とある腐女子が乙女ゲームの当て馬役に転生してしまった話

九条りりあ

久しぶりの対話だそうです

♢ ♢ ♢


これで一件落着。そっと胸を撫でおろした瞬間

突然――……

コツコツ、と砂埃が舞う教会に静かな足音が響き渡った。一難去ってまた一難!?次は、何だ!?思わず身構える。

「誰かしら?」
「アリアは、そのまま」

ルークは涙を拭い、私を起こすと私と音のする方の間に立ちふさがるように立つ。息を殺すこと数十秒。不思議な現象が起こった。砂埃がまるである一点、音のするほうへ吸い込まれている。コツコツ、だんだんと近づいてくる音の方を見ていると、それはやがて人影を映し出した。

「綺麗――……」

年の頃は、20歳ほど。レイリーと同様に神父の格好をした男性が砂埃の中、埃一つつけないまま、砂埃が避けるように歩く姿は、前世の世界で聞いたモーセの海を割ったという「葦の海の奇跡」のようだ。

漆黒の髪に、瞳は深い海の色。顔の造形はかなり整っている。しかも、どこかで見たことのあるような顔立ち。瞳の色は違えど、これは、まさか……と思い、“彼”を見れば

「お父様!!」

衝撃の一言が発せられた。

「えっ!?お父様!?」

え!?お兄さんとかではなく!?お父様!?ということは、彼がレイリーが言っていたマーク・ウォーカー、その人?この人一体、何歳!?私、てっきりルークのお兄さんとばかり思っていたよ。
この人、一体何者!?

「ルーク」

ルークの姿を認めると彼は、ルークの名前を呼び、ゆっくりと息を吐いた。

「……――この現状はなんだ!?」

彼が言えば、ルークはびくっと肩を震わせる。

「お前がやったのか?」
「…………」
「レイリーがいなくなり、どうしたのかと思えば、こんなところにいたとはな」
「…………」
「これは、魔力の暴走か?」
「…………」
「無謀な魔法の使い方をすることは、自身の命を削ることと同じことなんだぞ」
「…………」
「わかっているのか、ルーク」

静かな物言いにルークは強張った表情を浮かべた。完全に委縮してしまっているようだ。
レイリーと同じように突き放すように言っている。でも、何だろう。この違和感は。レイリーとは何かが違う。

マーク・ウォーカーは、はぁ……と息を吐いた。苛立っているわけでもない、呆れているわけでもない、むしろこれは安堵のため息だ。まるで、無事を確かめているかのような。

あぁ、そうか、この人は――……。

「ルーク、マーク様はあなたを心配しているのです」

この人はただ不器用なだけだ。

「え――……?」

私の言葉にルークは困惑した声をあげた。対するマーク・ウォーカーは黙り込んでいる。

「でも、お父様は――……!」

信じられないとばかりに私とマーク・ウォーカーを見比べるルーク。

「そうですよね。マーク様」
「…………」

対してマーク・ウォーカーは何も言わずに私を見つめ返した。構うもんか。続けてやる。

「マーク様は別にルークのことを疎んでいるわけじゃないわ」
「でも、レイリーが――……」
「それはレイリーが勝手に勘違いしてのことだと思うわ」
「それにお父様はずっと僕を避けて、全然家にも帰らずに――……」
「マーク様はルークを避けていたわけじゃないわ」
「なんで、そんなこと――……」
「だって、ルークを疎んでいるのならば、この場に来る必要がないもの」

私は言い切った。言い合う私とルークをマーク・ウォーカーは否定もせずに静かに見ている。

「もし仮にルークのことを邪魔に思っているのなら、こんな半壊したところまで来やしないわ!」
「…………」
「心配だったから、こんな危険なところまでやってきたのよ」
「…………」
「さっきだって、無茶な魔力の使い方をしていないか心配してたのよ」
「…………」

全部、全部誤解なのだ。ルークは首を一つ振って“じゃあ!”と声を上げた。

「この教会だって僕が通うようになってから、誰も使わせないようにしたのは、僕が魔力の化け物で邪魔だったからじゃないか」

後半は、消え入りそうな声で。なおもだんまりを決めるマーク・ウォーカー。もう、腹が立った。

「マーク様、貴方の想いを言ってあげてください!このままでは、あなたはルークに誤解されたままだわ」

思わず大声をあげれば、マーク・ウォーカーもルークも驚いた表情を浮かべた。急に大声を出されるとは思わなかったらしい。一歩も引かない私に、マーク・ウォーカーは諦めた表情を浮かべ、そこに静かに言った。

「……お前が、ルークが落ち着ける場所ならばと、この教会を閉鎖した」
「……――僕のため?」

表情を変えずにいうマーク・ウォーカーに対して、ルークは困惑したように言う。

「……お前に強い魔力があることはわかっていた。そして、次第にその魔力の高さを見たものがお前を『悪魔の子』と呼ぶようになった」
「…………」
「神に仕える聖職者の息子だから、そのように呼ばれるのだと思った」
「…………」
「ならば、私の傍から離れる方がよいと思った」
「…………」
「私から離れ、私と関わらずにいれば、自然そんな噂もなくなると思っていた」
「…………」
「……けれど、噂は増すばかりだった」
「…………」
「……息子を守ることができない父親なのに、どの顔をして会えばいい?」

完全に黙りこくるルーク。マーク・ウォーカーは自嘲気味に笑う。時折、どこかでギシギシと音がする。そんな中、私は大きく息を吸った。

あー、もう、まどろっこしい!

「まったく、口下手な親子だわ!!」

我慢ならずに私は叫んだ。

「ア、アリア――……?」


驚き焦ったような声を出すルーク。対してマーク・ウォーカーは、声は出さないが目をしばたかせている。

「不器用か!!同人誌のほうが、まだ器用だわ!!」

お互いにすれ違う切ない話、むしろ大好物だったわ。嬉々として買いあさったわ、そういう話。けれども、実際に目の前で繰り広げられるとモヤモヤする!!

「え……?ドウジンシ!?」

ルークはというと、目をパチクリさせる。この世界に同人誌なるものはない。初めて聞く単語に困惑しているようだ。本当、なんでないのだと惜しまれるのだが……。まぁ、それは、この際いい。大事なのは……。

「お互いの気持ちを言わなくちゃ進めないでしょ!!!」

コレだ。本当に不器用な親子。お互いに話すことに臆病になっていただけだ。この二人に足りないのは話すことだ。

「まずは、ルーク!!」

私が名指しで呼べば、ルークは目を2、3度しばたかせる。

「え?僕……?」
「そう、あなたよ!マーク様のお話を聞いてどう思ったの?黙ったままじゃわからないでしょ」
「それは――……」

私の言葉に最初は困惑したような表情を浮かべていたが、意を決したように口を開いた。

「……僕はずっとお父様に疎まれていると思っていました」
「お前をどうして疎む必要がある?お前は、私の息子だぞ」
「……だから、僕はお父様にとって邪魔な存在で、愛されていないのだと思っていました」
「子を愛さない親などいるものか」
「……――僕は、愛されていたのですね」

淡々とけれどはっきりというマーク・ウォーカーの言葉が心に響いたのかルークはというとぺたんと座り込んだ。私は座り込んだルークの背中を優しく撫で、その様子を見ているマーク・ウォーカーを見返した。

「次に、マーク様!」
「……――私もあるのか?」
「当たり前です!」

ルークと同じように困惑したように私を見るマーク・ウォーカーに言い放つ。

「マーク様のやることはまどろっこしいです!」
「…………」
「ルークじゃなくても、勘違いするわ」
「…………」
「あと、淡々とした話し方!もっと抑揚をつけてください。余計に冷たそうに感じます」
「おい、余計にとはなんだ?その言いようはないだろう」

そうやって私とマーク・ウォーカーが言い合っていると“くすっ”と笑い声が聞こえた。見ればルークが、口元を覆って笑っているではないか。

「アリアは、本当にすごい」

そして、ルークは口を開いた。

「アリアの言葉はまるで魔法だね」
「え――……?」
「こうやって、お父様の想いを知ることができた」

そういって、ルークはマーク・ウォーカーをちらりと見る。マーク・ウォーカーは、それにゆっくりと頷く。

「それに、『悪魔の子』と言われて、僕は呪われた子なんだと思っていた。だけど、僕は僕なんだって思わせてくれた。全部、アリアのおかげだ」
「それに、魔力が高いなんて羨ましいわ。私なんて、魔力ゼロで使えないのだから」

私がおどけるように言えば、ルークは真剣な表情を浮かべた。

「ルーク――……?」

その深紅の瞳を見返せば

「だったら、“今度”は僕が守るよ――……」

まるで決意するように私を見て誓うように告げる。その瞳はどこまでも澄んでいる。

「……――っ」

引き込まれそうなその深紅に息を飲めば、

「え!?」

ばたんとそのままルークは私の膝の上に倒れた。

「どうしたの!?」

少し強くゆすってみても、起きる気配がない。どうしたんだと焦っていると

「気を失っているだけだ」

静かな声が下りてきた。見ればマーク・ウォーカーがいつの間にかすぐ目の前に立っていた。
そして、“まったく……”とゆっくりと息を吐く。

「魔力の使い過ぎだ」
「……大丈夫なんですか?」

心配になり尋ねれば、“ゆっくり休んでいれば魔力は回復する”と言われた。そう言われて、ほっと胸を撫でおろす。

「キミにはいろいろと迷惑をかけた」

“すまない”と頭を下げるマーク・ウォーカー。

「顔を上げてください」
「しかし――……」
「ルークとマーク様が和解できたのなら、いいのです」

両手をひらひらと振れば、“キミは優しいのだな”とマーク・ウォーカーは目を細めて、軽々と気絶しているルークを抱える。

「キミはルナに……死んだルークの母によく似ている」
「え――……?」
「愚直で、真っすぐで……、それでいて……芯の通っている」

懐かしそうに目を細めるマーク・ウォーカー。

「だからだろうか、ルークはどうやらキミのことを好ましく思っているらしい」
「……――好ましく?」

あぁ、いいお友達ということか。一人納得していれば

「その顔、わかってなさそうだな。さっきのルークの言葉でわからないとは――……」

そういってマーク・ウォーカーにくすりと笑う。

「そういうところもルナに似ている」
「……どういう意味ですの?」

はて、どういうことだとただただ首をかしげる私に

「これからも、息子を……ルークを頼む」

不器用な父親はそういって柔らかく笑った。それは、初めて教会に会った時に見た“ルーク”とよく似た笑みだった。

いつの間にか砂埃はなく、辺りはすっかり晴れていた。

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