本日は性転ナリ。

漆湯講義

130.対面

彩ちゃんが悲しさを隠す顔はすぐに分かる。

そんな表情…もうして欲しくない。

私は彩ちゃんの手を取るとそのまま昇降口へと走り出した。

『ちょっ…衣瑠ぅー!!学校どうすんのよー!!もぅ…行ってきなさいッ!!』
後ろで叫ぶ莉結の声は子供のワガママに困る親のようだった。

莉結ごめん!行ってきます!!


階段を足早に駆け下りて行く。

『ちょっと!!本気?もういいよ!!』

「ごめん!それじゃ私が良くないんだッ!!私のワガママ付き合って!!」

彩ちゃんは返事をしなかった。

その代わりに私の手をギュッと握り返す手を、しっかりと繋ぎ直して学校の外へ飛び出した。

「お父さんの会社ってドコ?」

『車で30分はかかるよっ…あっ、けど今日はたぶん家に居る!!』

「分かった!!勝手なことしてごめん!!だけど…彩ちゃんの悲しい顔はもう見たくない!!」

『ぅん…ありがとぅ…』
少しの沈黙の後、2人の足音や呼吸にかき消されてしまうほどの小さな小さな声が聞こえた。


仕事中のサラリーマンや買い物途中のおばさんの隙間を抜い、春風と共に走っていく。

遠くに彩ちゃんの家が見えてくる。

スピードを上げ、その勢いのまま門扉を押し開け玄関へと到着した。

乱れる呼吸を整え、彩ちゃんと顔を合わす。

やんわりと湿った手を再び強く握り玄関を開いた。


ひんやりとした室内の空気が2人を包み込む。

『こっち…』

そう言って手を引っ張る彩ちゃんの声が震えていた。

突然彩ちゃんの足が止まった。

『大丈夫だよ…』

それは自分に言い聞かせているようだった。
先程より強張るその声で、このドアの奥に"お父さん"が居ることが分かる。


「うん。大丈夫。きっとわかってくれる。」

ドアノブに手をかけ"カチャッ"という音と共にドアの隙間から光が差し込んでくる。

ドアが開き切ったとき、大きな窓から差し込む光を背に椅子に腰掛ける人影が見えた。






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