本日は性転ナリ。
25.戻らない光
……少しずつ水平線に夕陽が飲み込まれていく。それを眺めながら私はまた小さな溜息を吐いた。
もうあの自分に戻る事は出来ないのかも知れない……そう思う自分が何だか悔しくて、それでも受け入れなきゃいけない現実との葛藤に、私はなす術も無く、過ぎていく時間の中に取り残されてしまうような気がした。
目を瞑って気持ちを落ち着かせようとしても、今にも溢れてしまいそうな涙の粒が私の気持ちを掻き乱していく。
そして、水平線の輝きが細い糸に変わり、空と海の真ん中へと吸い込まれていこうとした時、不意に背中が温かい何かに覆われて、私は心地よいシャンプーの香りに包まれた。
その瞬間、私の気持ちが波立てるのをやめて、段々と落ち着きを取り戻していくのを感じた。
「莉結……どうしよう」
    そんな数文字の問い掛けの意味を、全て理解してくれたように莉結は答える。
「今の瑠衣も好きだよっ。それでもやっぱり瑠衣に戻りたいって思う?」
    その言葉に即答できない自分がいた。私は、莉結の腕を握って気持ちを落ち着かせると、鼻を啜りながらも捻り出した弱々しい声で答える。
「なんだろう……今までの自分が本当なんだから元に戻らなきゃって義務感と、今の姿が本当の自分なんだから受け入れなきゃっていう義務感……もう、訳わかんないよ」
「無理しなくていいよ。どっちの瑠衣も瑠衣なんだし。どっちが本当とかどっちが嘘かなんて無いんだからさ。ゆっくり考えればいいって」
「私さ……自分が何なのか分かんない。なんかさっきの言葉で急に気付かされたっていうか……今までは目先の事だけ考えてたからなんとかやってこれたんだなって」
    すると、私を包み込む莉結の腕にギュッと力が入って、莉結の唇が頬のすぐ横まで近づいたかと思うと、囁くような小さな声で莉結が言った。
「私は衣瑠も好きなんだよ」
    私は思わず「えっ……」と莉結に顔を向けた……莉結の唇に私の唇が触れてしまいそうになる。そして私はゆっくりと瞼を閉じていって……
「おーいっ、衣瑠ちゃん! ごめんねぇっ」
    遠くに聞こえたその声に、思わず私達は顔を逸らした。
……何やってんだ、私。
すると、ほのかさんと千優さんが走って来て、私達のすぐ側で足を止めると、「えっと……あの……邪魔しちゃった……かな?」と、ぎこちなく笑った。
私がとぼけて「えっ? 何が? ていうかカレー大丈夫っ?」と言うと、ほのかさんは慌てて炊飯棟へと走って行った。
「なんか、ごめんね」
千優さんは申し訳無さそうにそう言って、「あっ、ごゆっくり」と意味深な言葉を付け加えて小走りに戻って行く。
「ごゆっくり……って」
    私は莉結と苦笑いを浮かべ合うと、「じゃぁ……私達も行くっ?」と言って照れ臭そうに歩み出した莉結に続いて、私も炊飯棟へと向かった。
炊飯棟に戻ると、男子達ががぐだぐだと座って話し込んでいて、ほのかさんと千優さんが盛り付けをしてくれている所だった。
「あっ、おかえりなさいっ衣瑠ちゃんに莉結さんっ! ご飯、出来てますよっ!」
    面倒臭いテンションで絡んできた亮太を爽やかにスルーしつつも、私達は盛り付けを手伝いにほのかさん達の元へと行った。
「さっきはごめんね」
私がそう言うと、ほのかさんはちょっと照れ臭そうに「私、そういう関係もアリだと思うよっ」と視線を逸らして言う。
    ここは否定しとくべきなんだと思うけど、何かこの人の勘違いは放って置いてもいい気がして、「あぁ……ありがとね」とだけ言っておいた。
気が付くと、千優さんが盛り付けを終えていて、子供みたいにカレーを待つ男子達が「早くー」とスプーン片手に私達を待っていて、ほんの少しだけ可愛く見えてしまった。
「さっ、お待たせねっ! 衣瑠も座って!」
目の前に置かれたカレーの匂いが私のお腹を鳴らした。お店のカレーとは比べ物にならない見た目だけど、その具材の一つ一つに見える私達の努力が、どの具材やスパイスよりも食欲を掻き立てていた。
さっき泣いたせいでもうお腹はぺこぺこだ。
「それじゃぁ頂きますっ」
辺りはすっかり暗くなり、炊飯棟の電球の光が暗闇に他の班の楽しげな姿を浮かび上がらせていた。
「衣瑠ちゃん欲しいのあるっ?」
「おい、亮太っ。お前が口付けたカレーなんて汚いだろっ」
「ちょっと男子うるさいっ、衣瑠ちゃんも莉結もあんたらなんかに興味ないからっ」
「えっ! じゃぁどうすりゃいい?」
「じゃぁこの焦げてるとこ全部食べたら教えてあげるっ」
「よしっ…….って黒っ! もはやカレーじゃねーし!」
    ………………
私達は暗闇に浮かび上がるオレンジ色の光の下、どうでも良いくだらない会話や、馬鹿な男子とほのかさんのやりとりに思わず笑った。健太と亮太も意外と面白い奴で、瑠衣の時にこいつらと友達になってたらなぁ、なんて思う私がいた。
もうあの自分に戻る事は出来ないのかも知れない……そう思う自分が何だか悔しくて、それでも受け入れなきゃいけない現実との葛藤に、私はなす術も無く、過ぎていく時間の中に取り残されてしまうような気がした。
目を瞑って気持ちを落ち着かせようとしても、今にも溢れてしまいそうな涙の粒が私の気持ちを掻き乱していく。
そして、水平線の輝きが細い糸に変わり、空と海の真ん中へと吸い込まれていこうとした時、不意に背中が温かい何かに覆われて、私は心地よいシャンプーの香りに包まれた。
その瞬間、私の気持ちが波立てるのをやめて、段々と落ち着きを取り戻していくのを感じた。
「莉結……どうしよう」
    そんな数文字の問い掛けの意味を、全て理解してくれたように莉結は答える。
「今の瑠衣も好きだよっ。それでもやっぱり瑠衣に戻りたいって思う?」
    その言葉に即答できない自分がいた。私は、莉結の腕を握って気持ちを落ち着かせると、鼻を啜りながらも捻り出した弱々しい声で答える。
「なんだろう……今までの自分が本当なんだから元に戻らなきゃって義務感と、今の姿が本当の自分なんだから受け入れなきゃっていう義務感……もう、訳わかんないよ」
「無理しなくていいよ。どっちの瑠衣も瑠衣なんだし。どっちが本当とかどっちが嘘かなんて無いんだからさ。ゆっくり考えればいいって」
「私さ……自分が何なのか分かんない。なんかさっきの言葉で急に気付かされたっていうか……今までは目先の事だけ考えてたからなんとかやってこれたんだなって」
    すると、私を包み込む莉結の腕にギュッと力が入って、莉結の唇が頬のすぐ横まで近づいたかと思うと、囁くような小さな声で莉結が言った。
「私は衣瑠も好きなんだよ」
    私は思わず「えっ……」と莉結に顔を向けた……莉結の唇に私の唇が触れてしまいそうになる。そして私はゆっくりと瞼を閉じていって……
「おーいっ、衣瑠ちゃん! ごめんねぇっ」
    遠くに聞こえたその声に、思わず私達は顔を逸らした。
……何やってんだ、私。
すると、ほのかさんと千優さんが走って来て、私達のすぐ側で足を止めると、「えっと……あの……邪魔しちゃった……かな?」と、ぎこちなく笑った。
私がとぼけて「えっ? 何が? ていうかカレー大丈夫っ?」と言うと、ほのかさんは慌てて炊飯棟へと走って行った。
「なんか、ごめんね」
千優さんは申し訳無さそうにそう言って、「あっ、ごゆっくり」と意味深な言葉を付け加えて小走りに戻って行く。
「ごゆっくり……って」
    私は莉結と苦笑いを浮かべ合うと、「じゃぁ……私達も行くっ?」と言って照れ臭そうに歩み出した莉結に続いて、私も炊飯棟へと向かった。
炊飯棟に戻ると、男子達ががぐだぐだと座って話し込んでいて、ほのかさんと千優さんが盛り付けをしてくれている所だった。
「あっ、おかえりなさいっ衣瑠ちゃんに莉結さんっ! ご飯、出来てますよっ!」
    面倒臭いテンションで絡んできた亮太を爽やかにスルーしつつも、私達は盛り付けを手伝いにほのかさん達の元へと行った。
「さっきはごめんね」
私がそう言うと、ほのかさんはちょっと照れ臭そうに「私、そういう関係もアリだと思うよっ」と視線を逸らして言う。
    ここは否定しとくべきなんだと思うけど、何かこの人の勘違いは放って置いてもいい気がして、「あぁ……ありがとね」とだけ言っておいた。
気が付くと、千優さんが盛り付けを終えていて、子供みたいにカレーを待つ男子達が「早くー」とスプーン片手に私達を待っていて、ほんの少しだけ可愛く見えてしまった。
「さっ、お待たせねっ! 衣瑠も座って!」
目の前に置かれたカレーの匂いが私のお腹を鳴らした。お店のカレーとは比べ物にならない見た目だけど、その具材の一つ一つに見える私達の努力が、どの具材やスパイスよりも食欲を掻き立てていた。
さっき泣いたせいでもうお腹はぺこぺこだ。
「それじゃぁ頂きますっ」
辺りはすっかり暗くなり、炊飯棟の電球の光が暗闇に他の班の楽しげな姿を浮かび上がらせていた。
「衣瑠ちゃん欲しいのあるっ?」
「おい、亮太っ。お前が口付けたカレーなんて汚いだろっ」
「ちょっと男子うるさいっ、衣瑠ちゃんも莉結もあんたらなんかに興味ないからっ」
「えっ! じゃぁどうすりゃいい?」
「じゃぁこの焦げてるとこ全部食べたら教えてあげるっ」
「よしっ…….って黒っ! もはやカレーじゃねーし!」
    ………………
私達は暗闇に浮かび上がるオレンジ色の光の下、どうでも良いくだらない会話や、馬鹿な男子とほのかさんのやりとりに思わず笑った。健太と亮太も意外と面白い奴で、瑠衣の時にこいつらと友達になってたらなぁ、なんて思う私がいた。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
4
-
-
221
-
-
104
-
-
55
-
-
157
-
-
4405
-
-
39
-
-
2265
-
-
353
コメント