努力を極めた最強はボッチだから転生して一から人生をやり直す

九九 零

ふむ。食事の時間だ。

………俺は…誰だ?

あぁ、そうだった。

俺はタクルスだ。

Bランクの中級冒険者であり、オルタブール学院の教師だったな。

で、俺はなぜベットで寝ているんだ?

確か…俺は入学者の試験官をしていた筈だったのだが…。

あぁ…っ、痛ぇ…。
なんつーか、全身が痛ぇ。

一体、何が…。

「あらぁ、あららぁ?お目覚めかしらぁん?」

「お、おう…」

コイツが居るって事は、学院の医務室か…。

俺よりも図体のデカい巨漢の男だ。だが、女みたいな喋り方とか、ピンク色の雰囲気とか、女の服装とか…腕は確かなんだが、コイツは色々と苦手だ。

俺を見る目がたまに獲物を見るかのような目で怖いしよ…。

「まさか、アナタがここに運ばれるなんてねぇ。聴いたわよ?入学希望者の女の子に一発で倒されたんだって?」

「……は?」

なんだって?

「あららぁん?もしかして、気付かない内にやられたの?」

俺が?小娘一人に?一発で?

いやいや、あり得ねぇだろ。

でも、確かに、記憶の最後に残ってるのは、あの嬢ちゃんに殴られる瞬間なんだよな…。

「一応、仕事だから診断結果を言っておくと、外傷はないわ。けれど、なんて言えば良いのかしらぁ…。そうわねぇ。アナタの身体、動かすだけでも激痛だと思うわ」

言われなくても動かさなくても痛みがある。
動かしたら、もっと痛いんだろうなっても理解できる。

「それにしても…凄いわねぇ」

「何がだよ…」

俺からすれば、お前の存在自体が凄いんだよ。

「アナタを倒した女の子って、もしかすると体術の達人クラスの実力なのよねぇ。もうね、アナタの身体、外傷はないけど中身はボロッボロッなの。たった一発でこれだけの破壊力って、私でも出来ない芸当よ?」

「そんなにか?」

精神的な破壊力はお前の方が勝ってると思うが?

「ホント凄いわよ。その娘。怖いぐらいにね…」

おいおい…。
コイツにここまで言わせるって、冗談言ってる場合じゃないじゃねぇか。

一生この激痛と一緒に生きなきゃならねぇとか嫌だぞ。

「まぁ、治したけど」

おい、俺の心配を返せ。

「私の回復魔法を舐めるんじゃないわよ?とは言え、私が出来るのはここまで。後は、痛みが引くのを待たなきゃならないのよねぇ」

「どれぐらい掛かる?」

「そうねぇ。アナタでも1日は掛かるんじゃないかしら?」

たった一発で、これか…。

どんな化け物だよ…あの嬢ちゃん…。

……って、ちょっと待てよ?あの嬢ちゃんに凄いって言わせる程のイクスって奴は、どんな奴なんだ?

すげぇ気になる…。

無理してでも次の試験を見に行ってみる価値はあるか?


ーーー


「ねぇ、ねぇ、イっくん!」

「ふむ。どうした?」

「えへへー」

む?どこかに照れる要素があったか?
まぁ良いか。いつもの事だしな。

それはそうと、オレは数分前にオルタブール学院に戻った所だ。スキルと魔法を多重起動したお陰で、体力と魔力共に空に近い状態になっている。

普通に立っているだけでも辛い状態だが、それでも表には出さない。
いつ何が襲ってきても良いように余裕を醸し出しとけるように特訓した成果だ。

多少フラつく事があるがな…。

話は変わるが、現在は昼飯時であり、オレ達は食堂へと向かっている最中である。

食堂は、時計塔を囲む校舎の南側にある…らしい。

詳しい場所は知らないが、入学希望者が一箇所へと向かうので、それに紛れて向かっている感じだ。

昼時に向かうとなれば、食堂しか有り得ぬからな。

そうして歩いていると、美味しそうな匂いがオレの鼻腔を刺激した。おそらく、いや、間違いなく料理の匂いだ。

まだまだオレの特訓が足りないのか、オレの足は自然と足早になり始める。
だが、今回ばかりは気にしない事にした。

育ち盛りの子供である現在のオレには、食事は必要不可欠。幾ら特訓しようとも、抗えぬ欲望もあると言えよう。

ゆっくりと雑談しながら歩く生徒や入学希望者の合間を縫うように進み、ようやく食堂の入り口が見えた。

入り口付近で何やら人が固まっており、喧騒が聴こえるが、それらを無視して迷わず数人しか並んでいない配膳所に並ぶ。

「ふむ。美味そうだな」

料理のメニューが壁に貼ってあるのを眺めながら待つ事、数分。
オレの順が回ってきた。

「お決まりかい?」

目の前で忙しそうに料理をしているにも関わらず、人懐っこさそうな笑みを浮かべて注文を聴くとは…素晴らしい努力を積んだに違いない。

と、言う事は、彼女が作る料理も努力の結晶であり、美味しいに違いないだろう。

「ふむ。ボリューミー日替わり定食とやらを頼む」

「はいよっ」

ふむ。ふむ。ふむ。ふむ。

楽しみだ。どんな料理が出てくるのだ?

腹が減りすぎているのもあるが、この美味しそうな匂いが色々と充満する場では、我慢が効かぬ。

「イっくん!イっくん!」

「む?どうし……ふむ…」

またか。

サリアに呼ばれて振り返ってみれば、サリアは半身に火傷と全身に傷を負った少女を抱えてオレに潤んだ瞳を向けてきていた。

一体、何があったのかと聞きたい所だが、実は知っている。

先程、食堂の入り口付近で群がっていた人達の中心で行われていた事の結果だ。
何やら偉そうな者が、たった一人の者に対して殴る蹴るなどの暴行を与えてから魔法を放ったのだ。

オレは無視したが、最終的には偉そうな者達はサリアの手によって粛清を受けていた。

しかしだな…今のオレには僅かしか魔力が残っていない。まだ昨日に使った分すら回復しきっていない状態なのだ。
残りを使ってしまえば、次の試験が困難になってしまうのは目に見えている。

「イっくん…」

む…むむむ…。

その瞳には…やはり……勝てぬな…。

「ふむ…分かった…」

いざとなれば、少々荒技だが大気中の魔力を無理矢理にでも吸収すれば良いだけの話だしな。

「《ヒール》」

火傷は治してやるが、今のオレの魔力だけでは完治までは出来ぬ。だから、少女の魔力も使わせてもらった。

勝手に使うのは悪いとは思うが、今回ばかりは許してもらうしかない。
こんな所で大気の魔力を吸収でもすれば、周囲の者達が倒れたり、食料が使い物にならなくなったりと色々な問題が起きるのだ。

「ありがとうっ!イっくん!」

「ふむ」

お陰でオレの魔力は完全に空になったがな。

”無能”であるオレの魔力は回復も遅いのが恨めしく感じる。やはり、前世のように身体に直接《魔力変換効率化》の魔法陣でも刻むか?

いや、ダメだ。
アレは最終手段であり、甘えだ。
努力を重んじるオレがして良い行いではないのだ。

「おやおや、優しいね。そんな僕にはサービスしてあげようかね」

料理を作る女性の声が聞こえて振り返ってみると、山盛りの料理があった。

それが視界に入ると同時に、オレの腹がグゥ〜っと音を立てて食欲が溢れんばかりに湧き出してきた。

「…ふむ」

魔力を糧に助けた甲斐があったと言うものだな。

腹が鳴ったのを聞いた女性が和かに笑うのを横目に、オレは料理の載ったトレーを受け取り、窓際に空いていた席に座って食事を始める。

「やはり、母の料理が一番だな」

しかし、ここの料理も侮れぬ。
空腹の腹が大喜びしているのが嫌でも伝わってくるぐらいだからな。

「相席、良いですか?」

「ふむ」

確認はしてないが、声から判断して女性。そして、サリアではないのは確かだ。
しかし、断る理由もないので承認したが、何やら周りの者達が騒ついたな。

まぁ、気にしないが。

「やっぱり…」

どうやら、彼女はオレの前の席に座ったみたいだ。

声が聴こえたので食べながらだがチラリと確認してみると、猫耳のような髪型をした少女がオレをジッと見つめていた。

断言しよう。彼女は獣人だ。それも、人の身をしているにも関わらず、獣人と同じ身体能力を保有すると言った、かなりレアなケースの獣人だ。

……どこかで会ったか?

「む?」

「い、いえ。なんでもないです」

何か用があるのかと思ったが、本人が無いと言うのだったら、無いのだろう。

しかし、獣人の毛並みは触り心地が良い。
頼めば触らせてくれるか?いや、それは獣人にとっては失礼極まりない事だものな…だが、触りたい…。

「イっくん、はやーい!」

そう言いながら、隣の席にサリアが座ったようだ。
サリアに視線をやると、サリアが持つ料理が真っ先に目に入った。

注文内容はオレのと同じようだが、量が全く違う。明らかにオレの方が多い。

これがサービスと言うものか。
嬉しい誤算だな。

そう思いながら食事に舌鼓を打っていると、またもや前に座る少女が声を発した。

「あ、あの…」

今度は、オレに対して意を決したように話し掛けるかけて来た。

「む?」

「えっと…貴方のその腕…」

「これか?」

治さぬ限り、一生動く事のない左腕。
ミーネに貰った包帯を巻いて醜く焼け爛れた腕を見えないようにしているのだが、それがどうしたと言うのだ?

「私の所為で…」

悲しそうな、それでいて、自分を責めるような表情を浮かべて眉を落とす少女。
なぜそんな表情を浮かべるのかオレには分からぬ。

オレみたいな満足に友も作れぬ奴には彼女が何を思っているかなど理解が出来ないのだ。
だが、慰めぐらいは出来ると思う。

「ふむ。何が言いたいのか分からぬが、これはオレへの戒めだ。何の関係もないお前が気にする程の事ではない」

単に、オレが敵を甘く見て起きた結末だ。
だからこそ、治せるが治さない。

まぁ、そんな事を言ってしまえば、治せと言われて終わるのだろうが、それで治していたら甘えになってしまう。

無能であるオレは、片腕がなくとも難なく活動出来るように努力しなければならぬのだ。

「イっくん…」

「ふむ、なんだ?」

サリアに視線を向けてみれば、既に食事を終えてオレの料理を物欲しげに見つめていた。

「…ふむ」

オレの腹はまだまだ余裕がある。しかし、空腹感は消えている。
ならば、返答は決まっている。

「食べたければ欲しいと言えば良い」

「ちょうだいっ」

「ふむ」

まだ半分も食べていないが、欲しいのならばくれてやろう。
サリアも育ち盛りで、オレよりも食事量が多いのは知っているのでな。

それに、食べなければ強くなれぬ。
オレぐらいになれば、その辺の魔物や雑草でも喰らって腹を膨らませる事ぐらいは出来るのでな。

サリアに料理を机の上を滑らせるように渡してやると、「ありがとうっ」と言ってパクパクと食べ始めた。

友が嬉しそうに食事をする姿と言うのは、悪い気分ではないな。
それだけでオレの腹が膨れると言うものだ。

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