本日は性転ナリ。

漆湯講義

127.シッパイ

「無駄なんかじゃない!!アンタなんかに彩ちゃんは渡さない!!」

先ほどの怒号で静まり返っていたロビーに私の叫び声が響いた。

カジシマは深いため息を吐きつつ周囲に視線をやっている。

すると『お前は…何がしたいんだ。』そう言いながら自分の懐に手を伸ばし、黒光りした長方形の物体を取り出した。

『これで満足だろ?』

そう言いつつ取り出したのは…財布だ。

金で解決なんてそれだけでも堪え難いのに、
綺麗に収納された札束から5〜6枚を適当につまみ出し、『これでホテルでも行くんだな。』鼻で笑い"それ"を私の胸元へと挟み込んだ。


"パシーンッッ!!"

その音はシンバルの如く反響しフロア一帯に響き渡る。

手のひらが熱い。

はっと我にかえると頬を押さえるカジシマと、床に飛んだ眼鏡が目に入る。

『この…クソガキぃ…』

歯を食いしばり、物凄い勢いで目の前に迫って来たカジシマの腕が高くあげられる。

私は咄嗟に目を瞑り両腕を顔の前にやると腰から床へ、ペシャリと座り込んでしまった。

殴られる!そう思ったが来るはずの衝撃は訪れない。

『覚えとけよ…』

その言葉にゆっくりと目を開ける。

カジシマが眼鏡を拾い上げ立ち去っていく後ろ姿。

それに安堵してしまっている自分。

必死にカジシマを呼び止める言葉を探すが喉に何かが詰まってしまったかのように何も出てこない。

カジシマの姿が見えなくなった時、急に喉の栓が外れたかのように情けない声と大粒の涙が溢れ出してきた。

結局私は何もできなかった。

何もできてきないばかりか、逆に物事を荒立てて、悪い方向へ持って行ってしまったに違いない。

私は….バカヤローだ。




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