劣等魔術師の下剋上 普通科の異端児は魔術科の魔術競技大会に殴り込むようです

山外大河

5 開戦 普通科VS魔術科

 互いが向き合った所でブザーが鳴った。
 まずここから一分間は準備期間となる。
 攻撃魔術の使用、及びエリアに細工するような術の使用は現時点では不可。
 あくまで準備。ほぼ100パーセント使用される身体能力を引き上げる強化魔術や、そしてある一定のレベルの魔術師ならば誰でも使える戦闘の要となる魔術の使用。

 デバイスの構築。

 自身の魔術的特性によって形状、性能が変化する魔術師が一人一つずつ持つ固有魔術。
 魔術科に在籍する生徒なら。否、魔術科の受験を受ける者であるならば当然習得している魔術師にとっての必須術式。

 視界の先で中之条は瞳を赤く染め、デバイスを展開する。
 その形状はハルバード。それをパフォーマンスの様に鮮やかに振り回してみせる。
 そしておそらく肉体強化も既に使用済みだろう。
 今の中之条はきっと例の結界を使った戦術なしでも相当の戦闘能力を保有している筈だ。
 そしてその中之条は、やや煽る様な口調で赤坂に言う。

「おい、お前も早くデバイスを出せよ。あと強化魔術も」

 だがその煽りはただこれからリンチする相手に向けて言っているだけだ。
 きっと中之条は理解していない。できるわけがない。
 そのどちらも赤坂には発動させる事ができないという事を。
 ……だがあまりに何もしてこないのを見てか、中之条は感付いたようだ。
 嫌味たらしく中之条は言う。

「あれぇ? お前まさかデバイス出せねえの? ……もしかしてそれどころか強化魔術も使えない奴? うっそだろお前! 冗談だろ!?」

 そう言って中之条は笑い始める。

「大人しく決闘受けてきたから少しは自身あるのかと思ってたら、マジなクソザコじゃねえかよ……ってちょっとまて」

 そこで何かに気付いた様に中之条は言葉を止める。

「……ああ、そうか。お前どっかで見た事あると思ってたんだけどよ、そのクソザコっぷりを見て思いだしたわ」

 そして一拍明けてから中之条は言う。

「お前、魔術科の受験受けてただろ」

「……ッ」

 突然そんな事を言われて思わず少し反応してしまう。
 だってその話は、他人の口から語られれば傷を抉る凶器になるから。

「図星って表情してやがるな……まああの時はもっと酷い顔してたか」

 あの時。
 それが一体いつの事を指すのか、赤坂には嫌という程理解できる。

 今から半年前。中学三年の秋。

 一般的な高校受験のタイミングよりも早く実施される魔術科の受験。その合格発表日。
 合格番号が記されたボードの前で、赤坂隆弘は立ち尽くしていた。

 自らの夢を叶える為には魔術科に入学するのが必須条件だった。そこで合格しなければ道が絶たれる様な、それだけ重要な試験だった。
 だけど、どれだけ見返してもそこに自分の受験番号はなくて。絶望感に心臓を鷲掴みにされたのがよく分かって。
 おそらくきっと、とても酷い表情を浮かべていたのだろう。
 そして中之条は偶然それを目にしたのだろう。合格発表当日も島霧学園の生徒は普通に出入りしていたのだから、その偶然は充分あり得る話。
 そしてその時の事を思いだして、そして煽る様に中之条は言う。

「あん時のお前の絶望的な表情はよく覚えてるさ……でもまさかソイツがこんな初歩的な魔術も使えねえ奴とは思わなかったぜ! そんな実力で魔術科受けるとか馬鹿じゃねえの!? そりゃ落ちるわ! 受かるわけねえじゃん!」

 そう言って、滑稽な存在を見る様な目を浮かべて高笑いを上げる。
 そして。確かにそんな状態で魔術科を受けて、そしてこの場にも立っている。そんな赤坂を滑稽に思う者が観客席にもいたのだろう。僅かにだが笑い声が聞こえた。
 ……だけど。

「……」

 赤坂が反応を見せたのは最初だけだった。
 それ以降は、聞き流せなかったけれどそれでも落ち着いて。ただこれから戦うべき相手の存在を視界に捉えて呼吸を整えていた。

(……大丈夫だ)

 よく覚えている。
 その時自分の人生の中でもっとも深い絶望に叩き落された事を。
 立ち上がる気力なんてどこにもなくて、ただ絶望に屈していたあの時の事を。

 だけど、もう一度立ち上がれた。

 馬鹿みたいに滑稽で、あまりに楽観的なものだけれど。それでも彼にとって確かな光となった悪足掻きを必死に考えて引っ張り上げてくれた存在がいて。
 その悪足掻きに一緒に付き合ってくれて、背中を押していつも応援してくれる存在がいて。

 だからもうそれは過去の事でしかない。
 そんな場所はもう通り過ぎた。
 そんな場所からはもう連れ出してもらえた。

 だからもう動じない。
 今はもう、前だけを向いていられる。

「……んだよ、だんまりか。まあいい」

 中之条はそう言ってハルバードを構える。

「さて、そんな実力で魔術科を受験したり先輩をコケにしたりするお前みたいな馬鹿は軽くヤキ入れねえといけねえ。容赦なく潰させてもらうぞ」

 そして一分間の準備期間が終わり、カウントダウンが始まる。
 十秒。それが終われば決闘が始まる。
 魔術科対普通科という、一方的な展開が予想される決闘が。

 3.2.1。

 そして、戦闘開始のブザーが鳴り響いた。

 次の瞬間、中之条は正面に結界を張り巡らせ、それを前方に向けて動かしだした。
 その間一秒。発動までの速度は素人を遥かに凌駕する。
 そしてその一秒の中。これから赤坂に向けて射出される結界を作りだした一秒間の中で。

 ……既に赤坂は轟音を鳴らし結界の目の前まで到達していた。
 魔術を使っていない。生身であるはずの人間が50メートル近い距離をその一秒で詰めたのだ。

「……は?」

 目の前で起きている事が理解できないとでも言いたそうに、中之条は間の抜けた表情を浮かべる。
 そしてその直後に二つの音が響いた。

 まず最初に聞こえたのは破砕音。赤坂がその距離を詰めただけの推進力を利用して、タックルで結界を叩き割った。その破砕音。
 そしてもう一つ。

「グアァッッ!?」

 握り絞めた拳が中之条の顔面に叩き込まれた、その衝撃音。

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