今様退魔師!~当主達の退魔記録~

松脂松明

人狼交戦

 繁華街の一区画。そう言えば極狭い領域のように聞こえるし、地図の上では実際にその通りだ。
 だが、人の視点に立てば話は違ってくる。
 ただ単に通り過ぎるだけならばすぐ終わる。しかし、そこで隈なく目を光らせて、一個の存在を見つけるとなればこれは難しい。その“狭い”領域にどれほど建物が立っていて、どれほど部屋があり、どれほど地下に空間があるか、どれほど、どれほど――キリがない。

 特に今回のような事件においては、相手にも問題がある。神秘の開示以来の価値観で言えば酷く差別的だが、対象がまず人間ではない。単純だが、これが最も厄介な点になるのだ。
 警察という機構が神秘の開示によって力を大きく減退するに至った理由には、それまで培われた行動パターンが一切通じないということがある。

 なにせ地道に足取りを追っていった先で、本当に相手が掻き消える。そんなことすらあるのだから、これでは人を追跡するノウハウが通用する方がおかしいだろう。

 曽良場で行われた“ヒト食い”追跡の結果である、「この区画のどこかにいる」という漠然としたように見える解答は実際には素晴らしい成果と言える。

 対象は俗に呼ばれる狼男に酷似した存在である。
 しかし、頭部が犬めいた見た目に見える存在など数え上げればキリがない。
 記録に残っている名称だけでもワーウルフ、ヴェアヴォルフ、ライカンスロープ、ルゥガルゥ、リュカントロポス…考えても、相手の性質を理解する助けにならない。加えて新種だという可能性すらあった。

 神秘が溢れた世のなんと、不便なことか。全てが“実際に会ってみなければわからない”のである。

 むしろ、ヒト食いを捜索するような場合には漠然としたイメージを頼りにしたほうがやりやすい。狼に似た姿から身体能力に優れ、肉を食らうという分かりやすい情報だけを抽出して捉えるのだ。

 …たったそれだけを足がかりにここまでたどり着いたのは、ひとえに執念。神祇局がなんと言おうがここは自分たちの職場である。安っぽくも輝く看板。執念はそこから来ていた。

 新時代に対する術は彼らが積み上げたレンガの上に立つのだ。

/

 小さめだがビルが立ち上る区画だ。
 けばけばしいネオンが輝く看板も消え、道を照らすのは公共の街灯のみ。こんな中で範囲を絞っていかなければならない…そう考えるだけで多見の頭は痛くなる。
 相手が獣だと考えれば、車両からの照明は目視で捕捉してからでなければ逃走を図られるかも知れない。

「こちらドバト班。Aポイントクリア。地上から地下まで対象は発見できず」

 レシーバーから上がった掠れた声に多見は一人で頷いた。

「班名が間抜けで気が抜けるな…」
「ドバト和尚はこういう索敵には向いていないって護兵君が言ってましたよ。感覚が見た目通りに鳩だからって」

 夜中なので前が見えない、と言い出したドバト和尚にはサポートが付いている。
 差別に当たらないのだろうか?金治の声に少しばかり首を傾げていた多見は気を取り直した。護兵の存在はこういう時に貴重だった。人間の側も異種族出身者の側も、両方の退魔師からの意見を分かりやすくしてくれる。

「あの兄ちゃん、うちに就職しねぇかな…」
「家業があるから無理でしょう。下手に公に縛れば、良いところをむしろ殺しそうですし、このまま個人的にも親しくなっていったほうが良いでしょう。義理堅そうですし」
「お前、結構黒いとこあるよな金治…」

 できれば護衛兼アドバイザーとして近くにいてほしいが、戦力でもあるので護兵もまた前に出る必要がある。ドバト以外はどういうわけか、単独行動中だ。
 5体いる“ヒト食い”が固まっていれば数で負けることになるが、退魔師達はバラけていると考えているようだった。

「包囲に人手が取られすぎて、こっちの戦闘班は俺まで人数に数えてやがるし…」
「正面からやり合うのは経験者のみ。って言っても対怪異の経験者なんて特に意味ありませんしね。種族ごとに弱点も長所もバラバラ。法則性なんて無いですから」

 とにかく白兵戦だけは避ける…という点ぐらいしか多見にも分かっていない。理解できないなら、手探りも遠くからやる他ないのだ。

「あの先生方がどういう戦いをするのかは、見てみたい気もするが…」

 話を続けようとした多見の手にある無線機から再び声があがった。

『オイッスー。こっちパンキー。目標はっけーん』
「っ!?いきなりか!」
『『狼さん一緒に遊びましょ~』』
「Cも…」
『こちらDポイント。目標を発見しましたので、戦闘に入ります』
「ああ!?」

 連鎖する発見報告。
 多見もこの事態は予測していない。

「こんなことがあるか…?」

 呆然と言った言葉を捕まえるように、近くのマンホールの蓋がはじけ飛んだ。

//

 パンキーは地上で対象を見つけた。彼女は純粋に勘を頼りに相手を探す。隠蔽された手合を見つけるのは不得手だが、本能で動き回るような相手は惹きつけられるように見つけることができた。

「はぁん?なんだっけ…ウールヴヘジン型だったか?まぁ人を襲うのには納得だが、何で日本にいるのさ?」

 黒い狼の上半身に、人間のような下半身。筋肉は発達しているが、不思議と太いとは感じないスタイル。生物として調和が取れているのだ。
 ウールヴヘジン…狼の皮を被った戦士。人狼の中でも確かに好戦的な種族ではあるが、伝承の通りに北欧産だ。

「ロックな格好してるけど、乙女を前にしたらズボンぐらい履きなよ」

 しかも皮を被っているどころではなく、狼の頭そのままだ。伝承が間違っているのか、あるいはコチラが変わり種なのか。戦士としての感性があるようにも見えない。

「ま、いずれにせよアタシがやることは一つだけだぜ」

 牙を剥く相手に対して、パンキーはギターケースを開いた。

 取り出されるのは…普通のエレキギターだ。
 変わったところを挙げるのならば、ケースがスピーカーになっている点だろう。

 このスピーカーはただのソレではない。指向性対近所迷惑用攻勢型スピーカー…神秘の工夫も凝らされた逸品だ。大音量を特定方向にのみ向けさせることが可能であり、現代の音楽家必携のアイテム。攻勢型なので音量のリミッターは外されている。

 パンキーは嘘を吐かない。
 戦いであろうと、交渉であろうと、彼女が敵を相手に取れる手段は一つだけ。

 その決意を感じ取ったのか、ウールヴヘジンの口が裂けたように開かれた!

「WOOOOOOOOOOOOOOF!!」

 それは原始の神秘。何の工夫も凝らされていない意志の発露だ。しかしそれは確かな衝撃となって相手を弾き飛ばす。
 体が軽いパンキーは軽く、背中をあまどいに打ち付けられたが、笑って応える。

「はっ!良いシャウトだ。気が合いそうだなあたしら!行くぜ!1st〈Shout〉!」

 狼の声に合わせて鳴り響くハスキーボイス。
 大音量によって発生する衝撃波がウールヴヘジンの声とぶつかり合い、周囲に拡散していく。

 奇しきことにウールヴヘジンの〈ビーストロア〉も、パンキーの〈咆哮〉術も、同じ原理で紡がれている。声に意志を乗せて攻撃とするのだ。

 飛び散る石粉めいた埃。人狼と退魔師の叫びは相殺した。

//

 10階建てのビルの屋上で、振るわれる豪腕によって少女の姿をした人形が破砕する。
 人の形をしたモノがバラバラになる様はウールヴヘジンの嗜虐心を少しだけ満足させたが、相手がコレでは食えるところがない。

「「きゃはっ」」
「Wof?」

 頭部だけで少女が嗤う。

「「おめめがまん丸。不思議ね?不思議ね?頭が取れたぐらいで死ぬヒトの方が珍しいのに」」

 ウールヴヘジンの野生故に優れた感覚が告げる。
 直ちに逃げるべきだ。
 しかし同時に戦士としての感覚が告げる。
 相手は取るに足りない外見・・をしている。これを相手に逃げてはならない、と。

 その葛藤が逃げる機会を失わせた。

 宙に舞う手、足、胴体。
 ポルターガイスト現象のような光景は、ウールヴヘジンから見ても異常である。
 それは恐るべき練度から繰り出される念動力。微細に自身のパーツを操って、“双子先生”は対象を取り囲んだ。

「「さぁ踊りましょう、狼さん」」

 周囲を旋回する頭部からの声。
 それを消そうと、ウールヴヘジンは狂ったように腕を振り回すが…当たらない。
 指先が眼窩に抉りこまれた。足が耳へと入り込んでくる。大きさを無視して、鼻孔に二の腕がめり込んできた。

 視覚が破壊され、嗅覚を嬲られ、聴覚を切断された哀れな人狼は踊り狂った。

///

 地下からの敵襲。
 はじけ飛んだ蓋とともに、人影が踊りこんでくる。
 多見と戦闘員は警戒しきった神経に触れたソレへと発砲しようとして、慌てて手を引っ込めた。

 ドバト和尚が警官二名を小脇に抱えた姿だったのだ。

「ちょっ!和尚、あんた!二体・・連れて来るんじゃねぇ!」

 多見の言葉はドバトが落とした二人の部下のことではない。
 同時にマンホールから飛び出してきた、影…つまりは捜査対象である二体の人狼だ。

「とは言うが、拙僧。下水道では何も見えんのである!」
「くそっ!全員構えろ!」
「おっと、その前にこの狼の毛である。受けとり、件の銃を調整するがよいぞ」

 言い終えるとドバト和尚は、ウールヴヘジンを相手に真っ向から殴り合いを始める。
 人狼も人鳩も巨漢と言っていい体格なだけに、どこかレスリングを眺めるような気分にさせられる。

「毛…?」
「ああ、あれか!相手の特徴が分かれば効果が出るっていうゴム弾!」

 気付いた目ざとい隊員が、ゴム銃のソケットに狼の毛を入れてセットする。これだけの作業で、相手の特徴を測定して、弾を変化させるという。…が、使う側は術の心得もない人間だ。信じるほかはない。

「まさか、あの和尚…最初っから俺たちに手柄を立てさせるつもりで…?」

 その疑問に答えるように、袈裟姿が力を込めて狼の動きを最小限に抑えている。動いている相手に狙いを付けるのは難しい。それを支援すべく、組技へと持ち込んでいるのだ。

「外れるな…外れるな…!」

 祈るような声とともに、長身の銃を構える警官達。
 震える手とともに狙いを付けて、待つ。

「ぬぐおっ!」

 流石に2体を羽交い締めにするには限度があったらしい。ドバトがウールヴヘジンに弾かれる。その瞬間、銃身に緑光のラインが走った。測定完了。

「撃てっ!」

 色の変化を目にした多見の合図で、新型銃から一斉に弾が飛んだ。

////

 違う。こいつは違う。
 自身の判断を後悔しながら、ウールヴヘジンは呻きをあげた。
 首を締めながら持ち上げる腕へと、懸命に爪を走らせる。強靭な足で跳ね除けようとする。

 しかし、それらは全て無駄に終わった。

「暴れないでくれ。締めがズレてしまっては、お前が苦しむことになる」

 相手は戦士ではなく、ただの獲物。豪放な文化圏から出たウールヴヘジンは見た目で相手を判断する傾向がある。
 だから、カビ臭い地下室であった中肉中背の青年をただの男であり、戦士ではないと見てしまった。

 双眸護兵は、気刃を応用した守りを用いながら単純に相手の首を捕まえた。

 影からの奇襲は獣にとっては得意技だ。しかし、あらゆるものを見通せる双眸流からすれば一般的な暗闇程度は陽の下と変わらない。

 もって生まれた身体能力の差を、気の加速で逆転させた護兵に対してウールヴヘジンは勝ち目が無い。このまま、絞め落とされるのを待つだけだ。

「色々と知りたいことができた・・・。生かしたまま捕まえよう。そっちの方が向いているし」

 相手を殺したいわけではない護兵からすれば、逮捕でも可という条件は悪くない。欲望のままに相手を食らうことが果たして悪いことなのか、どうか。護兵には分からない。なにせ相手は言葉も通じないのだ。
 …それはそれとして仕事上必要ならば殺すが、護兵の中だけの問題である。

「…食うやつと、街に逃したやつ。どっちが悪いと貴方は思いますか?」

 ウールヴヘジンを締め上げながら、足で器用に瓦礫を掬って隅へと放り投げる。気で強化された退魔師が蹴り放った瓦礫である。大砲めいた威力を発揮する。

「双眸流にとって、その程度の隠形は意味がない。…こんな方達が一箇所に同時に現れるのはおかしい。皆の疑問は当たりのようだ」
「おヤおヤ。これは怖い!」

 暗闇の中で、その姿が見えるのは護兵だけだろう。
 黒いコートに身を包んだ小男が、手もみしながら佇んでいる。その外見は脱皮前のセミを思わせた。

「Gof…」

 絞め落としたウールヴヘジンが自由落下するのに任せた護兵は、隠れていた男に向き直った。

「…貴方が黒幕か」
「嫌ですねぇ旦那。黒幕だなんて、私はしがないペットショップの経営者ですよ」

 ペットショップ・・・・・・・。その言葉が意味するところを悟った護兵の警戒心が最大へと引き上げられた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品