シスコン&ブラコンの天才兄妹は異世界でもその天賦の才を振るいます
新武装製作開始
「これがSランク専用のギルドカードだ。再発行には手続きが必要になってくる。面倒だから無くすなよ」
話し合いが纏まり、俺達のSランク昇格が決まったのと同時に、今までのFランクのギルドカードからSランクのギルドカードに昇格したのだ。
メーヤから手渡された新しいギルドカードは今までの物と違い、金箔の装飾が施されており、カードの隅っこに彫られている文字もFからSへと変わっていた。
「SランクのギルドカードはFランクと違って再発行に金貨1枚が必要になってくるからな」
「金額が?何故?」
「Sランクのギルドカードにはオリハルコン鉱石が使用されているからな。対してFランクのは安価な魔鉱石を使用しているから、その違いのせいだな」
オリハルコン製のギルドカードと聞いて、俺達兄妹の視線はギルドカードに釘付けになった。
異世界ラノベでも1位、2位を争う程の有名鉱石だ。
気にするな、という方が無理な話だ。
実際、異世界に来てもその存在の有無も分かっていなかった鉱石である。
オリハルコンが存在しているんだ。
多分、ミスリルも存在しているのだろう。
隣では雫が、「地球にはない物質…帰ったら試してみる」とか呟いているが、壊すようなことは流石に止めて欲しい。
ちなみにギルドカードはカード本体に埋め込まれている魔石──Sランクのギルドカードの場合はオリハルコンだが、その魔石に籠められた魔力で冒険者本人かを確認しているようだ。
なので、他人のギルドカードを強奪して、自分の物だと偽る事は不可能ということらしい。
何故魔力で判断できるかというと、魔力の波動は人それぞれ異なっており、同じ波動を持った人間は存在しないらしい。
分かりやすく例えるのなら指紋の様なものだ。
俺達はメーヤの忠告通り、無くさないように空間収納の中に仕舞っておく事にした。
「そういえば、お前達は空間収納も持っていたんだったな…つくづく規格外な奴らだ」
「その口ぶりから、やっぱり空間収納ってレアだったりするのか?」
「まぁな。但し、戦闘向きなスキルじゃないから、空間収納持ちの大半が商業ギルドに所属しているがな」
──商業ギルド。
確かこの街に入る際にも門番の男の人がそんな単語を口にしていた気がするな。
今度見に行ってみるのもいいかもな。
「さて、無事お前達のSランク昇格も終わったことだし、次に迷宮依頼の報告に入ろうか」
「ギルドマスターが直々に確認してくれるのか?」
「まぁな、話が話だからな。どうせシスティラを通して私に話が行くのだから、直接聞いても問題はないだろう」
メーヤがそう言うのなら、と俺は空間収納の中から、迷宮について纏めた情報を書いた紙の束を机の上に置く。
ちなみにこの紙は迷宮に向かう前に街の雑貨屋のような所で購入したもので、A4程の大きさで銅貨2枚もした。
地球の金額で例えると約千円程だ。地球なら百均で買えそうな物なのにだ。
店で販売されていた紙の材質から考えるに一般的にこの世界で流通している羊皮紙は地球産のように草や木材ではなく、文字通り動物の皮から作られているのだろう。そうなるとどうしても地球の紙と異なり非常に生産量、生産効率が低くなる。その為、どうしてもこの値段になってしまうのだ。
因みに俺達兄妹は紙媒体派ではなく電子媒体派である。勿論、メーヤにタブレットPCを見せるわけにはいかないから、今回は紙を購入したわけだが。
「ふむ…」
メーヤは俺の提出した報告書を興味深そうに捲りながら端から端までじっくりと読んでいる。
まぁ、あのS級魔物のお陰で迷宮内の魔物の数は少なかったから、大したページ数にはなっていない。
暫くして報告書を読み終えたメーヤが、紙を机の上に置いて此方に向き直る。
「成る程、報告書を読んで大体は分かった。しかし…この迷宮に向かった冒険者がお前達のような予想外だったから良かったものの、Aランク以下の冒険者だったら確実に死者が出ていたな」
…人を化け物のように話すのは止めて頂きたい。
隣で雫もうんうん、と頷いているが、お前もその中の1人として認知されているからな。
「それに迷宮内の階層が一階層までしかなかったというのも引っ掛かるな…」
「それ程に稀なケースなのか?」
ダンジョン初心者の俺達は他の迷宮に潜った事がないため分からないが、メーヤの反応から察するに相当稀有な事態らしい。
「うむ。今までの迷宮は最低でも10階層までは確認されているのだが…」
「確認?確定じゃなくてか?」
そんな俺の質問にメーヤは一瞬驚いた表情を浮かべる。
「そこまで世間知らずとは…。いいか?迷宮というものは一括りに言っても制覇階級というものがある。初心者でも最下層まで到達出来るものからAランク以上の腕が求められるものまで種類は様々だ。そこへんの説明はギルド職員からされるはずだが…システィラめ怠ったな」
メーヤはそんな愚痴を今此処に居ないシスティラに向けて呟く。
「まあいい。そこら辺はまた追々話すとしよう。それでだ、報酬の話に移るが、本来この迷宮の報酬は金貨1枚になるのだが、今回の状況は此方の不注意もあるので、金貨5枚に上げておくが…それで良いか?」
メーヤは申し訳なさそうに確認してくる。
恐らくだが、この報酬の増加には口止めの意味も含まれているのだろう。
前にも説明した通り冒険者ギルドは民間会社のような物なので、国の管轄に入っていない。
なので、多くの貴族からよく思われてないのだ。
貴族からしたら自分達以外に第2の勢力が国内に存在しているみたいなものだからな。
従って、ギルドの失敗を貴族達に報告されて、弱味にされると不利になるのだ。
まぁ、別に貴族に知り合いなんて居ないから、ばらす事なんて出来ないから安心して欲しい。
と、言いたい所なのだが、報酬が増えて此方が困ることはないからな。
有り難く頂戴させて貰おうか。
「分かった、それで構わない」
「よし。それじゃあこれが報酬の金貨5枚だな」
そう言うとメーヤは、ギルド長室の壁際に置かれていた大きめの黒い金庫から金貨5枚が入ったであろう小さな麻袋を取り出し、机の上に置く。
「そこに報酬のお金は置いているのか?」
「ん?あぁ、金貨よりも高額な硬貨は私の部屋で管理しているよ。1階に置いておくと盗まれる危険性が高いからな」
確かに此処なら、Sランクの冒険者であるメーヤが守っているみたいなものだ。
彼女からお金を奪うぐらいなら、地道に稼いで行った方が命の危険は少ないだろう。
「けどそんな事、俺達に教えて良いのか?」
「まぁ、本来なら駄目なんだが…。正直お前達に奪われそうになったら、守りきれる自信が無いからな。それにお前達の事は少なからず信用しているし…」
メーヤは台詞の最後の方になるにつれ、声が小さくなっていき、顔を紅くしていたが、超人的な聴力を持つ俺が聴き逃すことは無かった。
俺、メーヤにそこまで信用される覚えは無いんだが?
雫は隣で「迷宮のボス部屋のあの時に、フラグが立ったか…不覚」とか呟いているが、俺にはさっぱり理解出来ん。
「後はミノタウロスの素材の事だが、今すぐ買い取ることも出来るがどうする?」
「買い取りは強制なのか?」
今回のミノタウロスの素材は雫の目的の物なので、正直買い取りが強制だと困る。
「いや、強制ではないな。素材目的で依頼を受ける冒険者も少なくない。ただ、お前達のように少数のパーティーの場合は買い取って貰う方が多いかな」
「そうか。なら悪いが素材を売るつもりは無いんだ。まぁ、今回の素材は棚からぼたもちみたいな感じだったからな」
「それほど大量の魔石が必要となる用事でもあるのか?」
「まぁ、色々とな」
メーヤの興味げな質問に対して適当にはぐらかしておく。正直なところ、俺自身も雫がどんな武器を造るかは聞いていないし。
それと素材の換金の件だが、少人数のパーティーが素材を売る場合が多いのは、生産職がパーティー内にいる確率が低いからだろう。
生産職は職業上、素材が必要になってくる場合が多いが、剣士や魔法士なんかは自分で作るより、店で売られている既製品を購入した方が手間も時間も省けるからだ。
それに生産職は冒険者にならなくとも店を経営したり、雇われたりした方が命の危険も少ないだろうし。
その後、依頼達成の確認をして、報酬の金貨5枚を受け取った俺達は、執務室を後にした。
◇
太陽達が出ていった後の執務室にはメーヤ1人が窓際に置かれている椅子に座っていた。
システィラは太陽達の見送りに行っており、この場には居ない。
「しかし、彼奴らは何者なんだ…?S級魔物を無傷で倒しきる存在なんて、今まで噂にならない筈が無いのに…」
メーヤの独り言のような疑問を持つ人間が数多く出てくるのも、そう遅くはないだろう──
◇
執務室を出た俺達はギルドホールで他の冒険者から好奇の眼差しを浴びながら、システィラの手厚い見送りを受けていた。
当然と言えば当然か。
Bランクの冒険者を冒険者登録初日に倒した人間が、今度はギルド長直々に呼ばれたんだ。
はぁ…自重すると決めていたんだがな…。
「太陽さん、凄いですよ!恐らくSランク昇格の最速記録更新です!」
そんな俺の気持ちを露知らないシスティラは目を輝かせながら褒め上げてくる。
「そのお陰で変な特典まで付いてきたけど」
「雫さん?それはもしかしなくても、私の事ではありませんよね?でもそんな僻みも関係ありませんね。私はもう太陽さんの物ですし…」
「チッ…勘違いしない。専属になったぐらいで調子に乗るな」
「あらあら~、嫉妬は見苦しいですよ」
「憎たらしい女…!」
システィラの挑発にギリギリ、と歯ぎしりの音を発てて怨念垂らしそうに睨み付ける雫に対して、システィラは笑顔で胸を張って威張る。
そのシスティラが胸を張る度に豊満な胸がぷるん、と音が出そうな程揺れる。
…男としてあの胸を凝視しないのは不可能な気がする。
──何か段々、雫とシスティラの関係が嫁姑に見えてきたよな…
そんな感想を思いながなも2人の喧嘩の仲裁をする。
俺が割って入らないと収集が着かないからな、この2人…
火花を散らし会う雫とシスティラを宥めた俺は、雫と一緒に街中の店を歩き回り始める。
歩き回ると言っても、目的もなく店を冷やかすわけではない。
大体、雫は目的もないのに外出をするほどアウトドア派ではない。
根っからのインドア派だ。
前にも「雫は吸血鬼の血を受け継いでいるから外に出ると皮膚が焼ける…」とか言っていたが、本物吸血鬼がいるこの世界だと冗談にならないな。
事前にシスティラに訊いておいた情報を頼りに、店に入って目的の物を探し回る。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
「何か武器作りに使えそうな鉱石はないか?」
そう。俺達の店を歩き回っているのは、俺の武器の強化が主な目的だ。
俺は入った店の店員らしき男性に目的の物に適した鉱石がないか質問する。
餅は餅屋にというし、こういう場合は店員に訊いた方が早いだろう。
「そうですね…剣の製作でしたら、此方の鉄鋼石が人気となっております。他でしたら…白金や青銅等がありますが」
店員は店内を見渡して、説明に出てきた鉱石を指差しながら勧めてくる。
恐らく、俺の腰に差してある刀を見て剣士だと思ったのだろう。だが残念、これは刀だ。
間違えたという事は此方の世界には刀が存在しないのだろうか?
武器の製作は雫が行うので、確認のために雫の方を見ると雫は首を横に振る。
どうやら今挙げた物ではお気に召さないようだ。
「ミスリルかオリハルコンは無い?」
「み、ミスリルとオリハルコンですか!?…申し訳ありませんが武器を製作出来るほどの量が店には置いてありません…」
「数が少ないのか?」
「そ、そうですね…稀に迷宮の宝箱で発見されたりもしますが、お客様が求められるほどの量が市場に回る事は滅多に御座いませんね。採掘場でも採れるのですが、そちらは国が管理しておりまして、国の御抱えの店でしか卸して頂けないのです…」
店員の話を聞いて俺達2人は揃って頭を悩ませてしまう。
うーん、困ったな…他の迷宮にわざわざ探しに行くのも効率が悪いしな。
迷った俺達は取り敢えず、今手に入る素材だけを買い集め、宿に戻ってから案を考えることにした。
◇
結局、宿に戻る途中も歩きながら思案してみたが、どれも効率に欠ける方法ばかりで、実行するのは躊躇われるような考えばかりだった。
「どうするかな…」
「困った」
うーん、と腕を組んで悩み声を唸らせる俺達兄妹は、悩み抜いた末に1つの結論に至った。
──別に今すぐ作る必要なくね?
…いやだって別に武装、刀だけでも勝てちゃうし?
敵わない敵が来たらでよくね?
…とかなんとか言い訳してみたが、実際は考えるのが面倒臭くなっただけだったりもする。
割合的には、お手上げ2割、だるさ8割だ。
とまぁ冗談はさておき、考えてばかりでも仕方がないので、俺は今日の迷宮で入手した宝箱の中身の整理をすることにした。
空間収納を発動させ宝物を取り出した俺は量が多いこともあり、部屋の床に一旦全部ぶちまける事にした。
床には紅く煌めく宝石や端から見ても業物だと分かる剣や弓矢が転がっていた。
…えーと、これは何だ?
怪しい緑色の液体が入った小瓶を手に取った俺は雫に訊いてみる。
鑑定を持ってない俺にはさっぱりだ。
「これはポーション。ポーション〈中〉って表示されてるから、〈中〉は恐らくレア度だと思う」
「成る程」
ダメージを受けた際なんかには役立ちそうな道具だな。
まぁ、異世界に来て未だに無傷な俺に必要な時が来るといいけれど。
…待てよ。迷宮の宝箱にあったポーションなんて腐ってそうだけど、大丈夫か?
容器に賞味期限や賞費期限の記載がされていないか見回してみたが、当然異世界の道具にそんな表記がされているわけもなかった。
まぁ、大丈夫だろ。
その他にも色々な物を物色していると、突然雫が服の袖を引っ張ってくる。
「ん?どうした?」
「これ」
そう言って雫が指差した物は、黒色の光沢の表面をした漆の様な大きな鉄の塊のような物だった。
「これがどうかしたのか?」
「これ、ミスリル」
「へー、これがミスリルねぇ……ん?ミスリル?」
「ん」
…えっ、えーーーーっ!!!み、ミスリル!?
This      is      Mithril!?おっと、つい英語で喋ってしまった。
雫の衝撃の発言に目と口を大きく開いて驚く俺。
いや、だって探し求めていたミスリルが自分の空間収納の中に既に入っていたなんて、誰が想像するか。
確かに宝物の中身は調べずに空間収納の中に放り込んだけどさぁ……あぁ、俺達の苦労は一体…。それにミスリルが黒色だとは思わなかった。ラノベの知識にも誤想はあるようだ。それもそうだろう、真に転移して異世界を見てきた人間が執筆している訳でもないんだし。
雫曰く、このミスリルの量なら、問題なく武器の製作に取り掛かれるようだ。
「お兄ちゃん、確認してなかったの…?」
「す、すまん…」
素直に申し訳なく感じる俺。
ミスリルが見つかって嬉しい反面、数時間の歩き回った労力の無駄を考えた脱力感に挟まれて、複雑な感情に陥る俺達兄妹。
──まぁ、ミスリルが見つかった事だし、結果的には良かったのか…な?
話し合いが纏まり、俺達のSランク昇格が決まったのと同時に、今までのFランクのギルドカードからSランクのギルドカードに昇格したのだ。
メーヤから手渡された新しいギルドカードは今までの物と違い、金箔の装飾が施されており、カードの隅っこに彫られている文字もFからSへと変わっていた。
「SランクのギルドカードはFランクと違って再発行に金貨1枚が必要になってくるからな」
「金額が?何故?」
「Sランクのギルドカードにはオリハルコン鉱石が使用されているからな。対してFランクのは安価な魔鉱石を使用しているから、その違いのせいだな」
オリハルコン製のギルドカードと聞いて、俺達兄妹の視線はギルドカードに釘付けになった。
異世界ラノベでも1位、2位を争う程の有名鉱石だ。
気にするな、という方が無理な話だ。
実際、異世界に来てもその存在の有無も分かっていなかった鉱石である。
オリハルコンが存在しているんだ。
多分、ミスリルも存在しているのだろう。
隣では雫が、「地球にはない物質…帰ったら試してみる」とか呟いているが、壊すようなことは流石に止めて欲しい。
ちなみにギルドカードはカード本体に埋め込まれている魔石──Sランクのギルドカードの場合はオリハルコンだが、その魔石に籠められた魔力で冒険者本人かを確認しているようだ。
なので、他人のギルドカードを強奪して、自分の物だと偽る事は不可能ということらしい。
何故魔力で判断できるかというと、魔力の波動は人それぞれ異なっており、同じ波動を持った人間は存在しないらしい。
分かりやすく例えるのなら指紋の様なものだ。
俺達はメーヤの忠告通り、無くさないように空間収納の中に仕舞っておく事にした。
「そういえば、お前達は空間収納も持っていたんだったな…つくづく規格外な奴らだ」
「その口ぶりから、やっぱり空間収納ってレアだったりするのか?」
「まぁな。但し、戦闘向きなスキルじゃないから、空間収納持ちの大半が商業ギルドに所属しているがな」
──商業ギルド。
確かこの街に入る際にも門番の男の人がそんな単語を口にしていた気がするな。
今度見に行ってみるのもいいかもな。
「さて、無事お前達のSランク昇格も終わったことだし、次に迷宮依頼の報告に入ろうか」
「ギルドマスターが直々に確認してくれるのか?」
「まぁな、話が話だからな。どうせシスティラを通して私に話が行くのだから、直接聞いても問題はないだろう」
メーヤがそう言うのなら、と俺は空間収納の中から、迷宮について纏めた情報を書いた紙の束を机の上に置く。
ちなみにこの紙は迷宮に向かう前に街の雑貨屋のような所で購入したもので、A4程の大きさで銅貨2枚もした。
地球の金額で例えると約千円程だ。地球なら百均で買えそうな物なのにだ。
店で販売されていた紙の材質から考えるに一般的にこの世界で流通している羊皮紙は地球産のように草や木材ではなく、文字通り動物の皮から作られているのだろう。そうなるとどうしても地球の紙と異なり非常に生産量、生産効率が低くなる。その為、どうしてもこの値段になってしまうのだ。
因みに俺達兄妹は紙媒体派ではなく電子媒体派である。勿論、メーヤにタブレットPCを見せるわけにはいかないから、今回は紙を購入したわけだが。
「ふむ…」
メーヤは俺の提出した報告書を興味深そうに捲りながら端から端までじっくりと読んでいる。
まぁ、あのS級魔物のお陰で迷宮内の魔物の数は少なかったから、大したページ数にはなっていない。
暫くして報告書を読み終えたメーヤが、紙を机の上に置いて此方に向き直る。
「成る程、報告書を読んで大体は分かった。しかし…この迷宮に向かった冒険者がお前達のような予想外だったから良かったものの、Aランク以下の冒険者だったら確実に死者が出ていたな」
…人を化け物のように話すのは止めて頂きたい。
隣で雫もうんうん、と頷いているが、お前もその中の1人として認知されているからな。
「それに迷宮内の階層が一階層までしかなかったというのも引っ掛かるな…」
「それ程に稀なケースなのか?」
ダンジョン初心者の俺達は他の迷宮に潜った事がないため分からないが、メーヤの反応から察するに相当稀有な事態らしい。
「うむ。今までの迷宮は最低でも10階層までは確認されているのだが…」
「確認?確定じゃなくてか?」
そんな俺の質問にメーヤは一瞬驚いた表情を浮かべる。
「そこまで世間知らずとは…。いいか?迷宮というものは一括りに言っても制覇階級というものがある。初心者でも最下層まで到達出来るものからAランク以上の腕が求められるものまで種類は様々だ。そこへんの説明はギルド職員からされるはずだが…システィラめ怠ったな」
メーヤはそんな愚痴を今此処に居ないシスティラに向けて呟く。
「まあいい。そこら辺はまた追々話すとしよう。それでだ、報酬の話に移るが、本来この迷宮の報酬は金貨1枚になるのだが、今回の状況は此方の不注意もあるので、金貨5枚に上げておくが…それで良いか?」
メーヤは申し訳なさそうに確認してくる。
恐らくだが、この報酬の増加には口止めの意味も含まれているのだろう。
前にも説明した通り冒険者ギルドは民間会社のような物なので、国の管轄に入っていない。
なので、多くの貴族からよく思われてないのだ。
貴族からしたら自分達以外に第2の勢力が国内に存在しているみたいなものだからな。
従って、ギルドの失敗を貴族達に報告されて、弱味にされると不利になるのだ。
まぁ、別に貴族に知り合いなんて居ないから、ばらす事なんて出来ないから安心して欲しい。
と、言いたい所なのだが、報酬が増えて此方が困ることはないからな。
有り難く頂戴させて貰おうか。
「分かった、それで構わない」
「よし。それじゃあこれが報酬の金貨5枚だな」
そう言うとメーヤは、ギルド長室の壁際に置かれていた大きめの黒い金庫から金貨5枚が入ったであろう小さな麻袋を取り出し、机の上に置く。
「そこに報酬のお金は置いているのか?」
「ん?あぁ、金貨よりも高額な硬貨は私の部屋で管理しているよ。1階に置いておくと盗まれる危険性が高いからな」
確かに此処なら、Sランクの冒険者であるメーヤが守っているみたいなものだ。
彼女からお金を奪うぐらいなら、地道に稼いで行った方が命の危険は少ないだろう。
「けどそんな事、俺達に教えて良いのか?」
「まぁ、本来なら駄目なんだが…。正直お前達に奪われそうになったら、守りきれる自信が無いからな。それにお前達の事は少なからず信用しているし…」
メーヤは台詞の最後の方になるにつれ、声が小さくなっていき、顔を紅くしていたが、超人的な聴力を持つ俺が聴き逃すことは無かった。
俺、メーヤにそこまで信用される覚えは無いんだが?
雫は隣で「迷宮のボス部屋のあの時に、フラグが立ったか…不覚」とか呟いているが、俺にはさっぱり理解出来ん。
「後はミノタウロスの素材の事だが、今すぐ買い取ることも出来るがどうする?」
「買い取りは強制なのか?」
今回のミノタウロスの素材は雫の目的の物なので、正直買い取りが強制だと困る。
「いや、強制ではないな。素材目的で依頼を受ける冒険者も少なくない。ただ、お前達のように少数のパーティーの場合は買い取って貰う方が多いかな」
「そうか。なら悪いが素材を売るつもりは無いんだ。まぁ、今回の素材は棚からぼたもちみたいな感じだったからな」
「それほど大量の魔石が必要となる用事でもあるのか?」
「まぁ、色々とな」
メーヤの興味げな質問に対して適当にはぐらかしておく。正直なところ、俺自身も雫がどんな武器を造るかは聞いていないし。
それと素材の換金の件だが、少人数のパーティーが素材を売る場合が多いのは、生産職がパーティー内にいる確率が低いからだろう。
生産職は職業上、素材が必要になってくる場合が多いが、剣士や魔法士なんかは自分で作るより、店で売られている既製品を購入した方が手間も時間も省けるからだ。
それに生産職は冒険者にならなくとも店を経営したり、雇われたりした方が命の危険も少ないだろうし。
その後、依頼達成の確認をして、報酬の金貨5枚を受け取った俺達は、執務室を後にした。
◇
太陽達が出ていった後の執務室にはメーヤ1人が窓際に置かれている椅子に座っていた。
システィラは太陽達の見送りに行っており、この場には居ない。
「しかし、彼奴らは何者なんだ…?S級魔物を無傷で倒しきる存在なんて、今まで噂にならない筈が無いのに…」
メーヤの独り言のような疑問を持つ人間が数多く出てくるのも、そう遅くはないだろう──
◇
執務室を出た俺達はギルドホールで他の冒険者から好奇の眼差しを浴びながら、システィラの手厚い見送りを受けていた。
当然と言えば当然か。
Bランクの冒険者を冒険者登録初日に倒した人間が、今度はギルド長直々に呼ばれたんだ。
はぁ…自重すると決めていたんだがな…。
「太陽さん、凄いですよ!恐らくSランク昇格の最速記録更新です!」
そんな俺の気持ちを露知らないシスティラは目を輝かせながら褒め上げてくる。
「そのお陰で変な特典まで付いてきたけど」
「雫さん?それはもしかしなくても、私の事ではありませんよね?でもそんな僻みも関係ありませんね。私はもう太陽さんの物ですし…」
「チッ…勘違いしない。専属になったぐらいで調子に乗るな」
「あらあら~、嫉妬は見苦しいですよ」
「憎たらしい女…!」
システィラの挑発にギリギリ、と歯ぎしりの音を発てて怨念垂らしそうに睨み付ける雫に対して、システィラは笑顔で胸を張って威張る。
そのシスティラが胸を張る度に豊満な胸がぷるん、と音が出そうな程揺れる。
…男としてあの胸を凝視しないのは不可能な気がする。
──何か段々、雫とシスティラの関係が嫁姑に見えてきたよな…
そんな感想を思いながなも2人の喧嘩の仲裁をする。
俺が割って入らないと収集が着かないからな、この2人…
火花を散らし会う雫とシスティラを宥めた俺は、雫と一緒に街中の店を歩き回り始める。
歩き回ると言っても、目的もなく店を冷やかすわけではない。
大体、雫は目的もないのに外出をするほどアウトドア派ではない。
根っからのインドア派だ。
前にも「雫は吸血鬼の血を受け継いでいるから外に出ると皮膚が焼ける…」とか言っていたが、本物吸血鬼がいるこの世界だと冗談にならないな。
事前にシスティラに訊いておいた情報を頼りに、店に入って目的の物を探し回る。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
「何か武器作りに使えそうな鉱石はないか?」
そう。俺達の店を歩き回っているのは、俺の武器の強化が主な目的だ。
俺は入った店の店員らしき男性に目的の物に適した鉱石がないか質問する。
餅は餅屋にというし、こういう場合は店員に訊いた方が早いだろう。
「そうですね…剣の製作でしたら、此方の鉄鋼石が人気となっております。他でしたら…白金や青銅等がありますが」
店員は店内を見渡して、説明に出てきた鉱石を指差しながら勧めてくる。
恐らく、俺の腰に差してある刀を見て剣士だと思ったのだろう。だが残念、これは刀だ。
間違えたという事は此方の世界には刀が存在しないのだろうか?
武器の製作は雫が行うので、確認のために雫の方を見ると雫は首を横に振る。
どうやら今挙げた物ではお気に召さないようだ。
「ミスリルかオリハルコンは無い?」
「み、ミスリルとオリハルコンですか!?…申し訳ありませんが武器を製作出来るほどの量が店には置いてありません…」
「数が少ないのか?」
「そ、そうですね…稀に迷宮の宝箱で発見されたりもしますが、お客様が求められるほどの量が市場に回る事は滅多に御座いませんね。採掘場でも採れるのですが、そちらは国が管理しておりまして、国の御抱えの店でしか卸して頂けないのです…」
店員の話を聞いて俺達2人は揃って頭を悩ませてしまう。
うーん、困ったな…他の迷宮にわざわざ探しに行くのも効率が悪いしな。
迷った俺達は取り敢えず、今手に入る素材だけを買い集め、宿に戻ってから案を考えることにした。
◇
結局、宿に戻る途中も歩きながら思案してみたが、どれも効率に欠ける方法ばかりで、実行するのは躊躇われるような考えばかりだった。
「どうするかな…」
「困った」
うーん、と腕を組んで悩み声を唸らせる俺達兄妹は、悩み抜いた末に1つの結論に至った。
──別に今すぐ作る必要なくね?
…いやだって別に武装、刀だけでも勝てちゃうし?
敵わない敵が来たらでよくね?
…とかなんとか言い訳してみたが、実際は考えるのが面倒臭くなっただけだったりもする。
割合的には、お手上げ2割、だるさ8割だ。
とまぁ冗談はさておき、考えてばかりでも仕方がないので、俺は今日の迷宮で入手した宝箱の中身の整理をすることにした。
空間収納を発動させ宝物を取り出した俺は量が多いこともあり、部屋の床に一旦全部ぶちまける事にした。
床には紅く煌めく宝石や端から見ても業物だと分かる剣や弓矢が転がっていた。
…えーと、これは何だ?
怪しい緑色の液体が入った小瓶を手に取った俺は雫に訊いてみる。
鑑定を持ってない俺にはさっぱりだ。
「これはポーション。ポーション〈中〉って表示されてるから、〈中〉は恐らくレア度だと思う」
「成る程」
ダメージを受けた際なんかには役立ちそうな道具だな。
まぁ、異世界に来て未だに無傷な俺に必要な時が来るといいけれど。
…待てよ。迷宮の宝箱にあったポーションなんて腐ってそうだけど、大丈夫か?
容器に賞味期限や賞費期限の記載がされていないか見回してみたが、当然異世界の道具にそんな表記がされているわけもなかった。
まぁ、大丈夫だろ。
その他にも色々な物を物色していると、突然雫が服の袖を引っ張ってくる。
「ん?どうした?」
「これ」
そう言って雫が指差した物は、黒色の光沢の表面をした漆の様な大きな鉄の塊のような物だった。
「これがどうかしたのか?」
「これ、ミスリル」
「へー、これがミスリルねぇ……ん?ミスリル?」
「ん」
…えっ、えーーーーっ!!!み、ミスリル!?
This      is      Mithril!?おっと、つい英語で喋ってしまった。
雫の衝撃の発言に目と口を大きく開いて驚く俺。
いや、だって探し求めていたミスリルが自分の空間収納の中に既に入っていたなんて、誰が想像するか。
確かに宝物の中身は調べずに空間収納の中に放り込んだけどさぁ……あぁ、俺達の苦労は一体…。それにミスリルが黒色だとは思わなかった。ラノベの知識にも誤想はあるようだ。それもそうだろう、真に転移して異世界を見てきた人間が執筆している訳でもないんだし。
雫曰く、このミスリルの量なら、問題なく武器の製作に取り掛かれるようだ。
「お兄ちゃん、確認してなかったの…?」
「す、すまん…」
素直に申し訳なく感じる俺。
ミスリルが見つかって嬉しい反面、数時間の歩き回った労力の無駄を考えた脱力感に挟まれて、複雑な感情に陥る俺達兄妹。
──まぁ、ミスリルが見つかった事だし、結果的には良かったのか…な?
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