本日は性転ナリ。

漆湯講義

48.解決の糸口

 莉結の元へ戻るとその隣には麗美の姿があった。二人は輝く星たちに見飽きたのか、芝生に腰を下ろして何やら楽しげに話をしている。すると、私に気付いた莉結が小さく手をあげ、それに気付いた麗美の視線も私へと向けられた。

「で、健太くん何だったの?」

 莉結は麗美との会話の延長線上のように何気無くそう言った。でも、私の表情がよほど冴えていなかったのか、莉結は心配そうな表情へと変わる。私は無理に口角をあげてみたけど、きっとそれはぎこちないままで、逆に莉結の心配を増幅させてしまったようだった。なんて返事をすればいいのか迷ったものの、あの男の事を話すのがなんだか嫌で、一言でまとめて「くだらない話」とだけ答える。そう、あれはくだらない話。青春の淡い輝きを纏っているようでも、中身は自己陶酔で練り上げられた"くだらないモノ"だった。

「なにそれっ、実は告白されたんでしょっ?」

 麗美の澄んだ声に私は思わず言葉を詰まらせた。勘がいいのか適当なのか……状況的にはそう考えて当たり前なのかも知れないけど、あの事をピタリと言い当てられ、別に隠すような事では無いのに、余計に話辛くなってしまった。そして麗美は黙ったままの私を暫く見つめると、突然立ち上がって私に歩み寄る。

「ほんとに告白……だったの?」

 先程の声の軽さは無く、表情にも柔らかさが薄れていた。やっぱり麗美は冗談で適当に言っただけみたいだ。そして何故か不安そうに私を見つめる真剣な眼差しに、私はなんだか罪悪感のようなものを感じて無意識に視線を逸らした。

「まぁ……そんな感じ」

 何で普通に返せないんだろう。これじゃあまるで健太の事意識してるみたいで気分が悪い。お構い無しにいつものトーンでその時の状況を色々と質問してくる莉結に溜息を吐くと、私はそれには何も答えずに一言、"興味も無いし断ったからもうこの話はおしまい"と話を打ち止めて腰を下ろした。
 それを聞いた麗美は不思議と落ち着き、"あぁ……なんだっ"と笑って莉結の隣へと再び腰を下ろした。
 そういえば麗美はまだ私の事を好きだったりするんだろうか……。
 ふとそんな事が頭に浮かんで、横目で麗美を見ると目が合った。睫毛の長い切れ長の優しい目。その目が私を真っ直ぐに見つめて少し細まる。そして麗美は、私の心を見透かしたみたいに、"私はまだ好きだからねっ"と無邪気に言ってウィンクした。
 私はそのウィンクを受け止めないように慌てて視線を落とすと、無意味に足元の雑草を指でなぞりながら付け加えるように"私は誰とも付き合えないよ"と呟いた。
 でも麗美は"高嶺の花ですねぇ"なんて笑い飛ばしたくらいだから、案外それも冗談で言っただけかも知れない。それを裏付けるように、突然麗美は"そのお店のクロワッサン超美味いんだよ"って多分さっきまで莉結と話していた会話の続きを口にする。莉結は困惑しつつもいつもの感じで返答していて、なんとなく健太の話は流れていった。
 私達の会話は、近所に出来た服屋の店員の態度が悪いだの、あの先生は絶対にカツラだの……、別に今話さなくていいじゃんって内容の話ばっかりだった。それでもやっぱりいつもとは違う周りの雰囲気に、そんなくだらない話でさえどこか特別な雰囲気を醸し出していた。
 そんな会話の中で、麗美の歳の離れたお姉さんは町外れの小さな内科で看護師をやっているらしく、麗美は事あるごとに採血の練習台にさせられているのだと言って七分丈のシャツを袖を上げると、腕にできた無数の注射痕を見せてきた。
 私はうわっ痛そう、なんて言いつつも、そんな事って実際やっていいものなのか、なんて疑問が私の頭の中で麗美の話をぼやけさせる。
 すると莉結がパチンと手を叩いて"そういえば! "と話を切り出した。
 そしてそれは、私の見た夢とリンクして一つの推論を導き出すこととなる。
 莉結の話によると、私が居ない時に麗美と子供の頃の話をしたそうだ。そして麗美が小さい頃、しかもほぼ同時期に私と一緒の病院に入院していたというのだ。普通ならその偶然に驚き、奇跡だの運命だのを感じるところだろうけど、私にとってそれは夕方見た夢と麗美の腕の注射痕、そして意味深な発言とリンクして、全てがこの瞬間、私へと用意されたパズルのピースのように感じた。

「そうそう、あの病院から見える星空も綺麗でさぁ……毎日見てたんだぁ。てかなんで衣瑠ちゃん達と出逢わなかったんだろっ? けどそれもそれで運命ってやつなのかねっ」

 麗美はいつもと変わらない様子だ。でも父さんの言っていた"あの子"が麗美だなんて都合が良すぎやしないだろうか。ただ同じ時期に同じ病院に居て、私と同じような注射痕がある、ただそれだけ。それだけなのだ。

「衣瑠っ?」

 気がつくと二人が私の顔を覗き込んでいた。私はふと麗美の顔を凝視したけど、やっぱり麗美が私と同じ病気だなんて思えなかった。顔だけじゃなく身振り手振りだってそれは紛れも無い女の子で、それは私なんかと違って生まれ持った偽りの無いモノに見えた。

「みんな星空は満喫できたかぁ? 整列しろー。センターの方からお土産を頂いているのでクラス別に並んで受け取れよー」

 先生のその一声で会話は中断され、私の疑念を残したまま私達はその場を後にした。








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