本日は性転ナリ。

漆湯講義

35.夜の木漏れ日

 私は、その透き通った瞳に吸い込まれてしまいそうになる……薄っすらと赤く染まった頬が、莉結を普段よりずっと艶やかに見せる。
 そんな莉結を見ていたら、私の心臓の鼓動はみるみる速さを増していき、それに比例するように呼吸も早まっていった。

「莉結……」

 それはまるで……私だけに重力が強まったみたいに、静かに、ゆっくりと莉結との距離が縮まっていく……
 その時だった。

「ふぅーっ、気持ちよかったぁっ!」

 突然戻ってきたほのかさんの声に、私は慌てて身体を逸らした。
 すると、ほのかさんは両腕を上げたまま私達の方を見て固まっていて、その顔は、みるみるうちに真っ赤に染め上げられていった。

「あ……ほのかさん、早かったねっ!」

 なるべく笑顔をつくってそう言ったつもりだったけど、ほのかさんは呆然と私を見つめたまま何も答えなかった。
 すると、ほのかさんは何事も無かったかのように鼻歌を口ずさみだし、意味もなく自分の荷物の整理を繰り返しだしたのだ。一度出した物を仕舞い込み、そしてまた出しては仕舞う……その最中も、視線は手元に向いておらず、どこか遠くを見ているようだった。
 そこで、何か変な勘違いをしているに違いない……と確信した私は、「あの……ほのかさん」と声を掛けた。
 すると、ほのかさんは一瞬身体を硬直させ、ソワソワした様子で私の方を向くと、何ともぎこちない笑顔を見せた。

「えっ? はいっ! な、何か?」

 あからさまに動揺しているその返答に、変な勘違いをされたまま放っておいたら、これから先、私達の学校生活の雲行きが怪しくなってしまうかもしれない、と私は焦った。

「えっと……ほのかさん、何か勘違い……してないよねっ?」

 私がそう言うと、ほのかさんの表情が少し和らいだ気がした。

「勘違いっ?! えっと……あの……もしかして、キス……してないの?」

 やっぱり……そんな事だと思った。だけど、私はキス……しようとしてた訳じゃないよね? ほのかさんがあのタイミングで戻ってこなかったら……いや、あり得っこないよね。

「違うって! 何勘違いしてんのっ? ほのかさん面白いねっ」

「そうだよねっ! 私、見ちゃいけないとこ見ちゃったと思って、見てないフリするのに必死だったんだっ、衣瑠ちゃんと莉結ちゃん百合要素あるからさぁ、勘違いしちゃっ……あっ。ごめん今のは聞かなかった事にしてっ!」

 ユリヨウソ? 言ってる事はよく分かんないけど、この人……こんな馬鹿正直で純粋で、この世の中を生きていけるのか心配になってしまう。それにしても……見られたのがほのかさんで良かった。

 何とかほのかさんの誤解が解けると、そのうちにクラスの女子達が続々と戻ってきて、部屋の中は騒がしさを取り戻していく。
 私と莉結は、何だか恥ずかしさが取りきれなくって、ぎこちない雰囲気のまま部屋の隅に敷いた布団の上で、大人しく"三角座り"をしていた。それからクラスの女子の会話に付き合わされながらも、私達は、何だかお互いを意識してしまっていた。そんな中、時折チラチラと私を見る莉結が、やっぱり子供みたいで可愛なぁ、なんて思ったりしてしまう自分が恥ずかしくて、何だかふわふわとした不思議な気分のまま時は過ぎていった。

 ……そして、楽しげな会話が入り乱れていた部屋は、消灯を告げに来た先生の一声で、噂話をする近所のおばさん達みたいに静かになり、夜の静けさを取り戻したのだった。

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