはずだったのに…」
「どうします?」

 男2人が寝静まった中、女3人は眠気など皆無な様子で陸人を囲んで座り込んでいた。当の本人は全く気づかず、寝息を立てているのだが、それが余計に彼女たちに火を付けた。

「じゃあ、これから陸人の隣は誰かジャンケンをするよ」
「はいっ」「私は興味無いんだけど、一応ねっ」

 朱音が掛け声をかけて各々が拳を振るう。朱音はパー、メサはチョキ、メイカはグー。あいこだ。

「あいこで、しょ!」

 この掛け声が複数回行われた後、歓喜の声を上げる者が2人、絶望したように肩を落とす者が1人という結果になった。








「……で、反省していますか?」
「「「……はい」」」

 巧が血涙を流しながら運ばれた朝食の硬いパンをかじりながらこっちを見ているのを気にも留めず、俺はお嬢様たちに正座をさせて説教をしていた………。


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