歩くだけでレベルアップ!~駄女神と一緒に異世界旅行~

なつきいろ

閑話 再び動き出した脅威!


女神の閑話ではありません

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□□□□ ~謎の影の暗躍~ □□□□

───ブクブクブク
───ブクブクブク

 ここはとても暗く、そしてとても冷たい海の底。
 そのあまりの深さゆえ、そこに住まう生物などは全く見当たらなく、ただただ暗闇だけが広がっている。

───ザーッ
───ザーッ

 深海20000m。
 そんな人類では到底到達し得ない深さの海域を、いまとある場所を目指し我が物顔で闊歩している9つの影がある。

「それにしても、わからんもんだな。親父ィ」
「親父はやめろと何度も言っているだろ.....」
「「「「「ハハハァ!いいじゃねぇかよ、親父ィ!!」」」」」

 1つの異様に大きな影に対し、小さな8つの影が大きな影の周りをくるくると回りだした。
 その光景はまるで子が親を慕うかのように、まるで子が親に甘えるかのようにたわれているようにさえ見える。

「全く、お前らときたら.....。それで?なにがわからないんだ?」
「「「「「さすが親父ィ!話がわかるぜェ!」」」」」
「俺がわからんのは今回の仕事だ。なぜ俺らなんだ?」
「あぁ、そのことか」

 このまるで親子のように仲良く見える9つの影は端から見ると誰一人として姿形が似てはいない。
 いや、姿形だけではなく、種族そのものが全く違ったりもする。

 つまり、血の繋がりそのものが全く無い。

「密命だから、としか言えないな」
「それがわからんって言ってるんだ、親父ィ。俺らよりもずっと向いてる奴らがいるだろォ?」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ?親父ィ!」」」」」

 それでも小さな8つの影は、1つの異様に大きな影に対し、まるで親に接するかのように慕っているという訳だ。

 いや、たった1つだけ共通する点があった。
 それは深海20000mもの深さを少しも苦にしないこれらの影は、いずれも『異形の姿形をしている』ということだ。

 全体的に細長く、全身を硬い鱗で覆われている。
 怪しく光る眼光はさながら海の王者に相応しく威厳を放ち、凶悪そうな牙や爪は見たものに死を連想させるほど鋭く、鉄をもいとも簡単に切り裂き、砕いてしまいそうだ。
 そして最も特徴的なのは、この深海20000mもの深さを我が物顔で闊歩できるほどに水棲に適した体型だろう。
 泳ぐことに特化したその体型は一見すると海蛇のようにも見えるが、当然そのような存在ではない。

 そう、この複数の異形種はドラゴン。
 多少東洋風寄りのドラゴンと言われる存在だ。

「お前らもサダルメリクの奴が死んだのは知っているだろう?」
「ったりめえだ!サダルメリクのじじぃが死んだって聞いたときは震えたもんだぜェ!
 ついに親父ィの時代が来たァ!ってなァ。.....なァ!?お前ら!!」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!親父ィ!」」」」」

 サダルメリク。

 その名をまだ覚えている人もいるかもしれないが、ほんの少し前までダークネス・ドラゴンロードに仕えていた最強のドラゴンものの名前だ。
 腹に一物を抱きつつ王の勅命を得て世界征服に乗り出すも、たまたま酒の肴を求めていた女神アルテミスの前に無惨なむくろを晒すことになった憐れなドラゴン。

 そして彼の名前が出たということは、この9つの影もまたダークネス・ドラゴンロードに仕えし竜族ということになる。


 最強のドラゴン『サダルメリク』の侵攻戦失敗という結果に、一旦、世界征服を断念したダークネス・ドラゴンロードは今度は何を企んでいるというのだろうか.....。


□□□□ ~王の密命~ □□□□

 ダークネス・ドラゴンロードの密命を受けたこの謎の一団はひたすら目的地へ向かって突き進む。
 途中、パレスやジュレッタなどの町を視界に捉えるも、一切目もくれずに淡々と。

「なァ、親父ィ。せっかくこんなところまでやってきたのに人間どもを殺さないのか?」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!親父ィ!やっちまおうぜェ!」」」」」
「ダメだ。このまま進軍する」

 意気上がる若き竜達に対し、この一団のボスたる親父竜はいたって冷静だ。
 そして意気上がってはいるものの、親父竜の言葉に背かないこの若き竜達もまたどうやら冷静なようだ。

「心配しすぎじゃないかァ?親父ィと俺達が人間どもに負けるとは思えないぜェ?」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!親父ィ!俺達は最強だ!」」」」」
「バカ者。その油断、その驕りこそがサダルメリクの敗因に繋がったとなぜ思わない」

「「「「「そうだ!そうだ!親父ィの言う通りだぜェ!兄貴ィは従え!」」」」」
「親父ィがそう言うのなら従うまでだ。.....でもよォ、一度人間を食ってみたいんだよなァ.....」
「.....やめておけ。腹を壊すぞ?
 もしくは姫様のように阿呆になるだけだ。いいか?人間は喰らうものではなく殺すものだ」

 この親父竜、姫様と呼ばれる存在と面識でもあるのだろうか。
 まるで知っているかのような口ぶりからそう思わざるを得ない。
 そして仮にそうだとしたら、一国の姫に拝謁できるほどの大身となる。

 この親父竜は一体何者なのだろうか.....。

「その姫様だがよォ、なんで俺らが捜索しないといけないんだァ?地上の奴らに任せればいいだろォ」
「先程も言っただろ。サダルメリクの奴が殺されたもんだから、王も慎重になっているんだ」
「それでもよォ、俺らが捜索するよりもずっと効率的なんじゃねえかァ?」
「そいつも殺されたから密命が回ってきた、ということだな」
「かァァァァァ!地上の奴らもなっさけねえなァ!!」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!地上の奴らはもっと頑張れェ!」」」」」

 兄貴竜と兄弟竜達が再び親父竜の周りをくるくると回り出した。
 それはなんてことのないただの戯れである。

 しかし、ドラゴンと言われるものが複数そのような行動に出れば、いくら深海20000mと言えども大きな潮流を作り出すことは容易い。
 そして、その作り出された大きな潮流はやがて大きなうねりとなって地上へ地上へと向かい、最後には全てを飲み込む一つの大きな渦を作り出す。

 この日、海上の至るところでは謎の大きな渦が何度も確認され、多くの商船がその被害に遭ったとかなんとか.....。


 そんな戯れをする息子竜達を見て、親父竜は王であるダークネス・ドラゴンロードに密命を下された時のことをなんとなく思い出していた。

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「お召しにより参上致しました。いと賢き王ダークネス・ドラゴンロード様」
「大儀である、フォボス。忙しい最中、すまぬな」
「と、とんでもございません。我らが臣下は例えるなら赤子のようなもの。
 親である王のお召しとあらば、いついかなる時でも参上するのが役目。当然のことでございます」

 そう言って、拝礼する配下フォボスを前にしてほくそ笑むダークネス・ドラゴンロード。
 サダルメリク死後、宰相に命じた軍制改革が実を帯びていることにご満悦な様子だ。

「それで何事でございましょう?なにやら重要な案件だと伺いましたが」
「うむ。最重要案件となる」
「最重要案件でございますか。そうなりますと、現在行っている侵攻戦よりも重要でございますね」
「その通りだ。ただ侵攻戦も重要なもの。進捗はどんな感じだ?」
「問題ございません。配下数人を残していくだけでも攻略可能でございましょう」
「ほほぅ。さすがはフォボス。今後も期待しておるぞ?」
「ははっ!ありがたきお言葉!この身、全身全霊を持ってご期待に沿えましょうぞ!」

 王であるダークネス・ドラゴンロードから称賛の言葉を賜り、御前であるのにかかわらず、思わず破顔一笑してしまいそうになった親父竜。
 この瞬間、この栄誉を、愛する息子竜達とともに今すぐにでも分かち合いたい気持ちでいっぱいなようだ。

「本題に入る。余の娘が人間どもの調査に赴いていることはそちも知っておろう?」
「はっ!存じております。姫殿下ならば王のご期待にきっと添えることでしょう」
「.....うむ。余もそう信じてはおるのだがな.....」
「.....?いかがなされましたか?」
「.....娘からの連絡が途絶えて久しい」
「な、なんと!」

 なにやら憔悴しきっている王のこんな弱々しい姿を見ることができるのは恐らく数名の者だけだろう。

 それだけこの親父竜が王に信頼されているという証しでもある。
 また、こんな姿を見せても問題ないと判断できるだけの配下を集められたという王の自信である。

「確か.....、優秀な若者を姫殿下の従者に選ばれたと伺いましたが.....」
「その通りだ。ゆくゆくは四天王候補、更には娘の婚約者に、と考えておった若者だ」
「そ、それほどの逸材でしたか!!」

 四天王であるサダルメリクが死んで以降、サダルメリクが座っていた席は現在空席となっている。
 そこに新たに座る者は誰になるのかと王城ではもっぱら噂になっている程だ。

 しかし、既に候補がいたとは.....。

 親父竜は少なからず驚きを隠せなかった。
 できることなら愛する息子竜の誰かを四天王の座に座らせたかったからだ。

 その為には何でもした。
 関係者周りへの説得や王へのアピール、そして当然のことながら実績を上げさせることも。

 それら全てが水泡に帰すとは.....。

 しかし、事態は親父竜に好転する。

「うむ。.....しかし、連絡が途絶えたことを考えると.....死んだ、と考えるのが妥当であろう」
「!?」
「考えてもみよ。あのサダルメリクが殺された場所へと派遣したのだ。
 余の娘ならばともかく、他の者では生き永らえるのは相当難しいかろう」
「.....と言うことは、今回の最重要案件とは.....」
「うむ。余の娘の行方を探してくることである」
「ははっ!御命、確かに承りました!!」

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 こうして、王であるダークネス・ドラゴンロードに1つの恩賞を約束された親父竜は意気揚々と密命を受けたのだった。

「この密命は絶対に失敗できないものだ。お前ら、いつもよりも気を引き締めていけ」
「なんだ?なんだ?親父ィもなんだかんだでやる気じゃねえかァ?
 これは俄然頑張らないといけないよなァ!.....なァ!?お前ら!!」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!親父ィ!期待しててくれよなァ!!」」」」」

 そんな意気上がる息子竜達を見つめる親父竜の目はどこか温かい。
 血の繋がりはなくとも、心で繋がっていればそれは家族となんら変わらないもの。

 この親父竜と息子竜達の間には、確かな絆が、家族としての強い絆が結ばれていることは間違いないようだ。

・・・。

 さて、海上要塞フラッペを通過した親子竜の一団は目的地まで残り僅かと迫っていた。
 当初の予定通りならば、このまま目的地まで進軍し、周辺を制圧した後に姫の捜索にあたる予定だったのだが.....。

「お、お、親父ィィィィィ!」

 1匹の息子竜が泣いて逃げ帰ってきたことで、事態は大きく狂い出していく───。


□□□□ ~激震!親子竜~ □□□□

 親父竜は息子竜達を愛している。
 口では「親父と言うな!」と何度も注意するものの、心の奥底では「親父ィ!親父ィ!」と何度も呼ばれるたびに温かい気持ちに包まれていたのは確かだ。

 だから親父竜は無理をしない。
 生来気性の激しい親父竜ではあるが、自分が無茶をすることで愛する息子竜達を失うことを一番恐れている。

 だから親父竜は常に万全を帰す。
 愛する息子竜達を失わない為に、愛する息子竜達にいつまでも「親父ィ!」と呼んでもらう為に。

 しかし───。

「お、お、親父ィィィィィ!」

 親子竜の一団に猛スピードでやってきたのは、親父竜が万全を帰す為にあらかじめ斥候隊として派遣していた2人の息子竜の内の1人だ。

 本来ならば斥候として報告をしに来たと考えるのが妥当なのだろうが、どうにも様子がおかしい。
 慌てているような、泣いているような、まるで急いで逃げ帰ってきたと言わんばかりの醜態さである。

「どうした?なにかあったのか?」
「.....ひぐっ.....ひぐっ.....おと.....おとう.....」
「泣いているだけではわからないぞ。お前も戦士ならばしっかりしろ。我が息子よ」

 息子竜のただならぬ様子に、普段は恥ずかしくて「息子」とは絶対言わない親父竜も、今はただ泣きじゃくる息子竜を励ますつもりでそう力強く呼んだ。
 そして、それを誰一人として茶化すことなくジッと見守る兄弟竜達。

 改めて言うが、この親子竜の絆は相当なものだ。


 そして、逃げ帰ってきた息子竜の口からは衝撃の事実が語られることに───。

「.....お、弟が死んだ」
「「「「「.....」」」」」

 静まりかえる一同。

 言葉の意味の理解が追い付いていないのかもしれない。
 或いは言葉にできない、いや、言葉にならない感情がうごめいているのかもしれない。

「し、死んだって.....冗談だろォ?た、たった数時間前までは.....い、生きていたんだぜェ?」

 最初に口を開いたのは兄貴竜。
 しかし、まだ混乱しているようだ。

「「「「「そ、そうだ。あ、兄貴ィの言う通りだぜェ.....つ、つまんねえ冗談だなァ」」」」」

 次々に口を開いていく兄弟竜達も兄貴竜同様にまだ混乱しているようだ。
 いや、現実を受け入れまいとしているのかもしれない。

「.....どういうことか詳しく話せ」

 しかし、親父竜だけは違った。

 既に現実を受け入れているようだ。
 わなわなと体を震わせ、それでも必死に怒りを抑えつつ、息子竜の最後だけはしっかりと聞き届けるつもりなのだろう。

「ほ、本当に一瞬だったんだ。
 弟が人間どもの文化に興味を引き、海面まで上昇したその一瞬で消し飛ばされたんだ」
「「「「「い、一瞬.....?」」」」」

 驚愕に、戦慄におののく一同。

 当然、ここに来ている親子竜にも格の違いというのはある。
 親父竜を筆頭に、次いで兄貴竜と続くが、それ以外の兄弟竜については五十歩百歩といったところだ。
 しかし、それでもドラゴンの端くれであることは確かであり、弱いと言ってもそれはドラゴン間での認識であり、人間と比べれば遥かに強大な力を持つことは間違いない。

 そんな強大な力を持つドラゴンを一瞬で消し炭にしてしまう存在がいる.....。

 事ここに至って、ようやく全員がこの密命の重要さ、過酷さを思い知ることになった。
 そして、それは同時に兄貴竜の決断を促すことに繋がるものでもあった。

 兄貴竜は親父竜を愛している。
 血の繋がりもない自分や兄弟達を本当の息子のように扱ってくれて、時には本当の親父のように叱ってくれたり、時には本当の親父のように笑ってくれた。
 親父ィ!親父ィ!と呼ぶたびに、家族としての絆を感じることができ、またそう呼ばれるたびに照れた表情を見せる親父が好きだった。

「.....死んでいった息子よ。さぞ無念であったろう?」
「.....」
「「「「「報讐雪恨!人族誅すべし!報讐雪恨!人族誅すべし!報讐雪恨!人族誅すべし!」」」」」

 だから兄貴竜は親父竜の気持ちがよくわかる。
 生来気性の激しい親父竜が、愛する息子竜を殺されて我慢できる人ではないことを。

「.....その無念、その恨みを、いま親父が晴らしてやる!!」
「.....」
「「「「「報讐雪恨!人族誅すべし!報讐雪恨!人族誅すべし!報讐雪恨!人族誅すべし!」」」」」

 だから兄貴竜は親父竜に言わなければならないことがある。
 自分が愛した親父だからこそ、また親父が自分達を本当に愛してくれていることを知っているからこそ。

「全軍!よく聞け!今から若くして無念に散った我が息子の仇討ちを始める!!
 人族は皆殺しだ!!女、子供関係なく、容赦なく全ての人間愚か者どもに死の恐怖を与えよ!!」
「「「「「報讐雪恨!人族誅すべし!報讐雪恨!人族誅すべし!報讐雪恨!人族誅すべし!」」」」」

 親父竜も兄弟竜も怒りのボルテージはMAXに近い。
 そして、激昂している親父竜から全軍への進軍命令が下されようとしたその時───。

「全軍!進軍!!」
「おっとォ。それはダメだぜェ、親父ィ!」
「!?」

 兄貴竜から親子竜に制止が入る。
 これが息子竜以外の他の竜だったら、親父竜は聞く耳を持たなかったことだろう。

 それぐらい頭に血が上っていた。
 それぐらい悲しみに理性が支配されていた。

 それでも愛する息子竜の言葉だからこそ親父竜は止まることができたのだ。

「息子よ、どういうことだ?お前は悔しくはないのか?恨めしくはないのか?弟が殺されたのだぞ!」
「「「「「そうだ!そうだ!親父ィの言う通りだぜェ!兄貴ィは悔しくないのか!?」」」」」
「親父ィ。ちょっとは冷静になるんだ。王様から受けた命令はなんだ?」
「!!」
「王様の命令に叛いた者がどうなったのか、親父ィは忘れてはいないだろォ?
 サダルメリクのじじぃと同じ轍を踏むのか?親父ィの息子としてこればっかりは見過ごせないぜェ?」

 サダルメリク死後、サダルメリクが謀叛を企てたとしてサダルメリク一派が大量に粛清された事件は親父竜や兄弟竜の記憶にも新しい。
 ただ今回は謀叛ではないとは言え、明確な命令違反にあたる可能性がある。それを兄貴竜は指摘している訳だ。

 しかし、親父竜にとって一番大切なのは息子竜なのである。
 その息子竜が無念の内に死んでいったことがどうしても我慢ならない。
 今すぐにでも飛んでいって、息子竜を殺した憎き人間ゴミどもを誅殺、抹殺、撲滅、蹂躙したい気持ちでいっぱいなのである。

 そんな親父竜の気持ちが痛い程わかる兄貴竜は1つの提案をした。

「親父ィはここに残るんだ。弟の仇討ちは俺達でやる。
 親父ィの使命はあくまで姫様の捜索報告であり、仇討ちじゃねェ。これなら命令違反にならないはずだ」
「な、なにをバカなことを.....。息子を一瞬で殺した相手なのだぞ?いくらお前達でも.....」
「だからだ。だから俺達だけで仇討ちにいくんだ」
「ど、どういうことだ?」

 頭に血が上っていた親父竜が徐々に冷静さを取り戻していく。
 いや、むしろどんどん血の気が引いていっているようにも見える。

 それは明らかに目の前の兄貴竜が原因だろう。
 目の前の兄貴竜から感じる嫌な気配答えを親父竜は長年の経験から感じ取っているのだ。

「もし俺達が勝てたら、当初の予定通り、そのまま姫様の捜索を始めればいい。
 だが、もし俺達が負けたら.....親父ィはすぐさまここから退却して、王様にその事実を伝えればいい。
 勇者を警戒している王様だ。事実さえ伝えれば、姫様の捜索ができなかったことを理解されるだろうぜェ。
 これならば、親父ィはいずれにしても王様から罪に問われることはないだろうォ?」

 兄貴竜が考えることは常に親父竜のメリットになること。
 それが例え自身の身の破滅に繋がろうとも、全ては愛する親父竜の栄光の為に。

「そ、それはダメだ。お前達を捨て駒にすることなどできない」
「嬉しいねェ。親父ィがそこまで俺達を想っていてくれるなんて.....なァ!?お前ら!!」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!親父ィありがとなァ!!」」」」」

 親父竜は全てを悟ってしまった。
 息子竜達の意志がとても固いことを.....。
 自分が息子竜達とともに仇討ちに行けないことを.....。

「でも、親父ィ。勘違いしちゃいけないぜェ?
 俺達の代わりはいくらでもいるけど、親父ィの代わりは誰にも務まらないんだぜェ?」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!親父ィは親父ィだけなんだ!」」」」」
「!!」

 親父竜は全てを悟ってしまった。
 自分に課せられた運命の理不尽さを.....。
 自分の命を軽く考えてはいけないことを.....。

「だから生きてくれや、親父ィ。俺達の夢を叶えられるのは親父ィだけなんだぜェ?」
「「「「「そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!親父ィ!後は任せたぜェ!!」」」」」
「!!!」

 親父竜は全てを悟ってしまった。
 息子竜達は既に死を覚悟していることを.....。
 息子竜達から寄せられている期待の大きさを.....。


「親父ィ.....いや、フォボス将軍!
 ただいまから、我ら海・水竜戦士団は人族の拠点である海都ベルジュに攻撃を行うであります!」
「「「「「フォボス将軍万歳!フォボス将軍万歳!フォボス将軍万歳!フォボス将軍万歳!」」」」」

「.....」

 兄貴竜を筆頭に7人の竜戦士が上官親父竜に向かってビシッと敬礼をする。
 それに対し、親父竜はただ俯くことしかできなかった。

「見事仲間の無念を晴らして参ります!
 後ほど、我らが城にて戦勝打ち上げ会をしましょう!」
「「「「「おぉ!それはいい!パァっといきましょう!フォボス将軍!!」」」」」

「.....」

 少しでも気遣わせまいとする息子竜達の気休めがどこか空しく響く。
 そんな優しい親孝行に対し、親父竜は息子竜達をただ無言で送り出すことしかできなかった。

「全軍!進軍!!我らが弟の無念を、恨みを、悔しさを晴らすのは今だ!
 人族は何人なんぴとたりとも生かさず皆殺しだ!竜族の強さを、誇りを人間どもに見せつけるぞ!!」
「「「「「報讐雪恨!人族誅すべし!報讐雪恨!人族誅すべし!報讐雪恨!人族誅すべし!」」」」」

「.....」

 怒髪天を衝く様相で一気に飛び出していく息子竜達。
 そんな勇ましい姿の息子竜達を、親父竜はただひたすら無事でいてくれるよう願うしかなかった。


 息子を愛し、親父を愛したドラゴンの悲しい物語は、いま海都ベルジュにて終焉を迎えようとしていた───。


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後書き

次回、本編『海水浴の続き』!

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