かつての最強ゲーマーコンビはVRMMOでも最強になるようです

ノベルバユーザー203449

第22話 そして夏は終わり、激動の時代が始まる

《同日 19:46 レストラントライビート》

 もはやおなじみとなった第1アリーナの近くのマンション、その地下に店を構えるレストラントライビート。少女2人に支えられながら入った店の中でウェイトレスのお姉さんに案内された席にソイツはいた。

「また濃いのが来たなあ」

 その出で立ちはこのゲームのアバターだと却って珍しい濡れるような黒髪を持ち、薄い桃色の袴に身を包んだその女性。ただ少し突き抜けている点を指摘するとすればその袴の上から白衣を着ている点か。
 そんな風貌で湯呑みを使って緑茶なんて飲んでいるものだから目立ちようがすごい。というか近づきづらい。俺もツレのツレで無ければ絶対絡みに行かない人種だ。

「遅かったですね。私は30分前にここに来るようお伝えしたと思うのですが」
「仕方ないでしょ。こっちは死にかけ1人連れてきてたんだから。私も十全にはほど遠いし。というか見に来てたならそっちから迎えに来てくれても良かったでしょ、《ハノ》」

 ハノと呼ばれた少女は特に動じることは無くマイペースにも茶を飲んでいる。そして無言で空いている椅子を指さして俺達に座るよう促した。遠慮するのも反対に相手に悪いと思ったので大人しく従うことにした。体が限界なのは相変わらずだし。

「さて、そちらがミツルさんですか。お話はそちらのLIOからいつも窺っています」
「ど、どうも」
「私はハノ。及ばずながらもプロゲーマーをやらせてもらっています。それとそちらのお二人とは同じチームに所属させて貰っています」

 ハノさんは深々と頭を下げる。プレイヤーネームも《ハノ@ΩH》となっているので彼女もプロというのは間違い無い。そしてクイーンが言っていたパートナーというのもこの人のことだろう。
 しかしその雰囲気は俺が知っている数少ないプロゲーマーである莉央やクイーンと違い落ち着いている。他の2人にあるような暴走列車のようなイメージは無い。見た目のせいだろうか。

「あんたなら察しているだろうけどコイツは私のパートナー。言っとくけどかなり強いわよ」
「私はあまり強い弱いで話をするのは好きではありません。勝ち負けは実際に相対する場でしか決まり得ないのですから」
「相変わらずお堅いことで。そんなんだからいい歳なのに彼氏いない歴が歳の数――っていった!!」

 突如莉央が跳ね上がる。おそらく机の下で足のすねを思いっきり蹴られた。だってめちゃくちゃ痛そうに押さえているし。こうみるともしかしたらハノさんも過激派なのかもしれない。

「ハノもハノで相当な実力者よ。何せ前のグランプリじゃ準優勝。レーティングも上位5位から落ちたことも無い正真正銘の化け物よ」
「元より記録はそこまで興味はありません。一度の派手な勝利よりも地味でも100の勝利を積み上げることが大切なのですから」
「それでも恐ろしいほどに勝ってるじゃ無い。多分勝率計算したらオメガハートじゃ一番勝ってるわよ」

 さすがはクイーンの相棒というところか。積み上げてる戦歴は莉央やクイーンにひけを取らないどころか一番強いのかも知れない。

「グランプリ準優勝ってことは決勝でクイーンとやり合ってた日本刀使いがアンタか。その時は白衣なんて着てなかったから気が付かなかった」
「流石にこの格好は激しい運動には向いていませんからね。試合の際には脱いでいるんです。それに白衣を着るだけで印象が大きく変わるので雑な変装にもなりますし」
「あ、ガッツリは隠す気ないのね」
「武人である故、必要以上に自分は偽りたくありませんから」
「武人て……」

 見た目以上に中身が濃い。もしかしたら対人勢は変人で無ければいけないという決まりでもあるのだろうか。だとすればついて行けないのでそのような風習は無いことを全力で祈る。

「しかしあの戦い振りは見事でした。普通なら膝をついてしまうようなところで立ち上がり、勝利をもぎ取ってみせたのだから」
「そんなに褒めてもらえるような勝負はしてないって」

 実際その一撃も怪しさに満ちていたし。というかやけくその一発だったので状況が好転したのは奇跡に近い。思考することを強みにしてきたのにその思考を放棄したのだから勝負に負けて試合に勝ったというところだろう。

「そう卑屈になることはありません。勝負には繰り出した者にさえ読めなかった奇跡の一手というものが存在して然るべきなのですから」

 そうして一息つくようにお茶を一口飲む。今更だがこの店緑茶なんかも置いていたんだと驚かざるを得ない。

「今回の全国大会はあなたといい、あのカナという少女といい思わぬ伏兵が多い。これは波乱にまみれた大会になりそうです」
「それはあるわね。どうせ警戒しなきゃいけないのは第7アリーナの連中だけ、とか考えちゃいけない。無名の相手がプロ級の怪物なんてこともあっておかしくないもの」
「まあそんなもんでしょ。私とミッチーが優勝したときも散々ダークホースって言われ続けたし」

 莉央はケロッとした様子でそう言った。実際あの時俺達は全てのプレイヤーに対してジャイアントキリングを達成したのだ。その話題性と言えばすさまじいもので全国大会の日はSNSのトレンドを俺達の名前やAB関連の単語が占拠していた。その騒がれぶりはほんの少しの時間とはいえ朝のテレビ番組で取り上げられた。もっともその内容は『SNSで話題になったアルテマブレイバーズとは何なのか』という内容で大会のことには触れていなかったが。

「あのときのことは僕も忘れないよ。なんせ優勝候補って言われてた人たちは全員小学生に蹴散らされていたんだから」

 横合いからそんな声がかけられる。それは他の誰でも無いこの店の主であるカオルさんの声だ。お冷やを持ってきたカオルさんは俺達の前にそれを置くと隣の空いていた席に腰掛けた。休憩だろうか。

「そういえばマスターはこの2人と戦っていたのでしたね。しかも最高の舞台で」
「うん。決勝戦の時は本当に驚いたよ、まさか自分達と一回り幼い子供が相手なんて。でも実際に戦ってその手強さは身にしみたよ。何せ俺達の弱点を的確に突いてくるなんてさ」
「そこまでしなきゃ勝てませんでしたから」
「そこまで出来るのが君の、いや君たちの強さだろう?」

 カオルさんは笑顔でそう言ってくれた。この人も一緒に組んでいたユウスケさんも常に相手への敬意を忘れない。それがどんな人物だろうと。頂点に立っていた頃も決して偉ぶることは無く、常に素人のように他人に教えを乞い続け、周りを見下すことをしなかった。故に最強であることが出来たのだ。

「でも今年はまだまだ荒れると思うよ。ここで聞こえる話やSNSなんかを見る限りでも参加者数は過去最大になる見込みだ。VRMMOとなったことによるプレイヤー人口の大幅増加と第一予選のオンライン予選化により参加のハードルがさがったことなんかが理由だね。それにクラス分け制度も今では撤廃されている。僕らの頃を越えて状況は混沌としているね」

 つまり眠れる化け物がどれだけ居るかも分からないデスゲーム。
 こんなのどうせいつもの大会常勝者が勝つんだろうという意見は通用しない。これまで住んでいる地域などの理由で大会に出てはいなかったが本当はとてつもなく強いプレイヤーなんてものは平然と居る。多分今を生きるプレイヤーにとっての俺がそうだし、カナもその1人だろう。

「あ、そうだカオルさん。一つ聞いても良いですか?」
「何だい? といっても聞きたいことは分かるけどね。カナちゃんのことだろう?」
「はい。差し障りが無ければ教えてくれませんか?」

 正直悪いとは思ったのだがダメ元でも聞いておきたかった。カナがどんなプレイヤーなのか。
 カオルさんはカナの兄であるユウスケさんの幼なじみ。しかも家族ぐるみの付き合いをしていたと言う話だ。つまりカナのことを知っていてもおかしくは無い。

「そうだね。どちらかというと静かな子で、とんでもないお兄ちゃん子だった。僕らが全国大会の時に東京に行くときも着いて来たがっていたしね」

 ちなみにカオルさんは北海道の出身で7年前も北海道ブロックの代表。今のカナがぱっと見は俺と同じくらいの歳なので当時は10歳くらい。そりゃ心配で連れてこれないわ。

「それで肝心のゲームの腕だけど、正直言ってそこまで上手くは無かった。才能があるとも思わなかったし。でも――」
「でも?」
「恐ろしいくらいに負けず嫌いだった。これまでの人生でカナちゃんほど負けず嫌いな人は見たことが無い。そのくらいだ」
「それ、とんでもなく厄介じゃあ……」
「うん。実際僕やユウスケがボコボコにした後でも何度でも再戦してくるんだもん。それこそ自分が勝てるようになるまで、いや僕たちの技術を自分のモノにするまでは挑んできた。まさに努力の人だよ。あの子は」
「つまり負けず嫌いなブラコンにとっちゃ敬愛する兄貴を倒したアンタ達はまさに憎き相手ってことね。面倒なのに捕まったわねあなた達も」

 クイーンは我関せずと言った口調で俺と莉央を見てきた。そりゃ端から見てる方は面白いだろう。俺からすればちょっと気が滅入りそうだ。なんせ七年越しにリアルでケンカを売ってくるんだ。こんなの漫画でも滅多に見ない。
 ちなみにクイーンはその行動を咎めるようなハノさんのチョップに悶絶している。ざまあ見ろ。

「とはいえ彼女がどうしてABをやっているかの細かいいきさつは知らない。なんせ彼女とはユウスケの家族が兵庫に引っ越してから会ってないからね。でもミツルくんとの戦いを見て思ったのはあの頃の彼女からは想像がつかない位の実力を手にしているってことかな」
「つまり過去を知る人間でもアイツの全貌は分からないか。ますます化け物めいてきたな」

 けれど再戦の際は負ける気も無い。幸いにもクイーンとの戦いの最中繰り出された足払いがカナの最後の一撃の正体を掴むヒントになった。それに何も情報が無かった前回と違い次の時はある程度情報を持った状態で戦える。戦う前から決着が着いているなんてことにはならないはずだ。絶対に。

「けれど兵庫ってことはそのカナって奴関西ブロックでしょ? そしたらアンタ全国まで当たれないわよ」
「え? いやでも俺は関西住みだから問題ないだろ?」

 少なくとも7年前は近所のおもちゃ屋さんなんかで店舗予選を行い、そこで優勝した者が大きなイベントホールなんかで行われる地区予選に進出。そこで優勝した人間が今度は東京で行われれた全国大会へと歩を進めるという段取りになっていた。

「知らないのなら教えましょう。今年のABVR全国大会には大きく三つのステップがあります。一つは地区オンライン予選。これは全13ブロックに分けられた地区ごとにプレイヤーを分けて行われるモノでこの大会で勝ち続けて優秀な成績を修めた者が次の地区オフライン予選に進出することが出来ます
 そしてここからが重要な点になるのですが、ペアを組む2人の住んでいる地域がそれぞれ異なる場合、ランクマッチや過去大会の戦績を考慮してより優秀な方が住んでいる地区の予選に出場することになります」
「それってつまり莉央は東京に住んでるから――」
「あなたは関東予選に出ることになるということです。ああ、オフライン予選まで勝ち進めば交通費等は支給されるのでそこはご心配なく」

 いきなりとんでもない停滞を喰らう羽目になった。言われてみればネット上やゲーム内で知り合った仲とかならば住んでいるブロックが違っても何らおかしくは無い。それにブロック分けの基準も競争率の高いブロックに住んでいる上級者プレイヤーが景品目的にわざと競争率の低い地域のプレイヤーと組むことを阻止するためだろう。
 そう考えれば理には適っているが俺には不満がある。

 いや確かにカナに当たるまで絶対負けないとは言ったけれども一日でも早くリベンジしたい気持ちだって俺にはあるのだ。ちなみに今年の全国大会はこのまま行けば12月の開催になる。そこまでお預けは正直耐えられない。
 そんな風に俺が頭を押さえたところで莉央は手を上げる。

「あーそのことなんだけど心配要らないよ」
「何で?」
「私大阪引っ越したから」
「「…………はあ!?」」

 思わずこの場に居た人間全員が声を揃えて驚いていた。そりゃいくら何でも話が唐突過ぎる。当のクイーンは平気な顔をしているがやっていることはとんでもねえ。てかいくら金があっても高校生がそんなさらっと引っ越すのはどうなのか。専門家の意見をうかがいたい。誰に聞きゃ良いのか分からんが。

「ほら、この間リアルで用事があるって言ってたじゃん。引っ越しのこと色々とやってたのよ」                                                                
「やってたのよって言うけどそもそもやってることにこっちは驚いてるんだけど」

 というかこの土壇場引っ越しはOKなのかと思ったが、どうやら9月1日から始まる一週間の受付期間時点での住所を参照してブロック分けするそうなのでギリギリセーフ。というかこのプロゲーマーフットワーク軽すぎる。

「まあ私としては厄介な奴らが一組み関東から消えたわけだから正直ありがたいけど……随分無茶苦茶したわね」
「もともと関西に移る予定はあったし。あ、社長からの許可も取り付けてあるからその辺はご心配なく。むしろ西日本に足が伸びやすいメンバーが出来て助かったなんて言われちゃったし」
「まあちゃんと筋が通っているのなら良いけど。そっちのソイツも地元の方が気は楽でしょ」
「そりゃそれ自体はありがたいけど」

 正直地元に莉央が戻ってきたことが一番の驚きである。大会のブロック分けとかその辺のことが全て頭から吹き飛びかねないくらいのカルチャーショック。人これを思考停止と呼ぶ。

「しかしまた思い切ったことをしましたね。試合前の地域移動なんて好意的に見られないケースの方が多いというのに。まあ関東から関西で競技人数や実力差は小さいのでバッシングもそこまで無いとは思いますが」
「まあそこはアマチュアとコンビ組んだのが話題になるから流れるでしょ」
「サラッと人をスケープゴートにしやがった」

 とはいえこれで懸念事項は一つ消えた。より面倒なことになったような気もするが。つかその内家の場所教えて貰おう。遊びに行きたいし。

「とにかく、勝負は9月。地区予選に集中しないとね」
「そいつもそうか……そうだもんな。明日から新学期だもんな」

 そう、8月ももう下旬。俺にとっては忘れないものになるであろう夏もそろそろ終わる。

 そしてこれからは激動の時代。全てを巻き込み、暴れ狂う嵐のような秋が、地区予選がいよいよ始まる。

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