本日は性転ナリ。

漆湯講義

58.my family

「なぁんて」

 小さく呟かれた一言に私の視線が止まる。天堂さんはというと、何事も無かったかのように二つ目のティーカップに紅茶を注ぎだしている。
 呆気にとられた私が声を漏らすと、既に三つ目のカップへと紅茶を注ぎ始めていた天堂さんが、「突然そんなこと言われても困るものね」と、自らを嘲笑するかのように鼻で笑った。

「そんな風にでも思っていないと私の居場所なんて何処にも無い気がして。"命を捧げる"なんて言って、本当は相手の中に無理矢理自分の居場所を作りたいだけ」

 私は思わず目を逸らした。だって私にはそれに応えてあげられる言葉も経験も見つからなかったから。
 すると視線の先、キッチンの壁に掛けられた写真が目に映った。そしてそれを見た天堂さんがまた、ふっと鼻で笑った。

「それが"私の住む家"の姿よ」

 その写真には笑顔を向ける三人の姿があった。多分、天堂さんのお父さん、お母さん、それと……、少し天堂さんに似ているけど違う、女の子の姿。
 私はふとここに来る時に視界の端に映ったいくつかの写真を思い出した。
 何故か私は胸騒ぎがして、振り返ってその写真を探した。
 キッチンから隔てるものもなく大きく広がっているリビングの中央には、薄らとオレンジ色の混じる光に黒光りした高そうなソファーが置かれている。そしてその正面に置かれた大きな壁掛けのテレビの下。そこにそれらは置かれていた。

「ごめん、ちょっと見てもいい?」

 天堂さんは私の問いに目を細め答えた。

「構わないけれど……、私は先に戻るわ」

 テレビの下に置かれたいくつかの写真へとゆっくりと近づいていくと、思った通り。その写真のどれもが先程の三人のものだった。
 入園式から高校の卒業式……、家族旅行の写真まで事あるごとに撮ったような写真の数々。でもそこには天堂さん、彩ちゃんの姿は無かった。そしてその写真の一つに
油性マジックで書かれた"My family"の文字。
 部屋を後にした私の頭の中には、"これが私の住む家の姿よ"という天堂さんの言葉が反復していた。


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