「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

046 混迷

 




 ライナスは、西区で最も高い塔の上に立ち、街を見下ろす。
 高い所が好き――というわけではなく、人探しのために一番楽な方法だからだ。
 西区のガラの悪い連中も、東区のお高く止まった商人も、群れた虫のようにひしめく中央区を歩く人々の顔も、彼を目ならばこの距離で判別することができる。

「さてと、どこに行っちまったんだか」

 彼が探しているのはもちろん、キリルである。
 その後、城内で兵士たちの目撃情報を聞くと、どうやら彼女は、フラムのことを聞いて、ショックのあまり城から飛び出してしまったらしい。
 行き先を知らないかとマリアの部屋も尋ねたが、そちらはそちらで不在だった。
 忙しい身だ、おそらく大聖堂にでも外出しているのだろう。

「しっかし……やけに嫌な風が吹いてるが、何なんだこりゃ」

 空は灰色。
 頬を薙ぐ空気の流れは重たく湿っている。
 だがそれだけではない。
 風に――嗅ぎ慣れた、嫌な匂いが混じっているのだ。

「血は血だが、人間だけじゃない。獣臭いな」

 しかもその“濃さ”からして、数は一匹や二匹程度ではない。
 だが見える範囲では、異変は起こってないようだ。
 つまり日の当たらない“影”で、大量の血が流れている。
 異形の変死体が発見されたり、枢機卿サトゥーキ周辺が妙にきな臭かったり、どうにも最近の王都は雲行きが怪しい。
 飛び出したキリルが心配だ。
 その原因であるジーンは部屋に引きこもったまま出てこないので、ライナスが彼女を探すしか無い。
 彼はそこから飛び降りると、音もなく地面に着地する。

「正直、俺としてもマリアちゃんで手一杯で、厄介事に首を突っ込む余裕はないんだがな」

 そう言いながらも、平穏とは隔絶された暗闇の中へと、自ら足を踏み入れるのだった。



 ◇◇◇



 一方で、城を飛び出したキリルは、あてもなく王都をさまよっていた。
 ローブのフードを深めに被り、顔を隠しながら歩く。
 彼女は勇者であり、有名人だ。
 姿を晒せば一瞬で正体に気づかれてしまう。
 だからこうして顔を覆うしかなかったし、できるだけ人が少ない道を選んで歩いた。
 しかしどこへ行こうとしているのか、自分でもわからない。

 フラムは自分のせいで奴隷にされてしまった。
 つまり勇者を名乗る資格なんて無い。
 ジーンは苦手だ。
 マリアは化物だった。
 つまりパーティに居場所など無い。
 かと言って故郷に逃げ帰っても、キリルが勇者になったことを大喜びしてくれた村の人々を裏切ることになる。

 どんなに探しても、行き場所は見つからないのだ。
 ゆえに、今の彼女が心安らぐ場所は、路地を入り込んだ場所にある、誰もいない薄暗くじめじめとした一角ぐらいのもの。
 ドブのような匂いはするし、それでも自分で自分を責めることはやめられなかったが、誰にも会わないと言うのはそれだけで救いだ。
 腰掛け、膝を抱え、瞳を閉じる。
 心の疲れが肉体にも現れているのか、やけに気だるくて、キリルはそのまま眠ってしまいそうになった。

 意識が半分ほど飛んだとき、ザッ、と誰かの足音が聞こえた。
 研ぎ澄まされた感覚が、肉体を半ば強制的に覚醒させる。
 キリルが反射的に顔をあげると、そこには――ローブを纏い、自分と同じように顔を隠した、幼い少女が立っていた。
 隙間から見える髪や肌は白い。
 そしてその両手には、薄汚れた、人の形をしたぬいぐるみが抱きしめられている。
 景色から切り取られたかのように、彼女の存在は浮いていた。
 まともな人間ではない――キリルの直感がそう告げる。
 警戒して身構え、少女を凝視する。
 すると、少女はゆっくりとキリルの方に近づき、座っている地面を指さして言った。

「ここ、わたし、場所」

 発音に特徴があるが、聞き取るのに問題はない。

「えっと……使ってたってこと?」

 少女は頷く。
 キリルは別の場所に座ればいいだけでは? とも思ったが、徐々に少女の頬が膨らみ、機嫌が悪くなりはじめたので、慌てて場所を譲った。
 すると少女はすぐさまそこに座り、膝を抱え、ほっとした表情を浮かべる。
 よほど“定位置”というのが大事らしい。

 追手にしてはあまりに無防備で、敵意が感じられない。
 自然とキリルは警戒を解いていた。
 そもそも、勝手に逃げ出した彼女に対して、追手が差し向けられている――というのは、ただのネガティブな妄想である。
 誰かが探している可能性は考えられるが、追手というほど大したものではない。
 それぐらい、普段のキリルならばわかりそうなものなのだが――あまりにショッキングな出来事が重なりすぎて、彼女の心は不安定になっている。
 馬鹿げた思考は、その証拠とも言える。

「……」

 座ったきり、少女は一言も言葉を発さない。
 ひしゃげるほど強くぬいぐるみを抱きしめながら、ぼーっと地面を眺めている。
 話しかけようかとも思ったが、言葉が見つからなかったので、キリルも黙り込んだ。

「……あなた」

 しばらく沈黙が続くと、少女の方から話しかけてきた。

「どうかしたの?」
「どうして、ここいる? 居場所、ない?」

 彼女の問いは、いきなり核心をついてきた。
 確かに、居場所はない。
 だから、こうしてさまよっている。

「どうしてそう思ったの」

 それを年下の少女に見抜かれたのが恥ずかしかったからか、キリルは少しかっこつけて、低めの声で言った。

「わたし、似てる」
「……あなたも、居場所が無いの?」

 キリルがそう聞き返すと、少女はこくりと頷いた。

「ああ、そっか。だからそんな格好で、こんな薄汚れた場所にいたんだ。私と同じで、誰にも見つからないようにしてたんだね」

 仲間が見つかったことにほっとして、思わず饒舌になる。
 しかし少女は首を横に振った。
 キリルは冷水を浴びせられたように、はっと冷静さを取り戻した。

「それ、違う。わたし、逃げるため、違う」
「じゃあ……何のために?」

 少女の瞳は、キリルと違って死んでいない。
 強い意思の炎が宿っていた。
 じっと見ていると、吸い込まれそうなほど純粋で、綺麗で、力がある。

「マザー、恩返しする。消えるつもり、ない。生きた印を、ここに、刻む」

 母親への恩返し。
 キリルは少女の言葉をそう受け取った。
 居場所がなくても、未来が見つからなくても、やれることをやる。
 小さな少女すら、そんな前向きな勇気を持っているというのに、なぜ勇者と呼ばれた自分は、逃げ出し、こんな場所でうじうじしているのか。
 恩返しも、罪滅ぼしもせずに、逃げることばかり考えてしまうのか。
 自問し、自責し、そしてまた自分を追い詰める悪循環。
 それを必死に振り払っても、今度はあの――化物となったマリアの、あまりにおぞましい肉の渦の記憶が再生される。

 手のひらに汗がにじみ、呼吸が早くなる。
 あらゆる精神的な逃げ場が封じられ、もはや物理的に王都を離れる以外の選択肢が無い。
 しかし王都を離れても、帰るべき場所は無い。
 少女の決意は素晴らしいと思うし、賞賛に値する、キリルもそうあるべきだ。
 しかし――今の彼女は、理想の存在を認識しながらも、努力をしてまでその域にたどり着きたいとは思わなかった。
 逃げ続けたい。
 苦痛のないどこかの世界に行ってしまいたい。
 なんなら、自分が消えたっていい。
 いや、むしろそれが正解なのかもしれない。
 それなら、誰にも迷惑をかけず、自分も楽になれる。

「あなた、ない?」

 少女の率直な問いかけに、キリルは唇を噛む。
 その反応に不思議そうに首を傾げると、追い打ちをかけるように少女は言った。

「ないはず、ない。生きてく、一人、無理。恩、憎しみ、報い、どれか、ある」
「あるよ。あるけど……それ以上に、私は自分が一番悪いと思ってる。だから、何かをしたいとは思わないんだ」
「自分責める、疲れる。無駄。その分、大切な人に尽くす、正しい」

 言われずとも理解している。
 だからと言って、実践できるかどうかは別の問題だ。
 追い詰められた彼女には、奮起するほどの気力が無い。

「キリル・スウィーチカ」

 ふいに名前を呼ばれて、キリルの心臓がどくんと跳ねる。
 名前も教えていないはずなのに、なぜ。

「あなた、消えることで、喜ぶ人、困る人、きっとたくさんいる」
「なんで私の名前を?」
「勇者、とても有名人。知らないわけがない」
「……それも、そっか」
 
 こんな子供にすら知られているのだ、やはりこの王都には逃げ場など無いことは明白だった。

「目的は、先代王の息子に、より多くの人間……」

 少女はキリルに聞こえないほど小さく、自分に言い聞かせるように、ぼそりとつぶやく。
 そして「ふぅ」と軽く息を吐き出した。

「見る?」

 何を――と聞こうとしたキリルだったが、少女がおもむろに立ち上がったので、タイミングを逃す。
 少女は、揺れない瞳で彼女を見下ろした。

「わたしたち、生きた証、刻むところ」

 どうやら彼女は、キリルに“付いてこい”と言っているようだ。
 なぜ出会ったばかりの自分に、少女はそこまでしてくれるのか。
 わからない、わからないが――とにかく今は、何でも良いからしるべが欲しかった。
 悪く言えば、“寄りかかりたかった”のかもしれない。
 相手が自分よりずっと年下だと知っていても、みっともなさを認めた上で、それでもなお。
 キリルは、情けなさに歯を食いしばりつつも、頷く。
 すると、少女は微笑んだようにも見えた。

「ミュート」
「えっ?」
「わたし」
「ああ名前か……よろしく、ミュート」
「うん、ほんの少しの間、よろしくキリル」

 そう言って、二人は握手を交わす。
 手のひらが触れ合った瞬間、キリルはぞくりと寒気を感じた。
 何か、普通ではない力が、ミュートの中を巡っているような気がしたのだ。
 しかし、相手は十歳にも満たない女の子だ。
 “考えすぎだ”、そう自分に言い聞かせて、キリルは彼女とともに路地を出た。



 ◇◇◇



 フラムとガディオはチルドレンの研究所から出ると、フラムの家に向かった。
 帰りを待っていたエターナとインクを加えてテーブルを囲み、意見を交わす。
 話に混ざれないミルキットは、フラムの隣に座り、時折減ったお茶を汲むために台所と居間を行き来していた。

「そっか、フウィス……死んじゃったんだ」

 インクは悲しげに言った。
 あまり仲がいいと言える相手ではなかったが、それでも八年間を共に過ごしたのだ。
 情はあるだろう、しかし敵である。
 彼の死を少なからず“嬉しい”と思ってしまったフラムやガディオは、インクにかけられる言葉がなかった。

「どんな子供だった?」

 エターナが優しい声で問いかける。

「卑怯なやつだった、私に対しては回りくどいいたずらばっかしてて。いざとなると、嘘泣きして悪いのは私だって押し付けたりね。でも、マザーの前だとよく甘えてたかな」

 コアさえなければ――いや、コアがあったとしても、非戦闘時の彼らはただの子供だ。
 インクが心臓を得て普通の人間になれたように、他の螺旋の子供たちスパイラルチルドレンだって、その可能性はあったはず。
 ありえたかもしれない、彼らが普通の子供として過ごす未来を想像して、フラムは胸が苦しくなる。
 インクと残りの螺旋の子どもたちスパイラルチルドレンは違う、話が通じる相手ではない。
 そう理解していても、考えずにはいられなかった。

「俺はネクトという少年とやりあったことがあるが、同程度の力を持っているとすると、Sランク冒険者並みの強さがなければ相手は難しいはずだ」
「チルドレンの基地の場所を知っていて、彼らを倒せるほどの力があるとなると、候補はかなり限られる。教会騎士か、王国軍か、あるいは――」
「キマイラ、だな」

 ガディオは憎しみの篭った声で言った。
 殺気にあてられ、ミルキットの喉がごくりと上下する。

「どうして内輪揉めなんてはじめたんでしょうか。私たちがネクロマンシーを台無しにしたから?」
「サトゥーキの演説が関連しているかもしれん。確か、“人体実験はしない”と明言したんだったな。今後もチルドレンの研究を続けるつもりなら、あえて言う必要は無いはずだ」
「キマイラは人間を使わなくても、モンスターさえ使えれば研究は継続できる……露見したときに世間からの批判されるのを避けるため、切り捨てられたってことですか?」
「可能性の一つとしては考えられる。だが……」

 何かを言いかけたガディオの言葉を遮り、インクは悔しそうに言い捨てる。

「そんな理由で殺すなんてひどいよ、今まで教会と一緒にやってきたのに」
「わたしもそう思う。たぶんガディオが言いたいのも同じこと」

 エターナの言葉に、ガディオは頷いた。
 つまり――

「それだけでは、切り捨てるには理由が軽すぎる。まだ別の理由があるはず」

 チルドレンを全員殺すだけの、大きな理由が。

「教会も一枚岩ではない、サトゥーキが二人の枢機卿を粛清したように、対立したいくつかの派閥があると考えるのが自然だ」
「そういえば、研究を管理してた枢機卿――確か、ファーモとか言う人も捕まったんでしたよね」
「ああそうだ、サトゥーキが教会内で力を増しているという証拠だな」

 サトゥーキ・ラナガルキは、王国軍との繋がりも強いと言われている。
 しかも、人魔戦争での勝利は彼の父親の悲願だった。
 そんな彼が万が一、教皇になって権力を握るようなことがあれば――間違いなく、王国は戦争を始めようとするだろう。
 そのときに兵器として運用するため、都合がいいのはキマイラの方であるのは明らかだ。
 ならば不要で、なおかつ対立する勢力に属するチルドレンは――
 
「ってことは、フウィスが殺されたのは、派閥争いが本当の理由だったってこと?」

 インクは沈んだ声で言った。
 どのみち――仮にそれがサトゥーキにとって“大きな理由”だったとしても、当人たちには関係のない話である。

「……死ぬのは、仕方ないと思う。教会がやってきたことは私も知ってるし、私がこうやって生きていられるのは奇跡だってことも、理解してるから。でも、教会に切り捨てられるのは……何か、違うと思う」

 もう自分は螺旋の子どもたちスパイラルチルドレンの一員ではない。
 その自覚はあっても、やはりいざそういう話を聞かされると、何も感じずにはいられないようだ。

「ごめん、話に割り込んじゃって」
「構わない、そういう意見は重要」

 そう言って、エターナはインクの頭をなでた。
 それだけでインクの表情は少しやわらかくなる。

「ありがと……あ、私はもう大丈夫だから、話を続けてよ」

 そう言われても、これ以上彼女の前で話をするのは気が引ける。
 しかし、ここで止めればインクは自分を責めるだろう。
 フラムは軽く咳払いをすると、お腹に力を入れて、話題を元に戻した。

「サトゥーキももちろん気になりますけど、研究所で見つかったのがフウィスだけだったって言うのも気になります。他に血が飛び散ってるような様子も無かったですし」
「残りの三人の子供とマザーがどこに行ったのか、早まらなければいいのだが」
「……みんな、大人しく捕まったりはしないと思うよ。教会か、王国か――どこかしらに、傷跡を残そうとすると思う」
「傷跡か……」

 彼らにとって、憎むべきはサトゥーキ、もしくはキマイラだ。
 しかし、研究所での戦闘でキマイラには敵わないことを知っているはず。
 こんな状況で、サトゥーキ本人がチルドレンに接近を許すとは思えない。
 研究施設襲撃や暗殺の実行自体は可能だろうが、おそらく無駄死にするだけだ。
 子供だけの集まりならともかく、マザーという指揮官がいる以上、そのような愚かな真似はしないはずである。
 だとすれば、彼の次の行動は――難しい顔で、チルドレンが次に打つ一手を予測するガディオ。

「あ、そういえばガディオさん」

 そんなとき、フラムはあのことを思い出し、ポンと手を叩いた。

「うちに変な手紙が届いたんですよ」
「手紙か。誰からだ?」
「差出人は不明です、内容は“あと四日”って書かれてるだけで……エターナさん、持ってきてもらってもいいですか?」
「わかった、待ってて」

 エターナが席を立ち、二階の自室へと向かう。

「いつ届いたんだ?」
「ちょうど今日のお昼ごろですね、インクが音に気づいてくれて」

 ガディオがインクの方を見た。
 視線を感じたのか、彼女は軽く頷く。

「でも、確かにポストには手紙が入ってたんですが……足音がしなかったそうなんです」
「それは本当なのか?」
「間違いないって! ポストに入った音は聞こえたぐらいなんだから」
「つまりわざわざ魔法を使ったということか。悪戯にしても、気味の悪いタイミングだな」
「そうなんですよ。だからひょっとすると、今回の件に関係があるかもしれないと思いまして」

 チルドレンの施設壊滅の時期とも微妙に合致している。
 関係性を示す証拠は何も無いが、フラムも不安は感じていた。
 エターナが降りてきて、「はいこれ」とガディオに手紙を手渡す。
 彼は机の上に紙を広げ、その文字を睨みつけた。

「調べたけど、中身に特別魔法が仕込まれたりはしていなかった。ただ、インクも紙も封筒も、どれも上等なもの」

 インクは、エターナの発した“インク“という言葉にぴくりと反応した。
 しかし自分のことでないと気づくと、すぐに恥ずかしそうに口を真一文字に結んで、少し俯く。
 エターナは彼女の仕草を見て一瞬だけ微笑むと、すぐに真剣な表情に戻って言葉を続けた。

「一般家庭では、わざわざ書きなぐった四文字だけの手紙を出すのにこんなものは使わない」
「じゃあ、これを出したのって……」
「金持ちか、王国か、教会か。そのどれかである可能性が高い」

 どれも、フラムたちに味方をする理由がない人間ばかりだ。
 いや、金持ちならばリーチやウェルシーの可能性も考えられるが、彼らなら手紙など使わずとも、直接言えばいいだけである。
 追い詰められており、手紙でなければ伝えられなかった?
 ありえない話ではない。
 フラムはひとまず、明日にでも二人の元に向かうことを決める。
 だが、それ以外の可能性は――チルドレンの誰かが出した、という説も考えられるが、追い詰められている今は、わざわざ上質な紙を使う余裕なんて無さそうだ。
 それに、敵対するフラムたちにあえて警告を出す理由も無い。

「いくら考えても、現状では特定に至る情報が無いな。しかし無関係と断ずるわけにもいかないな」
「どうせ教会絡みだとは思いますけど、関係のありそうな人に話を聞いてみるしかないですね」
「チルドレンの動向も気になる、どちらにしろ自分の足で王都を歩く必要があるな」

 せっかくダフィズの資料で、今度は“攻める側”に回れたと思ったのだが。
 また状況に翻弄されていることに、フラムは疲れたようにため息をついた。
 すると隣に座っていたミルキットが、見かねてテーブルの下でフラムの手を握る。
 会話には参加できない、戦いにおいても力にはなれない。
 それでも――何かの力になりたい。
 そんな彼女の気持ちが、痛いほど伝わってくる。
 後手だろうが先手だろうが、フラムがやることは変わらない。
 ――何があっても、絶対に守るから。
 そんな決意を込めて、彼女は手を握り返した。



 ◇◇◇



 王国には無数の遺跡が存在する。
 それは人間と魔族が手を取り合ってオリジンに立ち向かった、その名残である。
 ここ王都は、そんな遺跡を拡張する形で作られた都市である。
 最初の頃こそ、遺跡そのものを住居として利用していた。
 だが今はその上に街が作られ、地下の存在を知る者はそう多くない。

 王都北区に存在する王城。
 もちろん、その地下にも遺跡が埋まっていた。
 一階の奥にある厳重に施錠された扉を開き、その先に続く階段を降りる。
 すると、明らかに城とは異なる材質で作られた空間があり――現在そこには、いくつもの“檻”が並んでいた。
 つまり、牢獄として再利用されているのである。

「俺らはいつまでここで見張ってたらいいんだ?」
「エキドナ様が呼びに来るまでだろ」

 そこは法では裁けない、しかし王国や教会にとって都合の悪い人物を捕えておくための場所として使われていた。
 牢の前に立つ、槍を持った二人の兵士は、愚痴っぽく会話を交わす。

「はぁ……あんな“元聖女”なんか、とっとと処分したらいいのにな」
「何か考えがあるんだろ、再利用の目処があるとか」
「……あの有様で、そんなのあるかぁ?」

 そう言って、兵はちらりと鉄格子の向こうを見た。
 視線の先には、地面に横たわり、痙攣したように震えるマリアの姿がある。
 その顔は完全に化物で、全面に広がった赤い肉が蠢きながら、散発的に血を吹き出していた。

「うえぇ……」
「何度かみたことあるだろ」
「あるけどよぉ、元が綺麗な顔してただけにショックがでかいんだよ」

 エキドナの罠にはめられたマリアは、そのあとこの牢屋に入れられた。
 すぐに処分しても良かったが、エキドナがこんな絶好の素材を見逃すわけがない。
 何らかの“実験”に使うつもりで、ここに“保管”しているのだ。
 念のために兵が二人配備されているが、本来、彼女はそれすら必要ないと考えていた。
 なぜならマリアは、すでに人間の意思を失い、ただひたすらに血を吐き出すだけの肉の塊になってしまったからだ。
 また、“キマイラ”用に作られたコアを人間に対して使ったためか、まともに体を動かすことすらできない。
 あとは無抵抗に、エキドナの知的好奇心を満たすためだけの実験に使われ、死ぬ――はずだった。

 ――わたくしは……また……。

 しかし彼女は、他の人間とは違う。
 教皇や国王のように幼少期からお告げを受けて洗脳されたわけでもなく、コアを埋め込まれて後天的にお告げを聞く能力を手に入れたわけでもない。
 オリジンに使徒として選ばれた、数少ない一人なのである。
 そんな彼女を、彼らがみすみす手放すわけがなかった。

 ――また……人間に、裏切られたのですね……ああ、本当に学ばない……。

 人間の意思を失ったようにみえるのは、ただの演技だった。
 モンスター用に改造されたコアに肉体が適応するまでに時間はかかったが、すでに動けるまでに回復している。

 ――全ての命を根絶やしにするまで、死ぬわけにはいかないというのに。

 マリアの憎しみはオリジンと同調する。
 その根源は異なるものではあったが、目的は同じである。
 この世に、命など必要ない。
 人も魔族も、自分を裏切り弄び続ける悪意の塊など、全て滅びてしまえばいい。

 ――オリジン様……ああ、そうですか、次はそのように……でしたら、わたくしも……。

 お告げを受けて、マリアは動き出す。
 兵士たちに気づかれないようにゆっくりと立ち上がり、そして手のひらに渦巻く光を浮かべて。
 彼女はその場で、光の粒子をばらまくように、右手を払った。
 すると高速で粒が打ち出され、触れた場所で破裂。
 ヒュボボボッ、と壁やその向こうに・・・・・・立つ兵士・・・・に、拳大の穴を無数に作り出す。
 さらには鉄格子も破壊し、こともなげに牢屋から出た。
 同時に、全身穴だらけになった二人の男がドサッ、と床に倒れる。

「それでは始めましょうか、英雄譚の、第二幕を」

 マリアは悲しげにそう言って、焦ること無く、余裕を持って歩き出す。
 彼女の脱獄はあっさりと成功した。
 公表はされたなかったものの――その際、止めようとした数十人の兵士が命を落としたのだという。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品