邪神と一緒にVRMMO 〜邪神と自由に生きていく〜

クロシヲ

閑話 今と昔とトラウマと

6章 玩具は盤上で踊る


「umm…… ハッ!」

時は少し遡り、シグレが探索へと出かけていった頃、なぜか英語っぽい感じで眠りから覚醒したセフィロは、即座に杖を構え戦闘態勢をとった。

まあ、意味のないことではあるのだが…

フェンリルに対する本能的な恐怖は本人が去ったことにより軽減され、なんとか彼女は即座に臨戦態勢になれた。
まあなんにせよすでにフェンリルはこの場にはおらず、シグレすらもどこかへいっている。

「この大地…また何かやりおったな…
あ、これうまいのう」

周囲の状況を把握し杖を収め、元どおりになった大地を見て苦労人特有のため息をしながら唐揚げをつまんで食べる彼女は、周りから見ればひどく奇怪なものであった。(無論、本人に言えば「奴らの方がおかしいわい」と否定するだろうが

閑話休題からあげはうまかった

唐揚げを食べ終わったセフィロは、とりあえず全員に回復魔法をかけていく、無論シグレもやってはいるのだろうが瘴気による汚染などはそう簡単に収まるものではないとセフィロは理解していた。

さて、全ての生物に回復魔法をかけるのはセフィロにとっては造作もないことである。故に、時間が余ってしまった。
賢者は独り黙考する。

(結論:あれは人間ではないので自分にんげんの常識は通用しません!で終わればことは簡単なんじゃがそうもいかぬしのう…)

シグレの種族は本人から聞かされていた
もちろん聞いた時は驚いたが、既に邪神とあってたりなどのぶっ飛んだ事象を体験して薄々わかっていたこともあり、そこまで驚くことはなく、むしろ「ああ、やっぱりそうなのか」という感情の方が強かったと言えるだろう。

そんな事情もあり、普通の人間ならそれでかたずけることもできようがそう思い込むには色々と問題があった。
その一つにセフィロとアリスの出自が絡んでいる。

おもむろに賢者は過去を思い出す。

セフィロやアリスが生まれた時代は、魔法がまだ体系化されておらず、悪魔の力や外法の業として迫害されていた。
ひどいところでは中世の魔女狩りのようなことすら平然と行われていた。

そして、人知を超えた才能を持つセフィロとアリスふたりは別々の場所に住みながらも、同じく激しい迫害を受けていた

理由としてはその時代の魔法使いは今で言う生活魔法(火種を起こしたり水を出す程度の簡単な魔法)くらいしか使えなかったのに対し、2人は上位の攻撃魔法などを早い段階で使用できたのだから人々が恐れるのも無理はない。

さて、そんな話を聞いた人間は当然こう思うだろう。
「なぜ、そんなことができるんだ?」
実際にそう思った人間がいたのだろう。
各々の土地の領主に捕らえられ、強制的に古代遺産レガシーである鑑定水晶に触れさせられ、そのステータスを細部まで公開された。

結果は、2人の迫害をより強めることになってしまった。

表示されたのは数々の魔法スキルや突出したINTとPOWの値、そして…

古代人間種エルダー・ヒューマン”と言う種族であった。

『先祖返り』と呼ばれるその現象。

奇しくも同じ時代の異なる場所で全く同じことが起こったのである。

旧魔導文明。いつ起こり、いつ滅亡したのかすら明らかになっていない、謎の文明の一族の末裔。

先の鑑定水晶などを作り出し、魔道具生産能力や魔法技術に長けたこの文明の一族は、総じて高い魔法適性を見せる。
それこそ、四、五歳でも・・・・・・魔法を使えるほどに・・・・・・・・・

そして、その日から2人は領主の便利な道具となった。

干害があれば作物に水魔法で水を与え、領地の奪い合いでは最前線に1人で放り込まれ、家族や仲間を人質に取られて人を殺すために魔法を放つことを強要される

それ以外の時間は牢につながれ、わずかな食事を貪り食い、兵士達の慰み者にされる。疫病が起きれば犯人とされ死なない程度に痛めつけられ、領主の身代わりとなる。

はたして、そんなことに年端もいかぬ少女は耐えられるだろうか?

答えは当然、『否』である。

捕らえられ、奴隷のように扱われて三年が経った頃、まるでシンクロしたかのように2人は同時に発狂した。

1人は外界全てを疑い、忌み嫌った。
見たくもない、嗅ぎたくもないと己以外のすべてを拒絶し、自らの手で、炎魔法で、風魔法で自分の瞳を、鼻を、髪を、体のすべてを抉り、自らを血と肉の色に染まる肉塊へと変える。
痛みを魔法で無理矢理感じなくしながら自身の体を壊したことで、人としての肉体の原形など関係なく、嘲笑をあげながら自らの作り出した鮮血の池へと沈む。
そして、狂気の深淵へと堕ちてゆく。

1人は自身の未来を悟り、そして絶望し、おのれの全てを諦めた。
それだけで精神は老婆のように憔悴し、その黒い瞳からは光が消え、見ているのかすらわからない虚ろな視線が虚空を彷徨い、ただ何も感じず、何も考えず、疑問すら覚えずに雨を降らせ、石を投げつけられ、慰みの道具にされ、そして無慈悲な殺戮を行う。
自発的に行うのは呼吸と排泄、食事のみ
何も喋らず、命令しない限りは何もしない対軍戦力。都合のいい手駒。
そんなものを手に入れた人間はどうなるだろうか?

決まっている。
欲に溺れ、他者を顧みず、他人の力を自身の力と誤認し、増長する。弱者から搾取し、他人の力を妬み、奪い、暴力でもって全てを黙らせる姑息な独裁者。欲に溺れた醜き道化ピエロ
肥え太り、気まぐれに民を殺し、他国を侵略し、そしてもっと肥え太る。

対して壊れた少女は、もはや人ではなくなっていた。

自分で壊したはずの体は止血され、生きながらえてしまった。

それからは毎日毎日、気が遠くなるほどの時間、上下関係を教え込まれる。

毎食には薬が仕込まれ、正常な判断力を奪い、壊れた少女をさらに壊していく。

少女たちを捕らえて離さない運命の輪廻は、止まらなかった。

「ウプッ!」
未だ過去の絶望トラウマから逃げ出せない賢者は、思い出すだけで嘔吐してしまう。
それでも、賢者は記憶の奥深くへと潜っていく。

そしてさらに時は経つ。
その頃の少女たちにはもはや自我と呼べるものはなく、ただ命令を淡々と、忠実に、確実にこなすだけの機械と化していた

老婆となった少女はもはや人を殺し、守ったはずの人々に石を投げられることに疑問すら抱かなくなり、ただ無言でそれを遂行する。

壊れた少女は薬ためならなんでもするほどになり、汚れたことだろうが喜んで行う狗に成り下がった。

こうして歪まされた2人の少女は、モノクロの日常と薬の悦楽に塗りつぶされていった。

「ハァ…ハァ…難儀なもんじゃの…」
無論壊れてからの記憶などはセフィロにもアリスにもあるはずがなく、これは当時の関係者から奪い取った記憶にすぎないが、だからこそ確実に精神を蝕む。
なにせ、その時のその人間の感情を理解できてしまうのだから。

そしてそれは、自分とアリスが壊れ、絶望へ沈み一度全てを諦めたことの完璧な証拠である。

数年後
精神の憔悴に伴いなぜか老化の停止した体で戦線に連れていかれた2人は、そこで初めて出会うこととなる。

そのきっかけは、先々代の賢者であった

彼もまた『先祖返り』であり、彼の場合は吸血鬼の真祖トゥルーヴァンパイアであったため、2人と同程度かそれ以上の迫害を受けていた。

最初はもちろん2人とも抵抗した。
だが、賢者と話し、事実を知った。

すでに自分たちの親族や仲間は死んでいること。

遺産級レガシー魔導具マジックオブジェクトによる強力な催眠作用がかけられていたこと。

壊れた少女は薬によって操られ、老婆の少女は魔導具マジックオブジェクトによって操られていたこと。

そして、自分たちの寿命がなぜかなくなってしまったこと。

そんな話を実際の関係者の記憶付きで詳しく聞いた後に生まれてきたのは、純粋な憎悪であった。

自分を救わなかった、救えなかった全てを恨み、妬み、憎んで憎んで憎んで憎んで__

賢者は止めなかった。
いや、止めたところで何になるのだろうか。
彼もまた、復讐に呑まれた鬼であったのだから。

「復讐は何も生まない」?
そうかもしれないね。
でも、だからなんだ?

「過去のことを受け入れて未来へ進むべき」?
受け入れられるものか!アレを知らぬ貴様らにそんなことを言う権利はない!

彼はかつてそう言った。
自分を止めようとしたものの腕を振り払い、淡々と復讐を成す。

彼女らもそうなるだろう。
もはや歯車は止まらない。
賢者は、そう書き残して世を去った。

全てを終わらせた2人の少女は、過去の檻の中でもがき苦しみながら現在いまを生きる。

体の傷は治っても、心の、もっと奥深くに刻み込まれた何かはいつまでも拭えない

救われる日は、いつか来るのだろうか。

そこまで考えてセフィロは理解する。

(ああ、なんだ。至極簡単なことだったではないか)

自分やアリスとの決定的な差
シグレだけではない
あるものたちに当てはまること

『何にも縛られていない』

シグレを含む異邦人プレイヤーは、何にも縛られない。
シグレはそれ以上に縛られていないだけだ

対して自分はどうだろうか
過去の絶望という檻に閉ざされ、自らもその中で縮こまる。

嗚呼、なんと矮小なることか!

これほど比べるにおこがましいことはないだろう

だが、いつか、いつか叶うのならば_____

罪深きこの身に、救済を。


はい、とりあえずセフィロとアリスの過去編でした。

えっとまあわかってるとは思いますが老婆の少女の方がセフィロです

アリスの魔法フェチは先々代大賢者により目や鼻が癒された時にすごいと思ったからです。

魔導具 マジックオブジェクトとは簡単に言うと魔道具マジックアイテムの上位版です。

もちろんシグレも作ることは出来ますが材料などの理由で作っていません。

誤字脱字や作品へのご意見等ございましたらコメントいただければ幸いです。

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