本日は性転ナリ。

漆湯講義

68.フラッシュバック

 ……彩ちゃんが口にした言葉が頭の中で反復している。
 彩には私だけでいい? 妄想はどうせ崩れる? いきなりそんな事を言われたって何の事を言っているのかが分からない。
 その場に立ち尽くしたまま私へと冷たい視線を送り続ける彩ちゃん。私は何か言わなきゃ、と思っているのに、声の出し方を忘れてしまったかのように喉を小さく動かす事しかできずにいた。
 そして数分、いや数十分は経っただろうか。ずっと私の中で延々と反復されていた彩ちゃんの言葉の波に、バスの中で彩ちゃんがポツリと呟いたあの会話がふっと浮かび上がった。
 "それと……、アヤ"
 彩ちゃんが自分、そして私以外に信用できると言った唯一の人間。もし今言った"あや"がその子の事なら……、"アヤには私だけでいい"そう言ったとも受け取れるんじゃ……って思った。
 でもそうなると、アヤちゃんっていう子には私、つまり彩ちゃんさえ居ればいいって事になる。私がお土産を選んでいる間に突然気が変わって私にあんな事を? でもやっぱり何かが腑に落ちない。だって私が店を出て彩ちゃんにぬいぐるみをプレゼントした時はあんなに喜んでくれていた。
 私は何か勘違い……というよりも何かを見落としている気がする。
 アヤには私だけ……。アヤには……。彩ちゃんには、私……だけ?
 その瞬間、背筋に冷たいものがじわりと這い上がってきた。

 "彩にはワタシだけでいい"

「あなたは……誰?」

 私は頭に浮かんだ異常な推論を確かめるべく、強張って開き切らない口を無理矢理開いてそう尋ねた。
 ……すぐに口を開こうとしない彩ちゃんを凝視するように見つめる下瞼に妙な力が入る……。
 すると彩ちゃんの唇がすうっと薄く開き、無機質な声が私へと届けられる。

「私は私。私には貴女なんて必要無い。いいえ、今の貴方は邪魔でしかない」

 ……そんな答えが私の推論を確証へと変えた。
 今、目の前に居るのは"彩ちゃん"じゃない……。
 そして"アヤちゃん"は呆然と立ち尽くす私の横を視線を向ける事なく通り過ぎようとする。……すれ違った瞬間、ふわりと彩ちゃんの香りがした。
 その時だった。

"居なくなればいい"

 その香りと共に……小さく低い声が響いた。

 
 
 

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