本日は性転ナリ。

漆湯講義

176.生きる証

『私、何にも気づかなかったんだ…嶺はずっと苦しいの我慢して笑顔で振舞ってた。私、姉ちゃんなのに…たった1人の家族なのに…衣瑠ちゃん達帰ってすぐに嶺、すごい汗で…それでも笑顔で"ダイジョーブだよ…♪"って。だけどさ…ホントは辛かったんだよずっと…嶺が倒れるまで私何にもしなかった…ただ心配するだけで…』

「稚華さん…レイちゃんはきっと"いつもの稚華さん"が良かったんだよ。だから自分責めちゃダメだと思う…ね?」

稚華さんは静かに頷き、私の袖を握りしめた。

それから数時間にも感じられる長い長い時間が過ぎた。

『ご家族の方。こちらへ。』

医者の口から放たれたその言葉は私を"判決を言い渡される被告人"のような気持ちにさせた。

そして稚華さんが病室へと重い足をゆっくり動かしていく。

『2人も…おねがい…』



病室へ入ると、ただ力無く横たわり、いくつもの器具が取り付けられたレイちゃんの姿が目に入ってきた。
つい少し前に見たあの無邪気な笑顔もそこにはもう無い。
そして先生がこちらをちらりと見て重い口を開く。
『嶺さんですが…なんとか一命は取り留めましたが…もって3日…と言ったところでしょうか…』

その瞬間、心臓が音を立てて握り潰される。

そんな…

私は、心の何処かで映画やドラマみたいに奇跡が起こってくれるものだと信じていたみたいだ。

きっとそれはみんな同じ。
しかし現実とは残酷なものだ。

でも…でもまだその奇跡を信じる気持ちは残っている。

だけど…

そんな中、スヤスヤと眠りにつくレイちゃんの顔にそっと触れ、稚華さんがポツリと呟いた。

『がんばったんだね…』

その瞬間私の中で辛うじて残っていた希望が音を立てて崩れ落ちた。

そうだよ。レイちゃんは私たちの為に精一杯頑張ったんだ…
これ以上レイちゃんに辛い思いはして欲しくないよね…

それは誰よりも嶺ちゃんを愛して信じ続けてきた稚華さんだからこその言葉だったのだろう。

静かな室内に心電図の音が響く。

それが私たちには"私まだ頑張るよ"というレイちゃんの声に聞こえた。

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