本日は性転ナリ。

漆湯講義

After Story…My Dearest.6

醤油や出汁、野菜の匂いが台所からフワリと私たちを包み込む。
そして囲炉裏の横に置かれた一枚板の大きなテーブルには、お婆ちゃん特製の和食たち、それと私と莉結が手伝った料理が所狭しと並ぶ。
お茶を注ぐお婆ちゃんの背に"ありがとう"と声を掛け、私たちはテーブルに着き、手を合わせた。

"いただきます"

私たちがそう言うと『たんとお食べ』と、お婆ちゃんのゆっくりとした優しい声が返ってきた。
どうしたらこんなにも優しく温かな声が出せるんだろう、私もいつかお婆ちゃんになった時、こんな優しい声で…って、その時話しかけるのは莉結?それとも…

『何か悩みがあるんなら食後に聞くでねえ』

私の気持ちを見透かしたかのようにその言葉が優しく染み込んだ。
私は"うん"と小さく応えると、味の染み込んだ玉子を口に頬張った。

"ご馳走さまでした"

"お粗末様でした"

「おいしかったぁー、やっぱお婆ちゃんの手料理は最高だっ♪」

『嬉しいやあ、またいつでも食べに来てねえ』

ニコニコと片付けを始めたお婆ちゃんを手伝って皿洗いをしていると、『昔もよくこうやって瑠衣ちゃんと莉結が手伝ってくれたっけねえ、だからウチにはいっつも小さな踏み台が二つ置いてあったんだ』そう言ってお婆ちゃんは幸せそうな顔をした。

『だから瑠衣ちゃんだって私の孫、いや、子供みたいなもんだでね、あん時だって…』

思い出の宝箱みたいに色んな思い出話が溢れてくるお婆ちゃんのお話にあっという間に夕食の片付けが終わった。

そしてお婆ちゃんは、お茶っ葉を急須へと入れてお湯を注ぐと、少し蒸した後、温めた湯呑みへとお茶を淹れ、私たちの前へと運んでくれる。
そして"ふぅー"とゆっくりと腰を下ろしてお茶を啜ると『何か婆ちゃんに相談してくれる事があるみたいだねえ』と微笑んだ。

私は"あの手紙"の事を話し、この送り主の言葉を信用していいものか、そして"人生を共に進むパートナー"とはどういうものなのかを教えて欲しいと言った。
お婆ちゃんは『そうかあ』と一言呟くと、私と莉結をゆっくりと交互に見て『私にはわからんよ』と、また微笑む。

そっかぁ、と莉結に目をやると、またお婆ちゃんが口を開いた。

『人生なんてなあ、誰にもわからんもんさ。その時に"この人だ"って思った人でいい。慎重になって見定めているうちにどんどん時間は過ぎてっちまうに。感情なんて季節とおんなじ。変わるのが当たり前、変わらないもんは無いんだね。その手紙を書いた人だって色々と葛藤があったろうに。先ずは信じてみい。それで駄目なら駄目でいい。自分の"信じた気持ち"ってのが大切だに。最初から他人を信用しちゃいかん世の中には変わり無いけえが、自分を信用してくれているかもしれん他人(ひと)には疑いをもっちゃいかんよ』

そう言ってお婆ちゃんは"ね?"とまた静かに微笑んだ。

お婆ちゃん、世の中そんないい人ばかりじゃないんだよ?なんて気持ちもあったが、お婆ちゃんの人を信じる気持ちに心惹かれた。
他人を疑わなくても生きていける世の中ならいいのに…

「けどそれが嘘だったらどうしよう」

『そうだよお婆ちゃん、私は何だか怖いな』

そう言う私たちにお婆ちゃんはこうも言った。



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