本日は性転ナリ。

漆湯講義

23.晩御飯はカレー

「そろそろ戻れよぉっ!」

 背後に響いた先生の一声で、ふと"学校"という現実に戻される。同時に、莉結と肩を寄せ合い、景色を眺めていた自分が急に恥ずかしく思えた。

「そろそろ行こっか」

 莉結はそう言って立ち上がり、ズボンに着いた芝生の葉を手で払った。私はというと、なんだか恥ずかしくって、莉結とは目も合わさずに立ち上がってこう言った。

「そ、そうだねっ、次は炊飯棟でカレー作りだったっけ」

    莉結はそんな私に「どうかしたっ?」と聞いたけど、「なんか胸元が落ち着かないだけっ」と私は誤魔化した。

 炊飯棟へ向かう生徒の列に合流してからも、私の心には何故か落ち着かない感覚が薄っすらとへばり付いていて、"手を繋ぐとか女なら別に変じゃないよね"とか"周りは何とも思ってないはずだし"という何かに対する言い訳みたいな言葉ばかりが頭に浮かんだ。
 それから少し歩いて広場のような場所に到着すると、炊飯棟の、木で作られた屋根がちらほらと姿を現した。炊飯棟の真ん中には食材とか調理器具が並べられた大きなテーブルがあって、その脇にはちゃんとした流し台もある。

 そして私達は、先生の指示に従ってあらかじめ振り分けられていた班ごとに分かれ、簡単な説明を受けると、早速準備に取り掛かった。

 私の班は莉結と千優さんとほのかさん、健太と亮太の六人だ。
 今は午後四時。三時間後の七時頃までにカレーと飯盒炊飯によるご飯を作らなければいけない。ってどう考えても余裕だけど。

「男子はご飯作ってよね!」

    早速動き始めたのがクラスの学級委員でもあるほのかさんだった。成績優秀で正義感の強い、真面目な"純情乙女"って感じの子。そんな性格のせいか、一部のクラスメイトからは少し嫌がられている。

「えぇー?    ってか莉結さんと、その……衣瑠ちゃんはどっちやんの?」

    こいつはサッカー部の健太。サッカーの実力は県内トップクラスとまで言われてて、将来はプロ間違いなしだなんてもてはやされているクラスのリーダー的存在……だけど少し馬鹿なのが玉に瑕だったりする。顔も女子からは評判が良くて、噂によると他のクラスの"お嬢様"と付き合っているらしい。ま、私には本当にどうでもいい話だけど。

「私達はカレーやりたいっ!」

   莉結がそう言うと、亮太が面倒臭いテンションで「じゃぁ俺たちもカレー作りまぁーっす!」と言って高々と手を挙げる。

「バカ!    あんたたちと莉結達を一緒にする訳無いでしょ、男子は飯盒炊飯って昔から決まってるんだから!」

「あの……私は別にどちらでもいいので」
    
 男子に気を遣ってか、ぼそっと"千優(ちゆ)"さんが口を挟んだ。


「ほらみろ!    そー言ってんじゃん!    俺らはこういう時しか仲良くなる機会ないんだから」

 こいつも健太とと同じくサッカー部の亮太。健太と昔から仲が良いらしく、いつも一緒にいる。私が"男だった"頃、愛想の悪い私にもよく話しかけてきた変わり者、というよりは誰にでも愛想の良いお人好しって感じかな。

    暫く亮太とほのかさんの言い合いは止まらなかったけど、「か弱い女の子に火傷させる気?    衣瑠ちゃんに嫌われるよ!」という何とも複雑な一言で亮太は渋々折れる事になった。

「わかったよ。米炊きゃいんだろっ」

    そう吐き捨てるように亮太が言うと、二人はぶつくさ言いながら飯盒の準備を始めた。


「さっ、衣瑠ちゃん、仲良くカレー作りましょっ」

    ほのかさんはそう言って、亮太と言い合っていた時とは別人みたいに可愛らしく微笑んだのだった。

 ……周りの班が試行錯誤している中、
私達の班は早々と具材の調理を終え、あとは煮込むだけというところまできていた。

「莉結ちゃんも衣瑠ちゃんも凄いじゃん!    私、何にもやってないやっ」

    そう言うほのかさんも、洗い物は完璧だったと思う。それはまるでベテラン主婦のように手際が良くて、何処かのお母さんが紛れ込んだんじゃないかって思っちゃうくらいだった。

「ほんとなにもかもやってもらってごめんね」

「いやっ……いいんだって、やれる事分担してやってるだけじゃん?」

    千優さんは……ひたすらじゃがいもの皮を剥いていたけど……皮を剥き過ぎてまともな大きさになってきたものが無かった。でも大丈夫っ、じゃがいもはじゃがいもだからっ!

 すると、ほのかさんは洗い物を終え、手を拭きながら「よしっ、あとは待つだけだしガールズトークでもしちゃうっ?」と目を輝かせた。
 ほのかさんの意外な性格に驚いていると、「いいねぇ! しよしよっ」なんて莉結までもが目を輝かせている。でもやっぱり千優さんだけは気が進まなそうに苦笑いを浮かべた。





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