かつての最強ゲーマーコンビはVRMMOでも最強になるようです
第5話 VSストリバ ~超絶怒濤の必殺コンボ~
「す、すげえ!」
「何者だあいつ!」
「過去のアリーナログを検索しても《ミツル》なんてプレイヤーはいない、新入りか!?」
「いや、あそこまでの腕なら他の街で相当な練習を積んでいるはず! 1回ログアウトして掲示板見てくる!」
「何にしたってまともじゃねえぞぉ。あのストリバ相手に五分五分の勝負なんてよ!」
エクシードマウンテン第1アリーナの観客席は湧いていた。
プロプレイヤーである《LIO》が現れたことで始まった今宵の祭りは謎のプレイヤー、《ミツル》の存在でその興奮は最高潮に達している。
拠点にしているアリーナがそのまま強さの基準となるこのエクシードマウンテンにおいて、第5アリーナ所属というのは中の上、そして《ABVR》をプレイする全ての者達という括りで見た場合にはほんの一握りの最上位プレイヤーの一角を意味することとなる。またストリバは副業の都合でこの第1アリーナには足繁く通っているので、ここでの知名度は高い。
だからこそここに居るプレイヤーの誰もが《ミツル》というプレイヤーが普通では無いことを疑う余地無く試合を見ている。
「うおっ! ミツル動いた! はええぞ!!」
「ありゃ《ハイスラッシュ》か? ああでもダメだ! 読まれてる!」
「いや、後ろに回った! 今なら背中ががら空き……うお!? ストリバの奴、槍を背中に回して見ないでガードしやがった!」
「なんだよこれアクション映画かよ……」
ミツルとストリバの戦いは苛烈を極めていた。
銃撃を使えなくなったミツルは持ち前のスピードを活かして懐に潜り込み、接近戦を仕掛ける。更に攻撃のほとんどに攻撃コマンドを使用することでガンブレードの欠点である攻撃力の低さをカバー。着実にダメージを与えていく作戦に切り替える。
だがストリバも当然負けてはいない。その巧みな槍裁きでもってミツルの攻撃をいなしつつも、こちらもミツルほどの頻度では無いにしろコマンドを使用して大ダメージを狙っていく。そしてストリバはその間にもジャンプや足払い、投げ技といった行為でもって距離をとって槍のリーチを活かそうとしている。
その様子を今回の仕掛け人である《LIO》こと蘭道莉央は心底愉快そうに眺めていた。 まるで自分が待ち望んでいた光景が目の前で繰り広げられているかのようにその目を爛々と輝かせている。
「あれがアンタの言う《MAX》? 確かに筋は良いかもしれないけど……まだまだね」
そんな莉央の傍に一人の少女が歩み寄った。見た目だけで判断するならば小学生か中学生くらいに見える金髪の少女。ただし仮想現実の中のアバターなので実際にそのくらいの年齢なのかは判断できない。
もっとも莉央はとある事情から彼女の実年齢と現実を生きる体のことを知っている。
「あら。クイーンじゃない。わざわざ彼を見に降りてきたの?」
「べつにそういうわけじゃ無いわ。ただ部屋で一人で見るには退屈な試合だっただけよ」
「それ結局中継で見てるやん……」
莉央は思わず口から関西弁での本音が出てしまうが、声が小さかったので観客の歓声に押し流されて少女の耳には入らない。ギリギリセーフだ。
チラリとバトルフィールドに目を戻すと《ギガ・マグナム》の反動を抜けたミツルが銃弾で牽制しているのが目に入った。
「本当にあいつを全国大会のパートナーにするつもり?」
「一応候補としては」
「辞めた方が良いわ」
それだけは嫌なくらいハッキリと少女は伝える。そしてその根拠も。
「彼にセンスを感じるのは確かだけど、彼はまだVRの壁を一つも超えていない。このままだと残り時間が2分を切った頃に動きを読まれきって蹂躙される。それにコマンドカードの使い方も上手とは言えない。このハイペースのままじゃ終盤をカード無しで戦う羽目になる」
「……………………」
「彼の寿命はあと1分。そこでメッキ全部剥がされるわよ」
そう冷酷にプレイヤーネーム《クイーン@ΩH》は言い放つ。ただのぽっと出プレイヤーへの嫉妬では無く、冷静な状況分析であることを他でもない、その名前が証明している。だから彼女の言葉は真実に違いない。
「いやまあそれは間違ってないけどさ」
「何よ。まさかアイツが主人公力でも発揮してVRの壁を越えるとでも?」
「いやそんな非常識じゃ無しにね?」
しかしかつての相棒は、プロでは無く一人の人間としてミツルというプレイヤーを見ている。だからこそ先が見えた。ある意味最も非現実的な先が。
「ミッチーは制限時間3分のつもりで戦ってるよ。多分ペガサスを《ギガ・マグナム》で受けた辺りから。ああでも一番最初に選択肢に入れ始めたのは初手の突き攻撃の直後くらいかな」
「んんん??」
◇
一番初めにこの勝負、相手に分があると気付いたのは初手の突き攻撃を受けた瞬間だった。あの一撃は何とか受け切れたのだが、計算では俺が銃を撃つ方が速かったのだ。
これが示す真実は一つ。奴はステータス以外の何らかの要素を用いて速度を上げた。
これが7年前の携帯ゲーム機の時代ならバグだのチートだので反則だが、このVRゲームなら第三の可能性が出現する。それは現実世界にも通ずる、人間の肉体を動かす技術。武術でもなんでもいい、そういった種類の技術を利用してストリバは俺に肉薄して見せたのだ。
ほかにもこの数分の乱戦でコマンド無しに体を捻りながら飛んで見せたり、単純な槍捌きだけで俺の攻撃を防ぎきっている辺りからも奴の動きの良さ、そしてバリエーションの多さが分かる。
対して俺にはその動きの良さが無い。撃つ、斬る、蹴る、かわすを最も慣れた動きで実行しているに過ぎないのでいつかは全て読まれる。
そもそも中学は写真部、高校は帰宅部の俺なんかに肉体的経験値などありはしない。つまりやっているゲームのジャンルが変わるレベルで差が開いている。
そしてもう一つ俺が覚悟を決める要因になったのは相手の引きの良さだ。マスターコマンドは一度のバトルで3枚しか使えない。なので序盤で使うにはかなりの運が関係してくる。
相手はそれを状態異常無効の《ペガサス》を引いてくるという最高の形でやってのけた。所謂神引きだ。当然この瞬間が最高に上振れただけという可能性もあるが、1発目の調子が良い奴は終盤戦も良く引ける。というか試合中解答しか引いてないとかも良くあること。
つまりここで俺は早々に相手には強いカードを引く才能があると確信していた。
そんな相手に勝つにはどうするか。簡単な話で引かせなければ良い。こちらが先にコマンドを連発することで相手に終盤戦に有利な状況を用意し、それを意識させることで相手にカード使用を控えさせる。
そしてこちらはその終盤戦に入るよりも先に強力なコマンドをリザーブに固めて一気に使用。強いカードを相手が用意するより先に押し切ることでHPを0にする。
それが俺の超高速ガンブレード戦法の一つだ。
「残るコマンドはこちらがリザーブ含めて23。君は8枚。これ以上戦えば君は私に蹂躙されるが?」
「なら分かってるだろ。俺がこれ以上戦う気が無いことくらい」
「それもそうだ。だが私は他人を一方的になぶり殺しにするのも、他人の掌の上で踊るのも好きでは無い。故に!!」
白マントはその金と銀とが混在する槍を天高く掲げる。そして今高らかに謳う。その伝説の力の名を。
「わが元に現れよ《主神オーディン》!! そして我が槍に宿れ、絶対必中、絶対勝利の力、《グングニル》!!」
そして現れたのは長いひげをたくわえ、つばの広い帽子をかぶり、黒いローブを着た隻眼の神。その手に持つ槍から溢れる光はストリバの槍に吸い込まれていっている。まるで力を与えるかのように。
レジェンドコマンドカード、《主神オーディン》。その効果は自分の持つ槍の攻撃力の大幅アップと投擲した場合に相手に必ず当たるようになる効果を付与。そして相手プレイヤーに投擲でダメージを与えた場合、持ち主の元へワープする効果も付与するという武器そのものを《グングニル》へと変異させるものだ。しかもこの効果にデメリットは無い。
まさに一発逆転の最後の手段。必殺技と言い換えても良い。
だからこそ伝説の力としてバトル中1回のみの使用しか認められていない。
「こっちはここまでカードを回してまだレジェンドコマンド引けてないのに、やってくれるよ本当に」
俺が今リザーブに準備しているカードは次の5枚。
自分に限界値までの素早さ、攻撃バフをかけるマスターコマンド《ミーティア》。
自分のHPを最大値まで回復できるマスターコマンド《ガイアフォース》。
一度の攻撃で2回分のダメージ判定とダメージを与える《ダブルスラッシュ》。
大地に向かって超高火力の砲弾を撃ち、それによって大自然の力マグマを噴出させ、大地の槍として敵を刺し貫くマスターコマンド《ボルケーノ・クライシス》。
そしてさっきも使った《ギガ・マグナム》。
グングニルの基本的な攻略法は召喚獣を壁にしてやり過ごすことなのだがその召喚獣を俺はレジェンドコマンドカード一枚しか採用していない。だから現在壁は存在しない。
しかも《グングニル》の厄介なところは敵にダメージを与えるまで止まらないということ。つまり《ギガ・マグナム》で弾こうがたたき落とそうが、壊れないし止まらない。
しかも問題はまだ存在する。《グングニル》という攻撃は投擲してから命中するまでが非常に速い。《ガイアフォース》で回復してから受けるプランも最悪の場合間に合わない。仮に間に合っても高速移動したストリバにやられてノックアウトだ。
そうなるともう選択肢は一つ。《グングニル》の命中を可能な限り遅らして、その間にストリバのHPを0にする。そのための手順はもう頭の中にも画面の中にもある。
「決着の時だ! この一時の決戦、楽しかったぞ!」
「同時使用、《ミーティア》、《ギガ・マグナム》、《ダブルスラッシュ》――」
力を託した《主神オーディン》は消え、槍へのエネルギー充填が完了し、神話の槍を今こそ放とうとしたその瞬間。俺は身を捻り、回転させながら必殺の一撃への準備を整える。
《AB》にはある特定のカードを同時使用することで使えるようになる隠しコマンドとも言えるコマンドが存在する。その威力は基本的にマスター相当、場合によってはレジェンドに匹敵する。その隠しコマンドを《CA》、正式名称をコンビネーションアサルトと言った。
「《CA》発動、《セブンリー・バースト》!!」
ストリバの手から槍が放たれたと同時に俺の体は蒼く輝いていた。そして先程までとは比べものにならない速さで動く俺の体は、飛来した槍を剣先で捉え、回転を利用して後ろに弾き飛ばす。
槍は二転三転しながらアリーナの壁に突っ込んでいく。
「《ハンドスラッシュ》!」
しかしストリバは動揺しない。むしろ手刀の威力を上昇させるコマンドカードを使って俺の攻撃に備えている。
《セブンリー・バースト》は一言で言えば《ギガ・マグナム》をゲームシステム上出せる中での最高威力、最高速度で7回放つ超大技。その全てをまともに食らえばどれだけ防御力が高くても必ずHPは0になる。
けれどもそれは俺の攻撃がヒットすればの話。前面には超高速で接近するストリバ。そして後方には壁から抜け出し、俺を刺し貫こうと動き始める《グングニル》の姿。その形は挟み撃ち、古典的かつ最も鬱陶しい作戦であった。
どちらかを対処すればどちらかに背中を刺される。どちらも対処するのは不可能に近い。
だから俺は一端両方とも無視することにした。
「何ぃ!!?」
俺の間合いにストリバが入る直前に地面から空へとガンブレードを振り抜く。もちろん剣は空振り。だが《セブンリー・バースト》の仕様上、俺の体は天高く飛び立った。《セブンリー・バースト》発動中に切り上げを使用すると、敵ごと空中に飛び上がり身動きできない相手に残る斬撃全てをぶつけるハメ技パターンに入る。だが今回のように攻撃を外せば、自分だけが空中に行き、反対に隙を晒すことになる。
本来この仕様はデメリットだが、これが無ければ俺は多分負けていた。何故ならば――
「今このタイミングだけは、《グングニル》のみを相手にできる!」
体勢を整えて野球のバットを持つかのようにガンブレードを掴み直す。都合の良いことに《グングニル》には変化球も暴投も無い。空中に飛んだ俺を狂い無く追いかけてくる。俺はそれを思い切って振りかぶったガンブレードで持って地面に向けて打ち返した。
「嘘だろ……?」
呟くストリバの目前に打ち返されたグングニルが突き刺さる。その時に生じる衝撃波はズバリ、人間一人を打ち上げるなど容易い。
「残斬4! これで――」
打ち上げられたストリバは落下する俺の間合いに入ってしまう。そして反応の追いついていない今なら、どんな超人的な動きも行えない!
「完全攻略だ!!」
そして残る4発の斬撃全てを受けたストリバのHPは0を刻み、控え室へと強制送還される。
俺の視界に残ったのは『YOU WIN』のシステムメッセージ。
そして2:00と表示された既に停止した対戦残り時間を表すタイマーだった。
「ナイスゲーム!」
「何者だあいつ!」
「過去のアリーナログを検索しても《ミツル》なんてプレイヤーはいない、新入りか!?」
「いや、あそこまでの腕なら他の街で相当な練習を積んでいるはず! 1回ログアウトして掲示板見てくる!」
「何にしたってまともじゃねえぞぉ。あのストリバ相手に五分五分の勝負なんてよ!」
エクシードマウンテン第1アリーナの観客席は湧いていた。
プロプレイヤーである《LIO》が現れたことで始まった今宵の祭りは謎のプレイヤー、《ミツル》の存在でその興奮は最高潮に達している。
拠点にしているアリーナがそのまま強さの基準となるこのエクシードマウンテンにおいて、第5アリーナ所属というのは中の上、そして《ABVR》をプレイする全ての者達という括りで見た場合にはほんの一握りの最上位プレイヤーの一角を意味することとなる。またストリバは副業の都合でこの第1アリーナには足繁く通っているので、ここでの知名度は高い。
だからこそここに居るプレイヤーの誰もが《ミツル》というプレイヤーが普通では無いことを疑う余地無く試合を見ている。
「うおっ! ミツル動いた! はええぞ!!」
「ありゃ《ハイスラッシュ》か? ああでもダメだ! 読まれてる!」
「いや、後ろに回った! 今なら背中ががら空き……うお!? ストリバの奴、槍を背中に回して見ないでガードしやがった!」
「なんだよこれアクション映画かよ……」
ミツルとストリバの戦いは苛烈を極めていた。
銃撃を使えなくなったミツルは持ち前のスピードを活かして懐に潜り込み、接近戦を仕掛ける。更に攻撃のほとんどに攻撃コマンドを使用することでガンブレードの欠点である攻撃力の低さをカバー。着実にダメージを与えていく作戦に切り替える。
だがストリバも当然負けてはいない。その巧みな槍裁きでもってミツルの攻撃をいなしつつも、こちらもミツルほどの頻度では無いにしろコマンドを使用して大ダメージを狙っていく。そしてストリバはその間にもジャンプや足払い、投げ技といった行為でもって距離をとって槍のリーチを活かそうとしている。
その様子を今回の仕掛け人である《LIO》こと蘭道莉央は心底愉快そうに眺めていた。 まるで自分が待ち望んでいた光景が目の前で繰り広げられているかのようにその目を爛々と輝かせている。
「あれがアンタの言う《MAX》? 確かに筋は良いかもしれないけど……まだまだね」
そんな莉央の傍に一人の少女が歩み寄った。見た目だけで判断するならば小学生か中学生くらいに見える金髪の少女。ただし仮想現実の中のアバターなので実際にそのくらいの年齢なのかは判断できない。
もっとも莉央はとある事情から彼女の実年齢と現実を生きる体のことを知っている。
「あら。クイーンじゃない。わざわざ彼を見に降りてきたの?」
「べつにそういうわけじゃ無いわ。ただ部屋で一人で見るには退屈な試合だっただけよ」
「それ結局中継で見てるやん……」
莉央は思わず口から関西弁での本音が出てしまうが、声が小さかったので観客の歓声に押し流されて少女の耳には入らない。ギリギリセーフだ。
チラリとバトルフィールドに目を戻すと《ギガ・マグナム》の反動を抜けたミツルが銃弾で牽制しているのが目に入った。
「本当にあいつを全国大会のパートナーにするつもり?」
「一応候補としては」
「辞めた方が良いわ」
それだけは嫌なくらいハッキリと少女は伝える。そしてその根拠も。
「彼にセンスを感じるのは確かだけど、彼はまだVRの壁を一つも超えていない。このままだと残り時間が2分を切った頃に動きを読まれきって蹂躙される。それにコマンドカードの使い方も上手とは言えない。このハイペースのままじゃ終盤をカード無しで戦う羽目になる」
「……………………」
「彼の寿命はあと1分。そこでメッキ全部剥がされるわよ」
そう冷酷にプレイヤーネーム《クイーン@ΩH》は言い放つ。ただのぽっと出プレイヤーへの嫉妬では無く、冷静な状況分析であることを他でもない、その名前が証明している。だから彼女の言葉は真実に違いない。
「いやまあそれは間違ってないけどさ」
「何よ。まさかアイツが主人公力でも発揮してVRの壁を越えるとでも?」
「いやそんな非常識じゃ無しにね?」
しかしかつての相棒は、プロでは無く一人の人間としてミツルというプレイヤーを見ている。だからこそ先が見えた。ある意味最も非現実的な先が。
「ミッチーは制限時間3分のつもりで戦ってるよ。多分ペガサスを《ギガ・マグナム》で受けた辺りから。ああでも一番最初に選択肢に入れ始めたのは初手の突き攻撃の直後くらいかな」
「んんん??」
◇
一番初めにこの勝負、相手に分があると気付いたのは初手の突き攻撃を受けた瞬間だった。あの一撃は何とか受け切れたのだが、計算では俺が銃を撃つ方が速かったのだ。
これが示す真実は一つ。奴はステータス以外の何らかの要素を用いて速度を上げた。
これが7年前の携帯ゲーム機の時代ならバグだのチートだので反則だが、このVRゲームなら第三の可能性が出現する。それは現実世界にも通ずる、人間の肉体を動かす技術。武術でもなんでもいい、そういった種類の技術を利用してストリバは俺に肉薄して見せたのだ。
ほかにもこの数分の乱戦でコマンド無しに体を捻りながら飛んで見せたり、単純な槍捌きだけで俺の攻撃を防ぎきっている辺りからも奴の動きの良さ、そしてバリエーションの多さが分かる。
対して俺にはその動きの良さが無い。撃つ、斬る、蹴る、かわすを最も慣れた動きで実行しているに過ぎないのでいつかは全て読まれる。
そもそも中学は写真部、高校は帰宅部の俺なんかに肉体的経験値などありはしない。つまりやっているゲームのジャンルが変わるレベルで差が開いている。
そしてもう一つ俺が覚悟を決める要因になったのは相手の引きの良さだ。マスターコマンドは一度のバトルで3枚しか使えない。なので序盤で使うにはかなりの運が関係してくる。
相手はそれを状態異常無効の《ペガサス》を引いてくるという最高の形でやってのけた。所謂神引きだ。当然この瞬間が最高に上振れただけという可能性もあるが、1発目の調子が良い奴は終盤戦も良く引ける。というか試合中解答しか引いてないとかも良くあること。
つまりここで俺は早々に相手には強いカードを引く才能があると確信していた。
そんな相手に勝つにはどうするか。簡単な話で引かせなければ良い。こちらが先にコマンドを連発することで相手に終盤戦に有利な状況を用意し、それを意識させることで相手にカード使用を控えさせる。
そしてこちらはその終盤戦に入るよりも先に強力なコマンドをリザーブに固めて一気に使用。強いカードを相手が用意するより先に押し切ることでHPを0にする。
それが俺の超高速ガンブレード戦法の一つだ。
「残るコマンドはこちらがリザーブ含めて23。君は8枚。これ以上戦えば君は私に蹂躙されるが?」
「なら分かってるだろ。俺がこれ以上戦う気が無いことくらい」
「それもそうだ。だが私は他人を一方的になぶり殺しにするのも、他人の掌の上で踊るのも好きでは無い。故に!!」
白マントはその金と銀とが混在する槍を天高く掲げる。そして今高らかに謳う。その伝説の力の名を。
「わが元に現れよ《主神オーディン》!! そして我が槍に宿れ、絶対必中、絶対勝利の力、《グングニル》!!」
そして現れたのは長いひげをたくわえ、つばの広い帽子をかぶり、黒いローブを着た隻眼の神。その手に持つ槍から溢れる光はストリバの槍に吸い込まれていっている。まるで力を与えるかのように。
レジェンドコマンドカード、《主神オーディン》。その効果は自分の持つ槍の攻撃力の大幅アップと投擲した場合に相手に必ず当たるようになる効果を付与。そして相手プレイヤーに投擲でダメージを与えた場合、持ち主の元へワープする効果も付与するという武器そのものを《グングニル》へと変異させるものだ。しかもこの効果にデメリットは無い。
まさに一発逆転の最後の手段。必殺技と言い換えても良い。
だからこそ伝説の力としてバトル中1回のみの使用しか認められていない。
「こっちはここまでカードを回してまだレジェンドコマンド引けてないのに、やってくれるよ本当に」
俺が今リザーブに準備しているカードは次の5枚。
自分に限界値までの素早さ、攻撃バフをかけるマスターコマンド《ミーティア》。
自分のHPを最大値まで回復できるマスターコマンド《ガイアフォース》。
一度の攻撃で2回分のダメージ判定とダメージを与える《ダブルスラッシュ》。
大地に向かって超高火力の砲弾を撃ち、それによって大自然の力マグマを噴出させ、大地の槍として敵を刺し貫くマスターコマンド《ボルケーノ・クライシス》。
そしてさっきも使った《ギガ・マグナム》。
グングニルの基本的な攻略法は召喚獣を壁にしてやり過ごすことなのだがその召喚獣を俺はレジェンドコマンドカード一枚しか採用していない。だから現在壁は存在しない。
しかも《グングニル》の厄介なところは敵にダメージを与えるまで止まらないということ。つまり《ギガ・マグナム》で弾こうがたたき落とそうが、壊れないし止まらない。
しかも問題はまだ存在する。《グングニル》という攻撃は投擲してから命中するまでが非常に速い。《ガイアフォース》で回復してから受けるプランも最悪の場合間に合わない。仮に間に合っても高速移動したストリバにやられてノックアウトだ。
そうなるともう選択肢は一つ。《グングニル》の命中を可能な限り遅らして、その間にストリバのHPを0にする。そのための手順はもう頭の中にも画面の中にもある。
「決着の時だ! この一時の決戦、楽しかったぞ!」
「同時使用、《ミーティア》、《ギガ・マグナム》、《ダブルスラッシュ》――」
力を託した《主神オーディン》は消え、槍へのエネルギー充填が完了し、神話の槍を今こそ放とうとしたその瞬間。俺は身を捻り、回転させながら必殺の一撃への準備を整える。
《AB》にはある特定のカードを同時使用することで使えるようになる隠しコマンドとも言えるコマンドが存在する。その威力は基本的にマスター相当、場合によってはレジェンドに匹敵する。その隠しコマンドを《CA》、正式名称をコンビネーションアサルトと言った。
「《CA》発動、《セブンリー・バースト》!!」
ストリバの手から槍が放たれたと同時に俺の体は蒼く輝いていた。そして先程までとは比べものにならない速さで動く俺の体は、飛来した槍を剣先で捉え、回転を利用して後ろに弾き飛ばす。
槍は二転三転しながらアリーナの壁に突っ込んでいく。
「《ハンドスラッシュ》!」
しかしストリバは動揺しない。むしろ手刀の威力を上昇させるコマンドカードを使って俺の攻撃に備えている。
《セブンリー・バースト》は一言で言えば《ギガ・マグナム》をゲームシステム上出せる中での最高威力、最高速度で7回放つ超大技。その全てをまともに食らえばどれだけ防御力が高くても必ずHPは0になる。
けれどもそれは俺の攻撃がヒットすればの話。前面には超高速で接近するストリバ。そして後方には壁から抜け出し、俺を刺し貫こうと動き始める《グングニル》の姿。その形は挟み撃ち、古典的かつ最も鬱陶しい作戦であった。
どちらかを対処すればどちらかに背中を刺される。どちらも対処するのは不可能に近い。
だから俺は一端両方とも無視することにした。
「何ぃ!!?」
俺の間合いにストリバが入る直前に地面から空へとガンブレードを振り抜く。もちろん剣は空振り。だが《セブンリー・バースト》の仕様上、俺の体は天高く飛び立った。《セブンリー・バースト》発動中に切り上げを使用すると、敵ごと空中に飛び上がり身動きできない相手に残る斬撃全てをぶつけるハメ技パターンに入る。だが今回のように攻撃を外せば、自分だけが空中に行き、反対に隙を晒すことになる。
本来この仕様はデメリットだが、これが無ければ俺は多分負けていた。何故ならば――
「今このタイミングだけは、《グングニル》のみを相手にできる!」
体勢を整えて野球のバットを持つかのようにガンブレードを掴み直す。都合の良いことに《グングニル》には変化球も暴投も無い。空中に飛んだ俺を狂い無く追いかけてくる。俺はそれを思い切って振りかぶったガンブレードで持って地面に向けて打ち返した。
「嘘だろ……?」
呟くストリバの目前に打ち返されたグングニルが突き刺さる。その時に生じる衝撃波はズバリ、人間一人を打ち上げるなど容易い。
「残斬4! これで――」
打ち上げられたストリバは落下する俺の間合いに入ってしまう。そして反応の追いついていない今なら、どんな超人的な動きも行えない!
「完全攻略だ!!」
そして残る4発の斬撃全てを受けたストリバのHPは0を刻み、控え室へと強制送還される。
俺の視界に残ったのは『YOU WIN』のシステムメッセージ。
そして2:00と表示された既に停止した対戦残り時間を表すタイマーだった。
「ナイスゲーム!」
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