俺が斬ったの、隣国の王女様らしい……

矢追 参

戦いの日々

 ☆☆☆


 第1試合が終わった直後、俺の中にあったのは失望だった。王立魔法学院三年……生徒会副会長ウィリアム・アルバ・アルベルト。周りからの評価も、そして直に戦った俺からしても優れた魔法使いだった。だが……期待外れだ。失望した。

 最後の最後、ウィリアムは逃げた。このまま守れば勝てるという逃げに走った。あの『固有魔法』の効果は直ぐに把握した。実際、強力な魔法だと思った。対人戦では無類の強さを発揮するだろうと……しかし、ウィリアムは俺を前にして怖気付いたのだ。

「…………」

 つまらない。


 ☆☆☆


 それから、フィーラの試合やその他強い強いと持て囃される学生の試合を観客席から見ていた。フィーラは元々強いことは知っていたし、さすがにレベルが違う。圧勝の試合で、正直見る価値もない。

 他に面白味があった試合も現生徒会会長の職にいる王立魔法学院最強と謳われる魔法使い……エリーザ・カマンガの試合だけだ。

 二回戦に進出した俺は、その日のうちに二回戦も行われた。二回戦の相手など、もはやウィリアムの足元にも及ばず……試合が始まった直後に脚を切断し、痛みに転げ回る相手の頭を蹴り飛ばして瀕死にさせた。

 翌日には三回戦が行われ、結局結果は同じ……いつからか、俺のことを『無血の鬼人』と呼ぶ生徒らが増えた。廊下ですれ違う学生らは俺を見ると廊下を譲り、怯えた様子で俺と目を合わせないようにする。

 最近俺に絡んでくるのは、シンセスティアかフィーラくらいなものだ。

「ふっ……堂々三回戦も超えたようね。わたくしとの対戦を待っていることね!おーほっほっほっ〜」

 と、シンセスティアは至っていつもの様子。しかし、そのシンセスティアの後ろにいる連中は縮こまり、時折俺へチラチラ目を向けるだけだった。

「ねぇねぇ、『無血の鬼人』ってこれまで一度も攻撃を受けることなく勝ち進んだ鬼のように強い人って意味じゃなくて……血も涙もない鬼のような人間って意味らしいよ?」

 そんな知りたくもない自分の二つ名の由来を、フィーラが笑いを堪えながら教えてきた。いらん情報をどうも……。

 別に、俺に情がないわけではない。ただ容赦がないだけだ。相手が泣き叫び、痛みに絶叫する姿は何とも思わないけれど……肉を断つ感触にも何も思わないけれど……それでも、好き好んでやっているわけではない。

 俺が人を斬る時、そこに感情はない。どこか事務的な……機械的な行為だと認識している。

 あぁ……なるほど、鬼と呼ばれても仕方ないのかもしれないと俺は妙に納得してしまった。やがて、4回戦が始まる。ここからベスト16位となる。大魔法祭の代表となるためには3位入賞までが必要だ。準決勝で負けた者同士で3位決定戦を行い、そして1位を決める決勝戦が行われる。

 本日は第4回戦……第1試合は俺のだった。ここまで来ると、まだ魔法使いとして未熟な二年は殆どいない。残っている二年といえば、俺とフィーラ、シンセスティア、そして意外にもギルガルも書き残っていた。

 ここまでコーラス組の三人が残っているのは、コーラス先生としては鼻が高いことだろう。俺は今日の4回戦のために、少し身体を温めようと早朝から学院の敷地内をランニングしていた。

 大体10kmの距離を、ペースを上げずに淡々と走り続ける。俺はこうした単純作業をコツコツと積んでいくのが得意だ。俺にはこれといって才能もないし、コツコツと地道に練習するしかない。

 最初から何でもできるなんてことはなかったし、人並みに失敗や挫折もしている。それでも、俺は最後にはかならず立ち上がってやり遂げる。そういう覚悟を持っているし、そういう信念を貫きたいと思っている。

 暫く走っていると、ふと目の前に人影が現れ俺の道を遮った。そのため、その場で立ち止まると……目の前には一回戦で斬り伏せたウィリアムが立っていた。

 意図せず構えてしまうが、相手の顔を見ればなにやらちょっかいを出しに来たわけではないと直ぐに分かる。そもそも、ウィリアムはそのような小物でもないだろうと俺は警戒を解いて、こちらから声を掛けた。

「おはようございます……何か用で?」
「あぁ、朝早くから精が出るね。おはよう……。これから君に会いに行こうと思ったら偶然見つけてね。少し……いいかい?」
「…………?ええ、問題ありません」

 はて?一体何用だろうと思いつつ……ウィリアムならそこまで心配する必要もないと思いながら俺はテレテレとウィリアムの後を歩く。暫く歩いていると、ウィリアムから切り出した。

「実は、この学院にはある薬が出回っているらしい」

 と……。

 俺がウィリアムからまずそれを聞いて思ったのは、どんな薬かということだ。大方、想像はつくが……。

「魔力増強剤とか?」

 俺が適当に答えると、ウィリアムは首を横へ振った。どうやら外れらしい。

「出回っているのは、テュポドラッグっていう極めて悪質で、危険な違法ドラッグだよ。これを知っているのは、学院内でもごく一部の人間だけなんだけど……」
「どうしてそれを俺に?」
「……面と向かって言うのは気が引けるけれど、リューズくんにはそのドラッグの使用が疑われていたんだ」

 あぁ……なるほどと、俺は納得する。ただのへいみんごときが貴族に勝てるわけがない。何かズルをしているはずだと考えた貴族共が、最終的に辿り着いたのが違法ドラッグの使用による不正だったわけだ。もはや、鼻で笑ってやりたい。

 だが、ウィリアムは俺のことを疑っているわけではないようで直ぐ様訂正するために慌てて口を開く。

「あぁ!勘違いしないで欲しい。僕は君が違法ドラッグを使っているなんて疑っていないよ。それは……君と直に戦った僕が理解している。君は恐ろしく強かったよ……あれで本気・・じゃないというんだから、本当に敵わないよ……」

 なんて、惚けたようにウィリアムは笑顔で言っているが……俺が本気じゃなかったなんてどこで判断したのか。

 だが、今はそこを言及する必要もないだろうと……俺はため息を吐いて続きを促した。

「あーそれで、この選抜戦の選手の中に……恐らく違法ドラッグを使用している選手がいる」
「ほう」
「だから……何というか一つ君への忠告というアドバイスだよ。違法ドラッグ――テュポドラッグはかなり危険だ。服用している者に無類の力を与える。もし、ドラッグを使用していると思ったら直ぐに大会本部に連絡して欲しい。僕が直接出る」
「随分と親切じゃないか。どういうことだ?」

 仮にも俺に負けているはずなのに、ウィリアムはそれをおくびにも出さない。正直、悔しい気持ちなのだろう……だが、それよりももっと大事なことが彼にはあるのだろう。

「僕は、国のためにいる。違法行為を野放しにはできない」

 あぁ……こいつもまた、自分の信念を持った立派な貴族なのだと思い、俺は上から目線ながらもウィリアムへの評価を変えることにした。


 ☆☆☆


 4回戦の相手は、サーディン・ベルギーニョ。ベルギーニョ子爵家の跡取りであり、王立魔法学院の三年生だ。成績は中の中……至って普通であり、ベスト16位するような学生には思えない。

 いやぁ……絶対これ、サーディンくんだよねぇ?今朝のウィリアムの話にあった違法ドラッグ使ってる選手……まあ、あの感じだと一人というわけでもないのだろう。全く、面倒なことこの上ない。

「ふふふふはははははは!平民風情が……この私の前に平伏すといいさ!さあ!跪き、許しを乞えよ!さもないと、殺しちゃうよぉぉ〜?」

 絶対こいつじゃん!頭おかしいじゃん!

 ウィリアァァァムッ!

 と、少し取り乱したが落ち着こう。ここでウィリアムに連絡を入れれば、相手の不正扱いで俺の勝ちだ。しかしだ……俺の目的は別に違法ドラッグを使っている愚かなカス以下のゴミ屑共の掃除では断じてない。

 俺の目的は、俺の力を国中に示すこと。俺という個人が新たな道を切り開く為に、俺はここに立っている。だから……違法ドラッグ如きに遅れをとる俺ではない。

『それでは……始め!』

 そうして、実況の合図とともに4回戦が始まった。





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