「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

135 完全である必要はない、それなりでいい

 




 一度でも接点を持ってしまえば、それから逃れることはできない。
 その理屈から考えれば、おそらく全ての始まりは、フラムとカムヤグイサマとの戦いが発端だったのだろう。
 だが最大の原因は、現在の・・・ジーンと会話を交わしたことに違いない。
 元より特殊な状態だった彼女は、わずかな接触からパスが形成されてしまい、そこから濁流のように流し込まれてしまったのだ。
 オリジンとの長きに渡る闘争が終わり、心に余裕――もとい隙間が出来ていたがゆえ、余計にやりやすかったに違いない。

 心配するようなことではない。
 いわゆる帰巣本能というやつである。
 空いている場所があるから、するりと潜り込む。
 その際、多少の頭痛などの副作用が生じる可能性はあるが、身体に影響を及ぼすものではない。
 あるべき場所に戻るだけのこと。
 あるいはそれを害だと感じる者もいるかもしれないが、フラムの場合は何ら問題は無いのだ。

『すごかった、です。想像以上だった』

 確かそれは、胸の話だ。
 彼女の胸を触ったときの――決していかがわしい意味ではなく、少なくともそのときはまだ、半分ぐらいは興味本位で。

『はっはっはっはー! 楽しいでしょ? もっと笑え笑えー!』

 確かこれは、二人で遊園地に遊びにいったときの思い出だ。
 なかなか笑わない彼女をどうにかして楽しませようと、必死だった。

『空……綺麗だね。明るい街じゃなかなか見れないよ。でも……負けないぐらいXXXXXも綺麗』

 ある日の夜、岬にある灯台に登った。
 その頃にはすでに世界は死につつあったから、空の星が見たこと無いぐらい綺麗だったことを覚えている。

『あ……あぁ……どうして……どうしてっ!? なんで私じゃなくてあなたなのっ!? お父さんも、お母さんも死んで……みんな、いなくなって……私には、もう……XXXXXしか……ああぁぁああああああああ!』

 嘆き。
 喉が涸れて、血の匂いがするまで叫び続けた。
 怒りと、悲しみと、怨嗟と、愛情と。
 冷たくなっていく体を抱き締めて。
 けれどどれだけ叫んだって、届かない。
 あいつは、天上でニタニタと笑っていた。

『適性? そんなのどうだっていい。復讐ができるの? ちっぽけな私にも、できることがあるの? なら……使って、私の体を』

 捻れる。
 捻れる。
 捻れる。
 時計回りとは逆に。
 体が、中身が、意識が、心が、魂が。
 私はいつの間にか、アレを破壊するだけの道具へと成り果てていった。

『あーあ……痛かったのに、苦しかったのに、無駄だったじゃん。ぜんぜん、届かないじゃん』

 物語は悲劇で幕を閉じる。
 悪役の高笑いが響き、空には無数の核ミサイルが飛び交い、地上には殺戮兵器と化したロボットが闊歩する。
 そんな、終わった世界。
 結局、先に死ぬつもりだった彼女は、一人生き残ってしまった。
 だけどそれもじきに終わる。

『今度会えたら……絶対に、ちゃんと、“愛してる”って言うからね』

 もう、逃げるつもりも無かった。
 視界が光に埋め尽くされる。
 体が熱に溶かされる。
 不快な笑い声が――耳にではなく、魂に、無限回転する機械仕掛けの神から、響いてくるような気がしていた。



 ◇◇◇



「……また似たような夢だ」

 目を覚ましたフラムは、ぼそりと呟いた。
 隣では裸のミルキットが寝ている。
 フラムは彼女の方を見ると、その髪に触れる。

「今日も同じ夢を見てるのかな……ミルキット」

 以前はそうだった。
 全然知らない世界で、フラムとミルキットと似た誰かが出会い、そして恋には至らないものの関係を深めていく。
 そんな、夢のような、夢でないような、夢。
 フラムとミルキットは、そんな全く同じ夢を、すでに一度共有したことがあったのだ。

「んー……何なんだろ、これ」

 先日、ジーンと話したときにも似たような光景を見た気がする。
 最初こそミルキットと同じ夢を見られることを素直に喜んでいたが、どうにも引っかかる部分が多かった。
 果たして、これは本当に夢なのだろうか。

『大丈夫、もう世界は終わらないよ』

 時折聞こえてくる声は、本当に幻聴なのだろうか。
 せっかく幸せな毎日を送れているのだから、謎を謎のまま放置して、もやもやするのは避けたい。
 しかし謎を探ろうにも、手がかりがこれっぽっちも見つからない。
 フラムはとりあえずミルキットの寝顔と向き合って、その可愛さで胸のもやっと感を誤魔化すことにした。

「……んふふ」

 本当に見ているだけで他のことがどうでもよくなってくるのから、恋とは、愛とは恐ろしいものである。



 ◇◇◇



 その日、フラムたちはシートゥムに招かれ、北区にある魔王城に向かった。
 ……間違いではない、紛れもなくそれは魔王城なのである。
 もっとも、セレイドにあったもののように禍々しい見た目はしていないし、王城より大きいということもない。
 魔王城と王城が並ぶ光景は、人と魔族が手を取り合い共存していくための、一種のシンボルでもあった。

「お待ちしてましたよ、みなさんっ」

 城のエントランスでフラムたちを迎えたのは、エプロンを纏ったシートゥムであった。
 相変わらずの生活感である。
 しかし初対面のときと異なり堂々とその姿で出てきたということは、もはや吹っ切ったということなのだろう。
 もっとも、さすがに城の中に洗濯物が干されている様子は無いが。

「さあさあこちらへどうぞ、食事会の準備はもう出来ています。兄さんや他の人たちも待っていますから」
「シートゥムちゃん、私たちポルターガイスト現象の原因を探ってほしいって言われて来たんだけど……」

 それは今日の朝、家にやってきた一人の魔族が発端であった。

 玄関をあけたフラムの前に現れたのは、ツァイオンの友人であり、同時にディーザの血を引く魔族――トーロスだ。
 彼は現在、シートゥムとツァイオンの側近を勤めながら、人の世界で魔族が生きていくための支援をする仕事をしているらしい。
 彼にも色々あったようだが、今ではわだかまりも全て消え、家族と仲良くやっているそうだ。
 そんなトーロスが、なぜフラムの家にやってきたのか。
 彼は、シートゥムから託されたという一通の手紙を差し出した。
 中身を簡単にまとめると――

『魔王城でポルターガイスト現象が起きるようになってしまいました、魔族の力でもその正体を暴くことはできません。フラムさんの力でどうにか解決できないでしょうか』

 とのこと。
 さらにトーロスは補足して、

『特にフラムさんが使っていたアビスメイルの周りで起きやすいみたいなんです』

 と言った。
 リートゥスはすでに成仏しているし、となると、あの鎧に込められた呪いが原因である可能性が高い。
 そこで、フラムに白羽の矢が立ったというわけである。

 だというのに――呼び出したシートゥムは、なぜか食事会をやる気満々であった。
 エプロンを纏っているということは、おそらく彼女の作った料理が並んでいるのだろう。
 当然、フラムと共にやってきたミルキット、キリル、エターナ、インクも解せない様子である。

「ポルターガイストが起きるのは決まって深夜なんです。ですから、それまではご飯でも食べて、部屋でゆっくり休んで、英気を養ってください」

 にっこりと笑ってそう言われると、頷くしかない。

(もしかしてポルターガイストって、私たちを呼び出す口実だったんじゃ……いや、でもそんなことしなくても、呼ばれたら行くんだけどな)

 釈然としないまま、シートゥムに案内され広間に向かう一行。
 途中で見かけた魔族の中には、ツァイオンとネイガスの友人であるセイレル、トーロスの妹であるレーリスなど、見知った顔も何人か混ざっている。
 そして食事会の会場である広間には、すでにセーラとネイガスが待機していた。
 セーラは二人の魔族の少女と談笑していたようだが、フラムたちの姿を見ると、少女たちは頭を下げて広間から出ていった。

「あれって……えっと、ミナリィアと、クーシェナだっけ」
「今はこの街で暮らしてるんですよ」
「へぇ……体の傷とか、すっかりよくなったんだね」
「セーラさんが治療していたようですから」

 そして今は、セーラと友人関係にあるそうだ。
 4年という月日は、体だけでなく、彼女たちの心の傷も癒やしていた。
 だがそこには、二人の面倒を見ていたトファノおばあさんの力があったことを忘れてはならない。
 彼女はミナリィアとクーシェナが預けられたヴォーラーという集落に残っているが、定期的にこの城にも顔を見せるそうだ。

「よく来てくれたな」
「ツァイオン、すっかり王様らしくなったね」
「外見だけはな」

 スロウにしてもそうだが、王冠を頭に乗せてマントを羽織ると、それだけで王様っぽくなるものである。
 それでもちゃっかり襟を立てているあたりは、さすがツァイオンと言ったところか。

「ずいぶんと気合の入った夕食だと思ったら、おねーさんたちも呼ばれてたんすね」

 セーラとネイガスもフラムに歩み寄ってくる。

「じゃあセーラちゃんたちも、怪奇現象を解決するために?」

 確かに光魔法を使うセーラなら、幽霊退治にはうってつけの人材だ。
 もっとも、相手が幽霊かどうかも定かではないが。

「何のことっすか? おらとネイガスは、よくここでご飯を食べてるっすから、いつも通り来ただけっすよ。ねえ、ネイガス?」
「ええ、私と愛し合っているセーラちゃんは実質魔王ファミリーのようなものだもの」

 つまり、ポルターガイストを止めるために呼ばれたわけではない、と。
 ここに来た理由が違うのはともかく、頻繁に魔王城を訪れている彼女たちが現象を知らないのはおかしくはないだろうか。

「やっぱりこれは、フラムじゃないと解決できない問題なんだね」
「そう、フラムレベルにならないと原因を掴むことすらできない」

 一方で、キリルや、いつもは鋭いエターナは、なぜかそのことを疑問に思っていない様子。
 そしてインクはなぜかフラムから顔をそらして肩を震わせ、ミルキットは若干気まずそうにうつむいている。

(ほほう……こやつら、何か企んでいるな?)

 やはりポルターガイスト現象は、フラムをここに呼び出すための口実に過ぎないらしい。
 だが、何のためにそこまで回りくどい真似を?
 フラムはまだ、その意図を読めないでいた。

「ほらほらフラムさん、こんな素敵な料理の前で立ち話なんてもったいないですよ。まずは座ってからにしましょう」

 シートゥムに促され、フラムたちは椅子に腰掛ける。

「自分で素敵な料理とか言うのかよ……」

 迷いなき自画自賛に、ツァイオンがぼそりと呟いた。
 しかしシートゥムの地獄耳には、しっかり聞こえていたようだ。

「それだけ自信作なんですー! 兄さんだって絶対に美味しいって言うはずですから!」
「断言されると言いたくなくなるな」
「それでも言います。他の人が誰も言わなかったとしても兄さんだけは絶対に言います」
「なんでだよ」
「あ……愛がっ、ち、ち、調味料として入っているからです!」
「そこまで恥ずかしがるなら言うなって」

 二人の喧嘩はいつものことだが、オチに新婚らしさがにじみ出る。
 ぶっきらぼうに返すツァイオンも、なんだかんだで顔が赤くなっていた。

「私たちもいるのに、見せつけてくれるよね」

 ニヤニヤと笑いながら眺めるフラム。
 だがそんな彼女の、自分を棚に上げた発言を周囲が放っておくわけもなく――

「……それ、フラムが言えたセリフ?」
「フラムたちのおかげで慣れてるから普通に見られるね」
「肉体的な接触が無いだけ大人しい方だと思うなっ」

 まずはすかさず、三人分の突っ込みが入る。

「う……」

 たじろぐフラム。

「むしろフラムちゃんのおかげで、公衆の面前でいちゃついても許されるみたいな風潮があるわよね」
「さすが世界を救った英雄っす」

 さらに追加で二人分が彼女の胸に突き刺さる。
 無論、反論の言葉などあるはずもない。

「うぅ……」

 うなだれ落ち込むフラムを、ミルキットは寄り添い慰めるのだった。



 ◇◇◇



 食事会は楽しく美味しく過ぎていき、フラムたちは今日泊まる予定の部屋に案内された。
 もちろんフラムはミルキットとの二人部屋。
 シートゥムは案内を終え去っていく際、笑顔で『お布団は汚しても大丈夫ですからね』と言い残していったが、そんなつもりはない。おそらく。
 そもそも、落ち着いて眠る時間など無いはずなのだ。
 今日の目的は、あくまでポルターガイスト現象を鎮めることにあるのだから。

 時刻は午前2時。
 一度仮眠を取ったフラムはベッドを抜け、目を覚ましてしまったミルキットに「行ってくるね」とキスをして、部屋を出た。
 廊下で待っていたのはネイガスだ。
 彼女に案内されシートゥムとツァイオンの部屋に連れて行かれたフラムは、そこでルール説明・・・・・を受ける。
 夫婦の部屋はシートゥムの趣味である淡い桃色の家具と、ツァイオンの趣味である赤色が混ざり合って、まだ“慣れていない”雰囲気だった。
 だがキングサイズのベッドには枕が二つ並んでいたり、寝間着はどことなくペアルックぽかったりと、ちゃんとそれらしいこともしているようだ。
 フラムがおそろいの格好を見て微笑むと、気づいたシートゥムの頬がほんのり紅潮した。

「おほんっ……アビスメイルが置いてあるのは、この部屋とはちょうど真逆にある倉庫です」
「そこに様子を見に行けばいいの?」
「はい。だいたいいつものこの時間に、何が音がしたり、勝手に物が動いたりすると、見回りをしている方が言ってましたから」
「ふーん……それって、人に危害を加えたりとかはしないんだ」
「今のところ怪我人はいねえな。でもいつそうなるかはわかんねえ、できるだけ早く解決したいんだ」
「なんだったら、あの鎧、うちで預かろうか? 私だったら呪われても装備できるし、エピック装備だから仕舞っておくことも……」
「いえいえそれはっ、ご迷惑でしょうから!」

 そうでもないのだが――なぜかシートゥムは必死で拒絶した。
 やはり怪しい……というか完全にクロだ。
 だがここまで準備してくれたのだから、乗っからなければ失礼である。

「わかった、じゃあぱぱっと見てくるね」

 説明を終え、立ち上がるフラム。

「私がそこまで連れていくわ、ついてきて」

 話を聞いただけでは場所がいまいちピンと来なかったが、ネイガスがついてくるのなら安心だ。
 まあ、明るいうちに部屋の場所を教えておいてくれれば何ら問題は無かったのだが、そこも含めて演出ということだろう。

 部屋を出ると、廊下はなぜか暗くなっていた。
 ネイガスは用意周到に手に持ったランプであたりを照らす。
 とはいえ、真っ暗な城の廊下にランプの明かりだけ、というのは非常に不気味である。

「なんでわざわざランプなんて使ってるんです?」

 指摘を受けて、ネイガスはわざとらしく壁にある明かりのスイッチに手を伸ばす。

「おかしいわね、点かないわ。もしかするとこれも怪奇現象のうちの……!」
「順番間違えたんですね」
「……フラムちゃん、これは怪奇現象よ!」
「間違えたんですよね!?」

 頑なに認めないネイガスであった。
 フラムは確信する、彼女は演技には向かない人間だと。
 結局、ネイガスは怪奇現象でそれをゴリ押し、ランプ片手に先導し歩く。
 長い廊下に、二人の足音だけがカツ、カツ、カツ、と不気味に響いていた。

「なーんか肝試しみたいですね」
「私、意外とこういうの苦手なのよね……」
「本当に意外ですね」

 だったらなぜこの役割を引き受けたのか。
 つくづく配役ミスである。
 するとそのとき、二人の真横にある額縁がガタッ! と音を立てて傾いた。

「ひゃぁっ!?」

 驚き尻もちをつくネイガス。
 冷静に観察するフラム。
 もはやどっちが仕掛け人かわからない有様だ。

「大丈夫ですか、ネイガスさん。なんだったら私が前を行きましょうか?」
「い、いえ……さすがにそれはまずいわ。頼まれた手前、ちゃんとやり遂げないと」

 もはや隠す気ゼロだ。
 フラムは苦笑いしながら、立ち上がろうとする彼女に手を差し伸べた。

「前から苦手だったんですか? こういうの」
「いや……前はシートゥムが驚いてるのを笑うぐらい平気だったわ。オリジンとの戦いの後からよ。あいつら、暗い場所からいきなり出てくるじゃない?」
「キマイラですか」
「そう、あとそれ以外も。廃棄された研究所で出会った実験体とか、地味にトラウマになってるのよ」

 フラムにもそれはわかるような気がした。
 今でも暗くて見えない廊下の奥から、誰かの顔をした化物が姿を現すのではないかと思うことがある。
 倒すだけの力はある。
 だがそれと、化物が怖いかどうかは別の問題だ。

「セーラちゃんは平気なんですかね」
「あの子もよく夢でうなされてたりするわよ」
「……4年経っても、ですか」
「そう簡単にはね。ああ、でも大丈夫よ、抱きしめると楽になるみたいだから」

 セーラとネイガスは、二人きりで数ヶ月間旅をしてきた。
 その間、何度もネイガスに守られてきたのだろう。
 セーラが彼女に抱く信頼感は、睡眠中の無意識下でも影響を及ぼすほどになっていた。

「一緒に寝てるんですね」
「それはそうよ、だって同棲してるのよ?」
「大聖堂の近くって言ってましたっけ。なんかセーラちゃんとネイガスさんの同棲ってあんまり想像できません」
「そうかしら、ちゃんと家事も分担してうまくやってるわよ。あー……でも、あのセーラちゃんの姿は私しか見てないかもしれないわね」
「二人きりだと違うんですか?」
「それはもう、ぜんぜ……うひぃっ!?」

 台の上に置かれていた壺が床に落ちた。
 だが気を使ってか、当たる直前に減速し、ふわりと着地する。

「優しいポルターガイストですね……」
「もう何のためにやってるのかわからなくなってきたわ……」

 それを一番言いたいのはフラムの方だ。
 気を取り直し、前進を再開する。

「それで、うちでのセーラちゃんだけどね、それはもう甘えん坊なのよ。表情から体の動きから全て、二人になると絶対に表では見せられない状態になるわ」
「しっかりしてて、割とネイガスさんと仲良く喧嘩してるイメージですけど」
「あー、もうぜんぜん違うわね。あれは完全に仮の姿だわ。フラムちゃんにもわかりやすく言うと、ミルキットちゃんの甘え方をちょっと幼くした感じ?」
「ミルキット並ですか……それはすさまじいですね」
「まあ、あんな顔されたら押し倒すしかないわよね」
「わかります」

 腕を組み、深く頷くフラム。
 ネイガスも一緒に首を縦に振った。

「私が言うのもどうかと思うんだけど……かなり、愛されてると思うわ」
「それは間違いないと思います。普段のセーラちゃんからも、ネイガスさんへの気持ちが溢れてますもん」
「やっぱりわかる!? 私もね、付き合いだしてから1年ぐらい経った頃だったかな……他の人がいるときの素直じゃないセーラちゃんからも、実はすっごい好き好きオーラみたいなのが溢れてるって気づいたのよ!」
「日常の何気ない動作から、ですね」
「そう、そうよ! んでそれに気づいたら私の方も愛情が溢れるっていうか、胸がきゅうぅぅぅんっ! ってするようになっちゃって……今はもうすっかりセーラちゃんの虜だわ」
「元からじゃないですか」
「前よりもっとよ」
「ははは、幸せそうですね」
「もちろん! 忙しいけど超幸せよ。あなたたちにも負けないぐらいにね」

 フラムは少し心配だったのだ。
 教会に変わる新たな組織を作り、人と魔族という異なる種族同士で結ばれたセーラとネイガス。
 どんなに二人が愛し合っていても、障害は必ず立ちふさがって、彼女たちの道を妨げてくるはずだ。
 しかし――不要な心配だったようである。

「うひゃあっ!?」

 そんなものは関係ないぐらい、二人の絆は深まっていて、

「んひっ!? な、なんで私の近くで驚かすのよぉっ!」

 いかなる障害物が現れようとも、

「ちょ、ちょっと、あっちでしょ、あっちを驚かすって――」

 想いの力は、それを容易く打ち砕くはずだ。

「だからなんで私ばっかりなのよぉぉぉぉっ!」
「たぶん、ネイガスさんが面白いように驚いてくれるからだと思いますよ」
「フラムちゃんを驚かすのが今回の主旨だったはずなのに……」

 すでに涙目のネイガスさん。
 そんなとき、私たちの前に一枚の紙が現れた。
 不思議なことにそれは浮き上がっており、まるで壁に貼り付けられたような状態になっている。

「ここから先は一人しか通しませんよ……って血文字風に書いてありますね」

 割と頑張って書いてあるが、どこからどう見てもペンによるものだ。

「どうやら私に案内できるのはここまでみたいね」

 急に演技がかった喋り方をしだすネイガス。
 おそらく台本通りの展開なのだろう。

「ここからは、あなたに託すわ」

 そう言ってランプを手渡す。

「ふぅ……」

 そしてやりきった感に溢れたため息。

「ちなみこれ、誰が発案したんですか?」
「言ったらネタバレになっちゃうじゃない、行けばわかるわよ」
「もはやポルターガイストもへったくれもないですね……」
「そんなの首謀者が私の方を驚かし始めた時点で崩壊してるわ! とにかく、私は部屋に戻ってセーラちゃんに癒やしてもらうから、あとは一人で頑張って。じゃっ!」

 ネイガスはフラムに親指を立てると、そのまま暗闇の中に消えていった。
 遠くから「痛っ!? あ、やば、ランプ無いと真っ暗じゃないのここ!」という声が聞こえてきたが、まあ、普段から見慣れた場所なので、どうにか部屋まではたどり着けるだろう。

「さて、と。何が待ってるのやら……」

 一人になったフラムは、ランプで前を照らしながら目的地へ進んだ。
 アビスメイルが置いてある倉庫は、もう目の前だ。
 扉の手前で立ち止まると、早くも中では異変が発生しているようだった。
 カタカタと何かが震え、ガタンッと金属の塊が落ち、オォォォォ――と亡霊を思わせる声が響く。
 何も知らずにここに連れてこられたら、フラムでも怯えていたかもしれない。

「幽霊とかどうやって倒せばいいかわかんないもんなぁ。あ、神喰らいで斬っちゃえばいいのか」

 呪いの塊であるあの刃なら、亡霊ぐらい両断できるかもしれない。
 それができなくても、反転の力を強引に行使すれば、この世にフラムが消滅させられない物など存在しないのだろうが。

「おじゃましまーす」

 扉を開く。
 するとその瞬間、中から聞こえていた音はぴたりと止まった。

「逆に静かな方が不気味だ……」

 室内には、アビスメイル以外にも鎧を着せられたトルソーがいくつか並んでいた。
 他にも壁には様々な種類の武器が飾られ、大事なアイテムが入っていそうな宝箱や、季節違いの服が入っていると思われる衣装箱が置かれており、まさに物置といった雰囲気である。
 以前の魔王城にあった宝物庫に若干似ているものの、あの場所より生活感がある。

「もしもーし、誰か隠れてるんなら出てきてくださーい」

 正直、フラムはとても眠かった。
 こんな時間に歩かされ、ミルキットは部屋に一人で寂しい思いをしているはずだし、肝試しが目的ならもう終わってしまっていいと思っていたのだ。
 どうせポルターガイスト現象とやらも、シートゥムたちの魔法を使ったいたずらなのだろうから。

「懐かしい……ってほど時間は経ってないんだよね。私、よくこんな派手な……っていうかかっこつけた鎧を付けて戦えてたよね」

 アビスメイルの前まで移動したフラムは、しみじみと言った。
 だが近づいてみても、鎧からは以前のような呪いの力は感じられない。
 試しにスキャンを使い、性能を確かめる。



 --------------------

 名称:鬼哭啾々のアビスメイル
 品質:エピック

[この装備はあなたの筋力を345減少させる]
[この装備はあなたの魔力を571減少させる]
[この装痞はあなたの体力を482減少させる]
[この装備はあなたの敏捷を406減少させる]
[この装備はあなたの感覚を559減少させる]
[お久しぶりです、お元気でしたか?]

 --------------------



「うわー、やっぱかなり呪いの力は弱まって……って、ん?」

 最後の一文が、明らかにおかしかった。

「お久しぶり……?」

 フラムは念の為、もう一度スキャンをかけなおし、確認する。



 --------------------

 名称:鬼哭啾々のアビスメイル
 品質:エピック

[この装備はあなたの筋力を345減少させる]
[この装備はあなたの魔力を571減少させる]
[この装痞はあなたの体力を482減少させる]
[この装備はあなたの敏捷を406減少させる]
[この装備はあなたの感覚を559減少させる]
[ここに来るまでの間、もう少し驚いてくれてもよかったんじゃないですか?]

 --------------------



「……変わってる」

 エンチャントの表記は、そう簡単に変えられるものではない。
 だが4年間の間に、スキャンを使ったときに任意の文章を表示するような魔法が生み出された可能性もある。
 フラムは周囲を見回す。
 しかし――魔法を使われた感じもしないし、近くには人の気配もしない。
 どんなに息を殺そうとも、今のフラムの感覚から逃げられる生物は存在しないはずである。

「自動発動式の魔法を仕込んであった……?」
[違いますよ]
「即答されてしまった」
[だって見てますし。私が誰なのかもうわかっているのではないですか?]
「いや、その可能性を考えなかったわけじゃないけど、だって、ほら……」

 フラムは頬を引きつらせながら言った。

「台無しじゃないですか、色々と」
[色々?]
「恨みを晴らして感動的に逝った雰囲気出してましたし、というか戻ってこれるならキリルちゃんとの戦いにちょっとぐらい参加してくれてもよかったんじゃない? って思わないこともないですし」
[冷静に考えたら、シートゥムにも会ってないのに成仏できるわけないと思って、頑張って戻ってきたら終わってたんです]
「頑張って戻れるものなんですか!?」

 無論、普通は不可能である。
 だが依代としていたアビスメイルがその場所にあったこと、そして彼女・・自身が、死後も長時間現世に留まっていたため、そういったことが出来てしまったのだろうと思われる。
 当然、普通の死者にできることではない。

「もうスキャンで会話するのも何ですし、出てきちゃっていいですよ」
[誰だかわかったんですか?]

 答えるまでも無いとフラムは思っていたのだが、どうしても彼女は名前を呼んでもらいたいらしい。

「とっくにわかってますよ、リートゥスさん」

 フラムがその名を呼ぶと、アビスメイルの中から煙のように白い影が浮き上がる。
 それは次第に人の形へと変わっていき、髪の長い女性が姿を現した。

「忘れられていたらどうしようかと思いました。お久しぶりです、フラムさん。その節はお世話になりました」

 ぺこりと頭を下げるリートゥス。
 今の彼女からは、悪霊だった頃の邪悪さを感じられない。
 ディーザやオリジンが死に、さらに娘と再会できたことで浄化されたということだろうか。

「こちらこそ戦いを手伝ってくれてありがとうございました」
「私としてはもっとフラムさんにも驚いて欲しかったのですが、うまくいかないものですね。そのまま終わるのもなんなので、ついネイガスを驚かせてしまいました」
「ついって……」
「元はと言えば、あの子たちの演技が下手なのが原因ですから」

 意外と毒舌である。
 悪霊だった頃の影響なのか、あるいは元からそういう人だったのか。

「はぁ……リートゥスさん、こんな愉快なサプライズを仕掛けてくるような人だったんですね。印象が変わりました」
「悪霊だったころとは違いますから」

 元悪霊が、成仏もせずに普通の霊になれるものなのだろうか。
 というか、現世に残れるものなのだろうか。
 この世にはジーンにだって明らかにできない不思議が数多く存在する。
 そのうちの一つだと考えれば――フラムはご都合主義がすぎる気がしないでもなかったが、オリジンが滅びたこの世界なら、それも許されていいはずだ、と思った。

 リートゥスとの会話の最中、天上にぶら下げられたランプが明かりを灯す。
 廊下の方も同じように明るくなったようで、どうやら仕掛け人であるシートゥムたちがネタバラシに来たようだ。
 もっとも、フラムはすでに全てお見通しだが。

「どうでしたか、フラムさん。驚いていただけましたか?」
「いや、驚くっていうか……何かあるんだろうな、っていうのは最初からわかってたし」
「ば、バレてたってことですか!?」
「あれでバレないと思ってる方がどうかしてんだろ……」

 まったくもってツァイオンは正論である。

「お母様とあんなに打ち合わせや練習をしたのに……」
「いいのよシートゥム。本番はうまくいかなくとも、練習だけで私は楽しかったですから」
「……そう、ですね。お母様と一緒に色んなことができるだけで贅沢ですもんねっ」

 リートゥスと再会してからのシートゥムは、すっかりお母さんっ子になってしまったらしい。
 まあ、幼い頃の死んだはずの母が目の前に現れたら、生前仲が良ければ誰だって似たような状態のなるのかもしれないが。
 しかし、そこで困るのはツァイオンである。

「ツァイオンも大変だったでしょ?」
「オレが? あぁ、リートゥス様が――」
「お義母さん」
「か、義母さんが……近くにいて、シートゥムと付き合うのに問題は無かったかってことか?」
「そうだけど……」

 フラムは家庭内のヒエラルキーを一瞬で悟った。
 それはともかく、シートゥムが母とべたべたしていると、彼氏――今は夫になったわけだが――であるツァイオンは、なかなか自由にいちゃいちゃできなくなってしまう。

「リートゥスさん、壁とかすり抜けてくるもんね。鍵をかけても無駄って中々辛いと思う」
「そこまでして踏み込んではこねえよ。とっくに親公認の仲だしな、そこはちゃんと気を使ってくれてたよ」
「そっか、リートゥスさんが生きてた時点でもう仲良かったんだもんね」
「幼馴染ってのは、相手の両親と新しい人間関係を作らなくていいからなぁ、楽っちゃ楽かもしれねえ。つっても、不満がないわけじゃねえけどな」

 遠い目をするツァイオン。

「何が不満なの?」

 フラムの問いに対する答えに、シートゥムとリートゥスも興味津々である。
 言いづらい状況の中で、しかしよほど不満が溜まっていたのか、あえて彼は包み隠さずに悩みを吐き出した。

「孫の顔がみたいって……一日三回ぐらい言われんだよ。オレはそれをどんな気持ちで聞けばいいんだ? どう返事したらいいんだ?」
「兄さん、そんなに悩むことないじゃないですか。『頑張るぜ!』って言えばいいんですよっ」
「母親の目の前で言えるわけねえだろっ!?」
「別に私は、あなたが娘のまだ幼い肢体に欲望を滾らせても気にしませんよ」
「だからそういうとこだよぉぉぉぉ!」

 深夜の魔王城にこだまするツァイオンの嘆き。
 まあ――なにはともあれ、人間の世界で暮らし始めた魔族たちは、それなりにうまくやっているようである。





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