劣等魔術師の下剋上 普通科の異端児は魔術科の魔術競技大会に殴り込むようです

山外大河

2 魔術科所属の御曹司

「赤坂……そうだ赤坂だ。普通科のやべー奴!」

「いや、ちょっと待てその呼ばれ方はなんか嫌だ!」

 まるで頭おかしい何かをやってしまった奴みたいで凄まじく心外である。

「嫌だも何も実際にそうだろ。魔術科の二年相手に決闘して、しかも訳の分からない力で圧勝したんだ。少なくとも普通の奴ではないだろ」

「……そ、そう言われるとそんな気がして来た」

「という訳で普通科のやべー奴」

「赤坂な! その呼び方やめろよ!」

「分かったよ赤坂」

 そう言い直した少年は、一拍空けてから赤坂に言う。

「立ち話もなんだ。とりあえず何か飲まないか? ……喉渇いて死ぬ」

「……賛成」

 現状、とにかく水分が欲しい。文字通りぶっ倒れるまで走り続けたわけでとにかく水分。というかスポーツドリンクが飲みたい。
 そしてフラフラとゾンビの様に自販機まで辿りつきスポーツドリンクを購入し、速攻で喉を潤しに掛かる。

「……ポカリマジうめえ」

「飲む点滴って言われるだけあるな。全身に染み渡る」

 そしてお互いそうやって喉を潤し生き返った所で、赤坂は少年に問う。

「で、お前名前は? 昨日の決闘見てたって事は島霧の生徒だろ」

「ああ、そういえばまだ自己紹介してなかったな。僕は里羽栄一郎。魔術科の一年だ」

「里羽……」

 その響きには何か聞き覚えがあった。
 多分可能性は低い話だとは思うが、目の前の里羽という少年は結構凄い奴の可能性がある。

「里羽ってもしかしてあの里羽グループの?」

 里羽グループと言えば今や日本で知らない人間の方が少ないという程の大企業である。
 家電メーカーから旅行会社。ショッピングッモールから何の用途か良く分からないネジまで、とにかく幅広く手を伸ばす大企業。
 昨日渚が使っていた調理器具も里羽製である。
 ……まさかそんな所の息子が偶然こんな所にいるわけがないと思うが、それでも名前が全く同じなので試しに聞いてみたのだが――、

「……そうだよ」

 ――まさかのビンゴ。
 目の前のお方、まさかの里羽グループの御曹司である。
 ……ちなみにそう当てられた里羽は何故か少し不機嫌そうだった。

「……どうした? なんか聞いちゃ不味かったか?」

「いや……やっぱそっちしか出て来ねえよなって」

「……?」

 赤坂が首を傾げた瞬間には既に里羽の表情には不機嫌さは消えていた。
 しかし代わりに野心に満ち溢れたような表情を浮かべて里羽は言う。

「まあいい。今は仕方ない……だけどいずれ魔術師里羽の名を世界に轟かせる」

 その言葉の真意は分からない。
 それがただ単に目立ちたいだけなのか、それとも優秀な自分を誰かに認めてもらいたいのか。
 その辺りは良く分からない。
 だけど……里羽の目は本気で何かを目指している人間のソレだと、そう思った。

「赤坂、聞いた話だとキミも魔戦に出るそうじゃないか」

「あ、ああ」

 赤坂がそう答えると、里羽は自身に溢れた表情で赤坂に向けて宣言する。

「宣言しよう。キミも篠宮も僕が打ち破る。誇り高い里羽の魔術でな」

「……里羽の、魔術?」

「精々首を洗って待ってるといいよ。それじゃあ僕はこれで」

 そう言って里羽は空になったペットボトルをゴミ箱に向かって投げ捨て踵を返す。
 そんな里羽の背に、赤坂は声を掛けた。

「里羽!」

「なんだい? もう小休憩は終わった。僕は忙しいんだ。呼び止めるって事はそれ相応の要件があるって事だよな?」

「お前凄いカッコ付けてゴミ捨てたけど普通に外れてんぞ。拾って捨てろよ」

「あ、うん……そうだね」

 割と素直にご指摘ありがとうみたいな表情を浮かべながら里羽は戻ってきて、今度は丁重にゴミ箱に空き缶をシュート。
 そして改めて踵を返す。

「さて、精々首を洗って待ってるといいよ。それじゃあ僕はこれで」

「お前それもう一度やんの?」

「僕もやってからやんなきゃ良かったって思ったよ! でもツッコんで落としてくれてありがとう! じゃあもう今度こそ僕帰るからな!」

 そう言って今度こそ里羽は歩きだす。
 ……まあとりあえず悪い奴ではなさそうだった。

(しかし里羽の魔術……ね)

 魔術師家系などには各家で何代にも渡り研究が続けられてきた魔術があるらしいが、里羽の言い方はそういう魔術を指している様に思えた。

(てことは里羽も魔術師家系……いや、でも里羽が魔術師家系だなんて聞いた事ねえけど)

 赤坂隆弘は魔術師家系の事について詳しくはない。
 昨日戦った中之条も魔術師家系の人間なのではないかと推測はしていたものの、それが確定的になったのは決闘終了後に係の生徒から聞いた時だ。
 ……だが里羽グループという大きな企業の大元が魔術師家系だったなら、ある程度の情報は出回っていてもおかしくない気がする。
 何しろそれだけ影響力のある企業なのだから。

(……まあ後で渚にでも聞いてみるか。多分アイツなら何か知ってるだろ)

 そんな事を考えながら赤坂もゴミ箱にペットボトルを投げ入れる。

「……さて。それはさておきだ」

 改めて、どうしたもんかと考える。
 本来予定していたトレーニングメニューは全くこなせていない。だがしかしそれ相応の体力を消費したのもある。まだ時間こそ残っていいるが……正直今から再びトレーニングをするという気には慣れない。

「……ダウンだけして帰るか」

 今日ばかりは仕方あるまい。
 自分にそう言い聞かせ、今日の朝のトレーニングはこれで打ち切る事にした。

(……明日から頑張ろう)

 大体頑張らない奴のセリフだが、それでも俺は違うんだと心中で呟きながら。

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