とある腐女子が乙女ゲームの当て馬役に転生してしまった話

九条りりあ

決着がついたようです





♢ ♢ ♢


「まだ続けるおつもりですか?」
「……くっ!」

本当に、一瞬だった。思わず「すごい!」と両手を握りしめる。

ハース・ルイスが剣を構え駆け込んだ瞬間、レイリーが発動させた風の魔法がハース・ルイスを襲う……かに思えたが、防御魔法を発動させるまでもなく軽々と避け、ハース・ルイスは涼しい顔をして、そのままレイリーの元へ。その切っ先はすでにレイリーの首元へ向いていた。

「投降しなさい。もう、貴方は何もできません」
「…………」

にこやかに切っ先を向けるハース・ルイスとは対照的にレイリーは強張った表情を浮かべている。

「なぜだ……?」

どうにか声を絞り出すよういうレイリー。

「『英明のナイト』とまで言われ、この国を守っていく貴方があの化け物を守るようなことをなさるのですか……?」
「別に、ルーク・ウォーカーを守ったつもりはありませんよ」
「……では、今からでもその切っ先をルーク・ウォーカーに向けるべきです」

先ほどまでの威勢が嘘のように消え、震える声でそういうレイリーに対して

「私は、アリアが守ろうとした者を守っただけですよ」

ハース・ルイスは表情を変えることなくそう言い切った。

「それに先ほども言いましたよね。アリアを傷つけた貴方を私は許せないと」


表情は微笑みを湛えているもののその碧眼の瞳の奥が怪しげに揺らめいている。

「アリアを傷つけた代償では生温いですが、その折れた短剣でこの場を収めるといっているのです」
「……っ……」
「さて、投降してください。私はこれ以上、続けてもいいですが、アリアに醜いものを見せたくないので」

心なしか剣の光が淡く光り輝いて見え、レイリーはごくりと息を飲み

「……――わかりました」

やがてうなだれるようにそう口にした。

「申し訳ありませんが、あなたを拘束させてもらいます」

ハース・ルイスが『Retenue』と唱えるや否やレイリーの両腕はひも状に伸びた黄金色の光で囲まれた。

「……――よかった」

固唾を飲んで二人の様子を見ていた私は、はぁと息を吐いた。

「これで、心配はありません。あとは、私に任せてください」

私を安心させるようにハース・ルイスは笑う。その笑顔を見て、安堵。ハース様に怪我がなくて、本当によかった。

拘束されたレイリーに近づいていくハース・ルイスを見ながら、何か大事な何かを忘れているような……と思ったところで、はっと気が付く。

「ダーク!!」

辺りを見渡して、名前を呼んだその人は力なく座り込んでいた。名前を呼べば、ダークは「アリア……」と消え入りそうな声で私の名前を呼んだ。

「ダーク、怪我はない?」

近寄って声をかければ

「アリアこそ、ごめん」

レイリーの短剣で無造作に切られた私の髪を見て申し訳なさそうな表情を浮かべるダーク。

「こんなもの、また伸ばせばいいだけよ」

そういって、切られた髪に触れ、髪をかき上げた瞬間、その手の甲に何かが当たった。手の甲を見れば

「砂――……?」

砂が付着していた。なんで砂が?そう思い、上を見上げた時には遅かった。

同時に「しまった……!!」というハース・ルイスの声が聞こえ、その瞬間近くに建ってあった柱がぐらりと倒れるのが視野の端を掠めた。ゴゴ―と鈍い音とともに

「アリア―――!!」

切羽詰まったハース・ルイスの言葉が聞こえ、衝撃に備え、思わず目を閉じた。


♢ ♢ ♢


「……―――あれ?」

いくら待ってみても衝撃もなければ痛みもない。恐る恐る目を開けば、少し動けば触れる距離に、深紅の瞳と目が合う。

「……――ダーク?」


その瞳からは、透明の雫が流れ落ちていた。ダークは、瓦礫から私を庇うように、私の上に覆いかぶさっていた。風の魔法で、落ちてくる瓦礫を払ってくれる。“彼”を中心に、ドーム状に風が周りを囲っているようだ。

「僕に、温かさなんて、知らなかったのに……いらなかったのに……」

唇を噛みしめ、“彼”は言う。私の頬に、温かい雫が落ちる。

「アリアのせいだ……」
「…………」

私は、黙って“彼”の目じりを撫でる。とめどなく涙があふれだし、指に雫がつく。

「……アリアに、本当の僕を知られたくなかった……、みんな僕の魔力を知ると、僕の前からいなくなるから……」
「なぜ?魔力を持っていることが悪いの?そんなの、私がいなくなる理由にはならないわ」
「……でも、アリアは、僕が悪魔の子だって言われた時も、顔色一つ変えずに、くだらないって言ってくれた……」
「だって、あなたは、あなただもの。初めて会った時に、言ったでしょう?あなたの容姿は、とても綺麗だって。私、女なのに、見惚れてしまったのよ」
「……アリアが、僕にそういう温かい言葉を…優しい言葉をくれたせいで、僕は昔みたいに一人でいても平気じゃなくなってしまったじゃないか」
「一人で平気な人なんていないわ。そんなものに慣れちゃダメ」
「……暴走するのが怖くて、アリアが傷つけられても助けられないただの魔力の化け物なのに?」
「そんなことないわ」
「……なんで、言い切れるの?」

そう尋ねてくる“彼”の声は、かすかに震えていた。

「だって、あなたは……、“ルーク”は、こんなにも、優しいもの」

彼の本当の名を呼ぶと、大きく目を見張る。そんな彼に私は微笑んで、目じりを撫でていた手を止めて、彼の頬に手を添える。

「……それに、ルークが優しくて、素敵だと思ったから、今日、また会いに来たのよ」
「…………」
「それに…、魔法は傷つけるだけじゃないでしょ」
「…………」
「現に、ルークは今、その魔法を使って、私を守ってくれているじゃない」

黙り込んでいる彼に、私がそう言えば、彼は黙って彼の頬に添えてある手に自分の手を添えて、目を閉じる。まるで、何か決意をするように。そして、やがて、ある言葉を口にした。

「……ありがとう」と。

その刹那、教会にギギィーと重々しい音が響き渡った。

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