職業通りの世界

ヒロ

第31話 初めての街


 小さな湖と言えば良いのか、大きな水溜りと言えば良いのか、どっちにせよ、かなり大きな穴が出来てしまい、そこに水が溜まっている。

 もうすぐで夕方になる。
 腕の中にいるお嬢様は、自分が作り出した穴にドン引きしている。
 こんなにも魔法の威力を高めたのは十中八九あの果実のせいだろう。俺も食べた後に使って水浸しになったんだ。沢山食べて、なおかつ効力が滞って体調を崩したお嬢様は、それはそれは高い威力が出て当然だろう。

「お嬢様、もう体調は大丈夫ですか?」
「…う、うん。かなり平気になったけど、……もうちょっとこのままで良い?」

 お嬢様はおねだりするように、上目遣いで俺を見る。そんな感じで見られたら、断れないですよ!…お嬢様は病み上がりなんだ、病み上がりの人に親切にするのは普通の事だ、うん、そうしよう。

「構いませんよ、では馬車に戻りましょう。あともう少しだけ進んでおきたいので」

 至って平生を装って、俺は馬車へとお嬢様を抱き抱えたまま歩く。お嬢様は心なしか、俺に体を預けるどころか意識まで預けているのか、目を瞑ってこのまま寝そうな感じだ。

 明日で初めて街に入る予定だ。異世界に来て、意外と俺たちは情報を集められていない。街の住人たちの会話でも、ある程度情報を掴めるはずだ。







「お、見えてきましたよ」
「え!?どれどれ~!!」

 昨日の出来事は流して少し速いペースで馬を進めて、昼前に漸く街を囲むように立っている防壁が見えた。その防壁には8方位に辺りを見渡す見張り台が設けられている。

「お嬢様、この袋に確か証明書が入っている筈です。探してもらえませんか?」
「もちろん!」

 お嬢様に金貨が入った袋を渡す。スキル無限収納は、なおしたものを全て認識出来るようになっている。初めて金貨の入った袋をなおした時、金貨、袋に続いて証明書が入っている事に気付いた。
 多分お姫様が入れるのを忘れて他の人が入れたか、もしくは……他の成りすました人を警戒してカレナさんが言わないように言ったのかもしれない。ま、考え過ぎだと思っておくか。

「あ、あったよ~」

 お嬢様が「はいっ」と可愛らしい声と共に、プラスチックとは違う、どちらかと言うと硬いゴムのような素材で出来た灰色の証明書を手渡した。
 それを軽く頭を下げて受け取り、書面を確認する。

 身分証明書
 この者たちは、国王ディラスの名の下に正式に任務を受けた者たちであり、良識ある者であると証明する。従って、全ての都市及び村への出入り、滞在、あらゆる物の売買を認めよ。疑わしき事が無い限り、任務の内容や目的を聞く事は厳禁とする。これは国王ディラスが認めし者たちであるので、無礼な態度や行動は慎むよう。

 ……うん、これは間違いなくちょっとした騒ぎになるタイプの身分証明書だ。これ多分国王直筆のものだろうし、万が一にでも盗まれたら大変な事になるな。

 そんな事を考えていたら、門が見えてきた。門の前には6台の馬車が止まって、守衛さんのチェックを受けている。こういった事を徹底している事から、街はかなり安全なところなんだろうな。

「お嬢様、検問がありますので今から自分の無限収納を隠す為に、ある程度荷物を出しますので、お手数をかけますが運び入れてくださりますか?」
「も~、今私たちは仲間なんだし、そもそも家族なんだよ?普通に手伝うよ」

 お嬢様は呆れたように言うので、俺は少し言葉が詰まってしまった。お嬢様らしい言葉を予測出来なかった訳じゃないが、こうも普通に言われると待ち構える事が出来なかった。

「…ありがとうございます。では、寝袋2つから渡します」
「うっ、初っ端から重いの選ぶね…」

 「お嬢様は力持ちですから大丈夫です」と軽口を叩くと、頰を膨らませて怒って来そうだったんで、素早く寝袋を渡した。それから次から次へと素早くお嬢様に様々な荷物を渡す。お嬢様はそれを汗を少し流す程度で素早く馬車の中に入れた。

「流石ですね」
「陸人の方が力も体力もあるくせに…」

 ジト目で見てくるお嬢様に、男だからという理由をつけてさっさと前を向く。いつの間にか4台の馬車がチェックを終えたのか、居なくなっていて、あと2台終わったらいよいよ俺たちの番だ。何も起きずに静かに入りたいな。




 お嬢様と暇つぶしにしりとりをしていたら、いよいよ俺たちの番が来た。初めて見た馬車だからか、俺たちの馬車を見た瞬間、3人いる守衛さんの目は鋭くなった。
 その内の1人が操縦席に座っている俺に話しかけてくる。

「身分証明書はお持ちですか?」
「ええ、こちらでよろしいですか?」

 守衛さんに国王直筆の身分証明書を手渡す。警戒した様子で受け取る時も取り上げたような感じで、完全に怪しまれている。だが、書面に目を向けた瞬間、思わず書面とゼロ距離になるほど驚いた。俺と書面を何度も見比べ、見比べる度に書面をガン見する。
 そして、書面の字を全て目を通した時には右手の指を揃えて、斜めに頭に当てて警察の敬礼の形を取った。

「先程の無礼をお詫びします。まさか勇者様とは露知らず、責任は全て私が持ちますので、部下たちは……」
「いえいえ、そんな事しなくて結構です。それに、勇者なのはこちらのお嬢様です」

 俺が手を背後に向けると、「どうも~」と呑気な声でお嬢様が顔を出した。すると、すぐさまお嬢様の方へ視線を向けて頭を下げた。
 馬車の周りに立っていた守衛さん達もその場に跪いた。どうやら、勇者という存在を国王とまではいかなくても、それなりに上の立場だと思っているらしい。

「それで、自分たちは入っても良いんですか?」
「もちろんです。勇者の方たちは無条件で入ってもらって結構です。ただし、この街はそれなりに治安は良い方ですが、血の気の多い冒険者が勇者だと知ったら襲ってくるかもしれません。そこら辺はご注意を」

 守衛さんはそれだけ説明すると、証明書を返して馬車から離れた。このまま行って良いらしいな。
 馬を前に進ませると、門が見えた。門は両開き扉の形で、既に開いている。

「初めての街だね♪」
「何も問題が無いと良いですね」

 切実に願って街へ入った。
 入ってすぐ見えたのは、木造の住宅が何軒も防壁に沿うように建ち並び、住宅の円に膨らみを持たせるようにかなり狭い感覚で次々と立ち並んでいる。
 目の前には大きな一本道があり、馬車が通れるようになっていた。

 道に馬車を進ませると、暫くは住宅が続いていたが、次第に武器屋や防具屋、道具屋がポツポツと見えてきて、一本道の終点として大きな円形の広場があった。よく見ると、他の門からも同じような一本道と繋がっている。

「何あれ…?」
「恐らく、言っていた冒険者がいるギルドでは無いでしょうか?」

 俺たちの視界には、円形の広場に一本道の邪魔にならないように柱が立って荷重を支えている、入り口が東西南北にある大きな建物が映っていた。その建物には武器を携えた、戦いに身を置いているのがよく分かる男たちが入っていったり、真剣な表情で出て行ったりしている。

「気になりますが、取り敢えず馬車を置くところを探しましょう」

 恐らく、異世界で大きなイベントである冒険者ギルドを初めて出くわした状況だが、そんな事よりこの馬車を早く置いてこの場から離れたかった。だって、こんな所にいたら何かしらやっかみをーー

「おうおう、テメェらよそ者か?」

 俺の不安は的中し、ギルドに見惚れていた内に3人の男に馬車を囲まれてしまっていた………。


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