俺が斬ったの、隣国の王女様らしい……

矢追 参

選抜戦第1試合――ウィリアム

 ☆☆☆


 そして……翌日、ついに選抜戦が開幕した。

 王立魔法学院の広大な敷地にあるアリーナで開かれる選抜戦……その開会式は盛大に執り行われた。この選抜戦は、今はまだ魔法使いの卵である学生達が切磋琢磨して互いを高め合うことを名目にした一種のお祭りだ。国の一大行事として、多くの屋台が立ち並び、商人が稼ぎ時だとばかりに奔走する。

 選抜戦の選手である俺は……一回戦第1試合ということで、既にアリーナの待機所で準備していた。肘や膝にしっかりプロテクターを身に付け、急所を守るための防具を装備する。

 王立魔法学院の制服の上に来ているため、少々不恰好かもしれないが……まあいいだろう。

 やがて、定刻となり……俺は舞台へと足を進めた。舞台に近づくに連れて人々の歓声がより大きく聞こえてくる。そして、いよいよ俺が戦いの舞台へ上がるとそれは爆発的なものになり、俺の鼓膜を震わせる。

『さぁ!皆様お待たせしました!ただいまより、選抜戦一回戦第1試合を始めます!選手の紹介に移りますね〜。まず、この学院では知らぬものがいない我らが生徒会副会長……三年ウィリアム・アルバ・アルベルト様です!』

 実況の選手紹介が行われ、ウィリアムにどっと拍手が送られる。ウィリアムを見ると、ウィリアムは特に防具を身につけておらず、余裕な笑みを浮かべて立っている。さすがに、去年も参加しているだけはある。

『続いて……今年の選抜戦で異彩を放つは平民出身にも関わらず、現在学年首席を独走する期待の新星!リューズ・ディアーだぁ!』

 独走って……フィーラも同率だろうと思ったが、盛り上げるための演出なのだろう。俺の紹介には王立魔法学院の一部の生徒と残りの一般客が拍手をしてくれたが、ウィリアムよりは少ないものとなった。

 ふと、観客席の方にフィーラがチラリと見えた。フィーラは小さく俺に拍手を送っており、まるで勝って当然だとばかりの表情だった。これでもウィリアムはたしかな実力者……あまり期待されても困るというもの。

 さらにミラが見えたのでそちらにも目を向けると、テキラファミリーが揃いも揃って俺の応援をしていた。

 おいバカやめろ……ファミリーと繋がり持ってるなんて知られたらどうする。

『では……これより第1試合を開始致します!両者、所定の位置についてください!』

 俺とウィリアムは指示通りに所定の位置まであるいていき……ウィリアムとの距離が縮まる。遠距離魔法なら確実に当てられる距離……初手ははたしてどう出るか。

『では……尋常に……始め!』

 実況の合図と共に、まず最初にウィリアムは『創造魔法』を展開し、自らの防具をコンマ数秒で構築……そして現れたのは銀色に輝く鎧だった。おそらく『付与魔法』の併用で、『無効魔法』〈解除〉の【キャンセル】が掛けられた鎧だ。つまり、炎や氷といった攻撃は無効化されてしまうため無意味ということだ。

 俺も合図と共に『創造魔法』で刀を創り出す。

 対してウィリアムは、鎧を作った後に『防御魔法』を発動する。自らの硬さそのものと、治癒力を高めている。つまり、この時点で二つを同時に継続使用することになる。

『付与魔法』は一度付与してしまえば、解除しない限りその効果を対象に与え続けることができるが……無論、一定の条件が存在する。『付与魔法』で付与できる対象は一つのみだ。無論、『付与魔法』の適性……つまり、素質にもよるが大抵の人間は一つくらいしか付与できない。

 それはウィリアムにも当てはまるからこそ、『防御魔法』の〈防御〉系に属する【ディフェンス】と、〈回復〉系に属する【リジェネイト】を継続使用しているのだろう。

 ここでもしもウィリアムが中級の魔法使いなら、攻撃手段がないとタカを括るのだが……まさか三年の実力者が中級なずもなく……容赦なくウィリアムは『創造魔法』で剣と盾を想像すると『攻撃魔法』の【ブースト】で身体強化を施し、俺に向かって駆け出した。

 ここまでの数々の魔法の併用や発動に掛かった時間は……一秒になるかならないか。その速さは並大抵ではなく、鎧やら盾で重くなった身体も【ブースト】で軽々とした足取りで俺に接近戦を挑んできた。

 俺も【ブースト】で身体能力を強化し、創造した刀で持ってウィリアムの剣を受け止める。

 ズンッと重低音の衝撃が走り、僅かながら石造りの舞台に亀裂が走る。ウィリアムは間を空けず、俺との鍔迫り合いを避けるように距離をとって今度は下から上へ斬りあげる一閃を放つ。

 俺は一歩身を引いて紙一重の隙間で躱す。ウィリアムはそれを見て薄く笑うと、俺から十分な間合いをとって口を開いた。

「さすがだね」
「いえ。それほどでも」
「僕ももう少し……本気を出すよ」

 ウィリアムは宣言通り、今までが嘘のような速度で俺に接近……舞台が抉れながら、一歩二歩と高速で俺に衝突する。

 キィィィッと金属と金属が擦り合わさる音が会場に響く。ウィリアムは、今度は鍔迫り合いを避けるようなことをせず強引に押し込んでくる。俺は後ろに引いてある左足を、軸足を中心に後ろへ運んで身体を回転……ウィリアムの前に行こうとする力を利用してウィリアムを前のめりに倒れ込ませる。

「っ!」

 だが、ウィリアムは空かさず身体を捻って体勢の悪い状態から剣を振るう。俺はまたもや足運びにて、紙一重で躱してウィリアムから距離を置いた。

 ウィリアムは崩れたバランスをすぐ様立て直し、剣と盾を構え直す。そして、ようやく気が付いたように眉を顰めた。

「遊んで……いるのかい?」
「…………そのようなつもりはありませんが」

 今、バランスを崩したウィリアムを追撃していれば確実に一太刀浴びせることは出来た。もしかすると、それで勝負が決まっていたかもしれない。その程度のこと、この数度の立ち合いでウィリアムは感じていたはずだ。どれだけ強力な防具で身を固めても、その隙間を縫うように刃を滑り込ませる技術が俺にはある。

 ウィリアムはその点で、怪訝に思ったのだ。どうして今、攻撃しなかったのかと。

 俺としては、まだまだ本気でもない相手を斬るつもりはない。だから俺は目で訴えかける。出し惜しみするなと。

 すると、ウィリアムは小さく笑い……その身に纏う魔力の色を一層濃くさせる。淡い青色の幕が、濃い青色へと変化する。

「君がその気なら……僕も全力で相手しよう!はぁ!」

 ウィリアムは俺に突っ込むのと同時に『無効魔法』【インビジブル】により、その姿を消す。それは恰も瞬間移動したかのような錯覚を相手に与え……俺が【キャンセル】を放った頃には、ウィリアムは俺の側面で剣を振るっていた。

 そして俺は――


 ☆☆☆


 生徒会副会長……職を得ることは並大抵ではない。多くの魔法使いの卵達の中から選りすぐりの魔法使いが集まる生徒会……王立魔法学院の生徒らを統括するのだからそれ相応の実力は必要だ。そして、見事下記の上がり……副会長となったウィリアムの実力は疑う余地もなく強い。

 ウィリアムは『防御魔法』や『創造魔法』の資質が優れていた。守りに入られると、誰も彼を傷つけることは叶わない。彼の鎧は、それだけ硬いのだ。まさに生徒会副会長としての意志の強さの表れだろう。その硬さを突破できないものは、それより先に進むことを許さないというウィリアムの真。

 誰もがウィリアムの勝利が確実だと信じ、所詮は平民の咬ませ犬をどのように倒すのか……それだけが第1試合を見に来た観客達の楽しみだった。

 が、

「がっ……!?」

 ウィリアムの両腕は肩からなくなっており、傷口からドバドバと血が溢れ出る。【リジェネイト】の効果で即座に傷が治癒され、腕も徐々にだが戻りつつある。しかし、両腕となると時間はかかるだろう。

 そう、ウィリアムが鎧の隙間を縫って振るわれたリューズの刀によって両腕を切断されたのだ。あまりにも速い剣技に、会場中を探しても今の一瞬……何が起こったのかが見えていたのはごく僅かだ。

 そのごく僅かの中に、フィーラ・ケイネス・アグレシオはいた。しっかりと、リューズの神速とも呼べる早業をその目に焼き付けていた。

「さすが……」

 思わずそう口に出す。

 あの神速の一太刀はフィーラですらも避けることができない。あれはもはや、中級だとか上級だとか……そういうこと関係なしに、純粋に剣士・・としての素質だ。故に、魔法使いが剣戟を挑んでもあのように返り討ちにあってしまう。彼はもはや、剣聖の域にいる存在だ。その上で魔法すら極めようとしているのだから、リューズ・ディアーという男は欲張りだ。

「たしかに……さすがですね」
「……?」

 と、フィーラの感嘆に続くように……フィーラの隣の席に座った人物がそう言った。驚いて、フィーラがその人物を見ると……その人物は青と赤のメッシュが入った肩口で切り揃えられた銀髪の美女だった。

 スレンダーな身体と、少し幼さの残る顔立ち……なによりも目立つのはその褐色の肌であろう。

 メッシュと同じ青と赤のオッドアイがフィーラに向けられ、フィーラは思い出したように口にする。

「これは……生徒会長エリーザ様」

 エリーザ・カマンガ……現王立魔法学院生徒会長だ。つまり、この学院最強の魔法使いということになる。

「生徒会長様もご観覧でしょうか?」
「はい。フィーラ王女はどちらの応援を?」
「ウィリアム様に見えますか?」
「なるほど……」

 エリーザは苦笑しつつ、ウィリアムの回復をぼけっと突っ立って待つリューズに目を向ける。

「あれはあれは……ウィリアムも舐められたものです」
「リューズくんには……彼なりなり信念があるようですから。あれは舐めているというよりも、本気の相手じゃないと斬れないのだと思います。今のも、おそらくですけれど……『思わず斬った』程度のことなのですよ」
「それはまた……不器用な方なんです」」
「ええ、それはもう……」

 暫くして、腕が完全に生えたウィリアムは再び防具を身につけて剣と盾を構える。リューズはようやくかと刀を構え、仕切り直す。

「全く……僕も舐められたものだね」
「舐めてるのはどっちだ。固有魔法も使わず、それで本気だって?笑わせるな」

 固有魔法とは、いくつかの魔法を同時に使用して組み合わせ、自分オリジナルの魔法……まあ、言ってしまえば必殺技みたいなものだ。

 中級魔法使いでは、同時に二つの魔法しか使えないために組み合わせが少なく、固有魔法は使えない。しかし、上級ともなれば組み合わせは一気に増える。だからこそ、固有魔法が使えるようになるわけだ。

 そして、ウィリアムはそれを隠していた。リューズはそれをしかと見抜いていた。

 ウィリアムはなるほどと頷き……ようやくその気になったようだった。

「なら……僕の固有魔法を見せよう。それで決着だ。だから、君も今度は本気で……」
「もちろん」

 リューズとウィリアムの間で魔力が高まる。もはや盛り上がっていた会場内はシンっと静まり返り、観客は固唾を呑んでこの光景を見つめていた。





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