かつての最強ゲーマーコンビはVRMMOでも最強になるようです

ノベルバユーザー203449

第30話 そして現れるもう一人の宿敵

《2025年9月21日 13:24 大阪 莉央の家》

「ふー、とりあえずこれで初日終了だな」

 ゲーミングゴーグルを頭から取り外しながら俺は一息ついた。ベッドのすぐ傍に置いていたペットボトルを手に取って一心不乱に水を飲む。500ミリリットル満タンに入っていた水は一瞬にして空っぽになった。

「お疲れー。とりあえず初日は全勝だね。滑り出しとしては絶好調ってとこかな」

 俺が貸して貰っていた客室に入ってきたのはこの家の主である莉央だ。ゲーマーを職業にしているだけあって6戦こなした後だというのに始まる前と同じくらいにピンピンしている。多分基礎的な体力が俺なんかよりついているのだろう。

 初戦を特に危なげなく突破した俺達は勢いに乗ってそのまま今日1日にこなすことが出来る最大試合数である6試合を全て白星という好スタートを切ることが出来た。

 しかしそれでもまだ全体の2割をこなしただけに過ぎず、これから日はあるとはいえあと24試合こなさなければいけないのだ。ただ、俺達はこの結果に確かな手応えを感じていた。

「最初の予定通り序盤で勝ちを重ねて置いて後々を楽に戦うっていうのもこの調子ならできそうだな」
「前にも言ったけど予選の内は大会経験無いけどとりあえずって人も多いから。リードを広げるにはうってつけの期間ってワケ。それに私たちは平日学校もあるから祝日と日曜日に稼げるだけのアドバンテージ稼がなきゃ体力面がちょい不安ってのもあるしね」

 ハッキリ言って今回の予選の試合総数はあまりに多い。一日5試合か4試合程度こなせば大丈夫なのは大丈夫だが、それら全てが予選突破に繋がる大事な試合ともなると心労は思ったよりも積み重なっていく。まあ簡単な話が想像よりもずっとしんどいということだ。

「クイーンとやり合った時みたいに立てないほどってワケじゃ無いけどそれでもキツいな」
「今日1日はログインせずにゆっくりした方が良いかもね。学校で寝るのも避けたいし」
「そうする」

 明日も試合は続く上に平日だから学校もある。それに今下手にランクマッチに潜るよりは連勝しているという状態で自分を落ち着かせる方が良い。というわけで今日はゲームをせずに居よう。

 と決めてもABのことを一切考えない訳にはいかない。仮に対戦は出来なくとも他のプレイヤーの動向を調べることなんかは出来る。つまりこれから俺達のやるべきことは今日1日の関西の動向を調べることにある。

「けどその前に一息ついたら? そのままだと頭パンクするよ?」

 そう言って莉央が渡してきたのはイチゴ味のカップアイスだ。しかも結構お高いやつ。確か子供の頃から莉央の大好物だった筈だ。

「まだ家にストック作ってるのかよ」
「そりゃ絶版になるまではずっとストックするよ。大好物ってそういうもんでしょ?」
「そういうもんかね」

 そんなことを言いながらありがたくアイスを貰ってリビングに移動。つかの間のおやつ休憩となった。

「知ってる面子はみんな順調みたいよ。クイーンとハノのペアも全勝中。ストリバも全勝。誰も彼も勢いに乗ってるってとこかしら」
「カナは?」
「まだ出てきてないみたい。まあ人それぞれの事情があるから今日はもしかしたら出てこないかも」
「当たり前と言えば当たり前かあ」

 とはいえ今出てこられたら休憩どころでは無くなってしまうのでありがたかったりもする。後の最大の障害であるカナに関しては現状情報が皆無に等しい。この引くくらいに情報が拡散しやすい環境でここまで話題に上らないのは不思議である。

 その辺り俺はカナとは正反対にこの一月で俺の知名度は一気に向上し、動向の拡散スピードも半端ではない。現にネットじゃ既に話題になっている。

「私たちの注目度も凄いよ。SNSで私がトレンド入りしそうな勢い」
「マジで?」
「今年はいつも以上に飛ばしてたからね」

 莉央の言うとおり大会でのプレイはすさまじいものがあった。何せ今日1日はHPを一切減らされること無く相手を圧倒していた。そして1分もしないうちに相手を一人撃破。俺のやっていたことと言えば瞬殺されて心の折れかかっていた相手を倒すことだけだ。

 手負いの熊のような怖さもあるにはあったが、何せ仮に俺を倒したとしても莉央という怪物が後ろに居るというのは相手の思考能力を奪うには充分過ぎる要素で、おかげで全部が全部俺にとっては楽な試合だった。

「にしてもかなり派手にやったな」

「プロってなると地味な試合はできないからねー。あとあとの強いプレイヤーとしか当たらないってシーンになってくると普通に戦うだけで盛り上がるんだけど、こうも序盤だとただ勝つだけだと反応薄いし。ダメージ量一つとっても見てる人間の印象変わるからさ。パーフェクトとるとこうも人って湧くんだよね」

「そういうもんか。それにしても今日はなんていうかAB慣れしてそうな人間が少なかったよな。なんていうか――――」

「格ゲーから流れてきたような人でしょ?」

「そうそれ! コマンド使わないで通常攻撃だけで削りに来るような人間が多かった」

「それもこのゲームの常。VRゲームを全部一緒くたにする人はアバター操作精度だけで大会勝ち抜けると思ってるから、普段全くABVRやらない人も結構出てるのよ。まあそれも一年前には通じてたし、今もある程度は通じるからもしかしたら勝てるって思っちゃうんでしょうね」

「なんか昔とは本当に別ゲーめいてるな」

 昔のABシリーズの対戦は体力勝負では無く頭脳勝負だった。アクションRPGと銘打っているシリーズではあるがRPGの比率が明らかに大きく、格ゲーなど一度も触ったことの無い人間でもRPGのコツを掴んでいれば軽々とプレイ出来た。今はソレが反対になっているのだからVRのもたらした変化はとても大きい。

「でもそれも今日まで。その手の輩は今日中に負けるだろうから明日からはABVRを真に理解してる奴らばかりよ」
「だよなあ。今日の所はハイペースで勝ち進めたけど明日はどうなるか」
「明日からはキッチリ働いて貰うから。そうじゃないと今日ミッチーに何もさせなかった理由無くなるし」
「分かってる」

 今日一日を莉央一人のワンマンで勝ち進んできた理由がこれだ。元から注目度が最上級に高い莉央に活躍させて俺はその裏で特に何もせずに勝つ。こうなれば2日目はほとんどの相手が莉央を先に潰す算段で来る筈なのでそこを今度は俺が潰すという戦法だ。

 実際効果はあるようでSNSでは莉央について言及するプレイヤーは多いが、俺について話している人間はあまり見かけない。先月どれだけ大暴れしたとしてもその知名度はプロと比べれば劣るのは当然だ。

「まあこんな作戦も1試合使えて良い方だから完全な実力勝負は免れ――」

 変わらずSNSを見ていた莉央の手が止まった。そして眉間にしわを寄せてうーんと唸った後、凄く気まずそうな顔をして俺を見てきた。

「どうした?」
「ヤバいことになった。いや今度ばかりは幻かと思ったんだけど何故か本当っぽいしさ」

 何が言いたいのか訳が分からなかったがとりあえず莉央に画面を見せられた。

 そこに映っていたのは1枚の写真。サウサル港アリーナの入り口を映した写真だ。それは今まさにアリーナに入場しようというカナの姿を撮ったものだ。だがそれだけなら莉央はここまでテンパったりはしない。
 だから俺は隣に居るであろうパートナーを確認して――

「ああっ!?」

 絶叫した。

 何故ならそこに映っていたアバターは生徒会長そっくりだったのだから。



「おい生徒会長、こりゃどういう嗜好のドッキリだ?」
『やあ牧原。喜んでくれたようで何よりだ』

 例の写真を見てから2時間が経過していた。
 俺はカナが6連勝したというSNSの投稿を見かけてすぐさま生徒会長に電話。いきなりけんか腰で話かけたのだがこの反応だとどうやら間違っていなかったようだ。

「言ってた趣味ってこれか?」
『もちろん。自宅でできて実にスリリング、それに仲の良い親友もやっているとなればやらない手は無いだろう?』
「親友?」
『カナのことさ。彼女とは中学が同じでね。君の話も彼女から聞いていた』
「なるほど。道理で日本橋で会ったときカナは俺のことが分かったわけだ」

 どこまで狙っていたかは知らないが、あの日の出会いは生徒会長が原因ということだ。彼女がいなければカナは俺のことが分からなかっただろうから日本橋での出会いは決して無かった。いや、もしかしたらニアミスくらいはしていたが、ここまで因縁めいたものにはならなかったはずだ。

「元を辿れば大体お前のせいか……」
『私にはそこまで大きな黒幕にはなれないさ。あくまでその因縁は偶然から生まれたものだろう?』
「それもそうだけどな。んで、カナとコンビを組んで大会に出てきたのはどういうわけだ? 時期的には受験と丸被りだろ?」
『安心しろ。受験日とはかぶっていないから大丈夫だ』
「化け物め……」

 俺には受験生を横目によくもゲームの大会になんて言ってたのに自分はこれだ。相変わらず無茶苦茶やってくれる。

『そうだ。ひとまず6連勝おめでとうと言っておこう。おかげでカナのやる気が更に上がったよ』
「そっちも6連勝だろ? というかそもそもABVRやってたんだな」
『いや? 私がやり始めたのは夏休みの……君が日本橋でカナと出会った次の日くらいかな』
「だと思ったよ……!」

 想像はしていたが簡単には信じられない。そんな答えが返ってきた。
 俺も対人戦の世界に入り始めたのは同じ時期だったが、何だかんだでABVR自体は細々とだがやっていたし、何より七年前の遺産がある。
 しかし生徒会長は全くの0からのスタート。でも俺はこの生徒会長がこんな台詞を言う瞬間を何度も見てきた。何をやらせても95点は必ずたたき出せる正真正銘の天才肌。それこそが御影百合亜だ。

『私としては仲の良い友人と仮想現実の世界で剣を交えるのは気が乗らないのだが、それ以上に大親友の頼みを断るわけにはいかないからな。許してくれ』
「よく言うぜ。楽しんでいるくせに」
『それがゲームだろう?』

 電話越しでも彼女がにやついているのが分かる。超弩級のからかいを相手に俺はなんと返せば良いか分からなかった。冗談と流すのは簡単だがそう単純に口は動かない。そして生徒会長は黙っていた俺に決定的な一言を放った。

『なによりコレは君にとってもチャンスだろう?』
「何の?」
『私に初めて勝つチャンスに決まってるじゃ無いか。このゲームで君は天才と呼ばれたんだろう?』
「――――――言ってくれるじゃねえか」

 ここまで言われて俺はやっと察することができた。生徒会長の本当の目的が。ソレはただの暇つぶしなんかじゃ無い。

『君と戦いたがっていたのはカナだけじゃ無い。私も君とガチでやり合いたかったのさ。君の得意分野で。もっとも引退したと聞いていたから諦めていたが……どうやら世界は私が思っているよりもずっとロマンと夢で溢れていたらしい』
「だろうな。でなきゃこんなことにはならねえよ」
『言えているな』

 生徒会長は笑う。これ以上愉快なことなど世界に存在しないのでは無いかという位に彼女は笑う。そして笑いが収まって。彼女は告げる。

『さて、これから私たちは30連勝で予選を抜けるつもりだ。君たちがもしどこかで負けたりすればソレは私たちに負けたことにはならないかな?』
「上等だ。乗ってやるよその勝負」
『良い返事だ。ではまた明日学校で』

 そう言って電話は切られた。耳に当てられた携帯からはもう何の音もしない。それでも何となく耳から離したくは無かった。
 そんな様子を傍で見ていた莉央は俺の顔を見ながらこう聞いてきた。

「どうだった?」

 俺はそう答えるかほんの一瞬だけ迷った。それほどまでにさっきの通話はインパクトに溢れていた。けれど答えは考えるよりも先に口から漏れていた。

「オンライン予選、0敗以外は論外って言われちまった」

 それを聞いて莉央は軽くため息をついて俺の肩にぽん手を置いた。直感が優れている莉央はこんな一言からも何があったか察してくれたのだろう。

「それじゃあまあ勝つしか無いね」
「あったりまえだ。あの無茶苦茶女に目にもの見せてやる」





《2025年 9月28日》

《カナ ユリア》 30勝0敗
《LIO ミツル》 30勝0敗


大会参加者リストより抜粋 

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