おばあちゃんの笑顔(短編小説)
おばあちゃんの笑顔
 息子が生まれて、初孫だとか、初めての男の子だとかで、周りがあれやこれやと騒がしく、そんな時に祖母に少しずつ異変が見られるようになった。
食事をした後でも、まだ食べてないと言う。私を自分の姪だと思い込んだり、母のことを昔の奉公先のお嬢様と間違えたり…。
それでも、生まれて間もない息子に触れたがり、泣いてればあやそうとする。
毎日の夜泣きでくたびれた私が居眠りしてる間に、泣いてる息子に重湯を飲ませようとしたり、くしゃみをした息子を風邪を引いたと思って、額に梅干しを乗せたりと、昔ながらの育児をしようとしたのだった。
嗚呼…赤ちゃんの世話に認知症が始まりかけた祖母。。。我が家はこれからどうなるんだろうか。
『おばあちゃん、時々、自分が若かった頃を思い出して、びっくりするような行動することもあるけど、みんなで優しく見守っていこうな。』
と、家族で話し合った結果、施設に入れることはせずに、これからも自宅で暮らすということに決まった。
段々と祖母の身の回りの物も変わってきた。
紙おむつ。落としても割れないプラスチックの食器。持ちやすいスプーン。中身がこぼれないカップ……介護用の日用品がどんどん増えていく。
息子の日用品と似ている。
時には、息子が寝ている隣で祖母が添い寝してることもあった。
並べてみたら、よく似た寝顔。
奉公時代を思い出してるのか、やたらと息子の世話をしたがっていた。
息子のことを全く違う名前で呼び、私のことを○○様と呼んでは一生懸命動こうとする。
そんな祖母の様子に戸惑ったけれども、嬉しそうな顔を見ると邪険にできなかった。
息子はどんどん成長して自立しようとするけど、祖母はどんどん認知症が進み……人間は老いてゆくと、赤ちゃんに返ってしまうのか。
『おばあちゃん!何してんの!』
布団の上で、ティッシュを団子状に丸めて並べているの祖母を発見。
『キヨとトシオとタケオ、それとトメもお腹空いたって言うてなぁ…団子作って食べさせたらんとなぁ…』
ブツブツ言いながらティッシュで団子を作り続ける祖母。
これがきっかけで、いよいよ施設に入所させた方がいいのでは?という話になった。
このままではもっと認知症が進み、動き回るようになった息子の世話と重なると確実に大変なことになるだろうと。
大変になるのは間違いない。でも、私はその話に頷くことができなかった。
息子と遊んでくれようとする祖母の笑顔を見られなくなると思ったら寂しくてたまらなかった。
施設に空きがなかったため、入所の件は先延ばしになり、しばらくは祖母と過ごせることになった。
ハイハイをするようになった息子の後を追いかけて、一緒に這う祖母。
異様な光景ではあったが、祖母も息子も楽しそうにしていたので、息子の遊び相手ができたと思ったらそれはそれで私も楽になっていた。
そしてある日。
ハイハイをしてる息子が、縁側から落ちそうになったところを祖母が庇い、息子に怪我はなかったけども、滑って落ちた祖母が足を捻挫してしまった。
お年寄りなので、軽い捻挫でも完治するにはかなりの時間がかかり、治っても歩けないかもしれないとのことだった。あれだけ動き回ってた祖母がほとんど寝たきりの生活になってしまった。
外出する時は、祖母は車イス、息子はベビーカー。
母が車イスを押し、私がベビーカーを押す。
車イスとベビーカーが隣同士になると、息子が祖母を見て笑い、祖母が息子を見て笑う。
まるで、赤ちゃんが二人になったような生活。
そんな生活が約半年……。
祖母が寝ている部屋の窓を開け、縁側の外の庭が見えるようにしてやると、私と息子が遊んでる姿を寝たまま眺めて過ごすようになった。
もうすぐ歩けそうな息子。何度も転んだり尻餅をついたりの繰り返し。そんな様子を祖母はジッと眺めていた。
『あぁ…キヨもトメもおらんようになった。トシオもタケオも父ちゃんも母ちゃんも先に逝ってもうて…そろそろ私にもお迎えがくるんだろうかねぇ…』
時々そんなことをボソボソ言ったり、息子の姿を見て『タケオ、歩けるようになったかぇ?』と笑顔で聞いてきたり、昔と現在が混同しているようだった。
『あぁー!歩いた!やっと歩けた!』
息子が歩いた。1歩、2歩…とグラグラしながら歩き始めた。
私の大声にびっくりしたのか、祖母の目がカッと見開いて、食い入るように見詰めてきた。
『おばあちゃん、歩けたよ。やっと歩けた!』
そう声をかけると、祖母がゆっくりゆっくりと布団から出て縁側まで這ってきた。
『おばあちゃん、危ないよ。』
と言うと、私の声を無視したまま、
『タケオ、歩けたんか。良かったなぁ…。』
と言って、縁側に腰かけた。
それからもう一度、
『タケオ、良かった、良かった。歩けるようになって良かった。』
と言いながらゆっくりと立ち上がると、フラフラしながら歩き始めた。
あ……おばあちゃんも歩けるようになったんだ。
息子のそばまで歩いて行くと、
『タケオ、これからやな。元気で頑張らななぁ。』
としわくちゃの顔でニコニコしながら息子を抱き締めた。
息子が歩き始めてから半年後、祖母は老衰で他界した。
まだ何もわからない息子は、祖母の遺影を見て『ばぁばん、ばぁばん』とキャッキャ言うだけで、月日が経てば記憶に残ってないんだろうなと思った。
息子が幼稚園の年長組になってから、祖母のことを聞いてみた。
『ひいばあちゃん、どんな人だったか覚えてないよね?まだ小さな赤ちゃんだったもんね。』
ママ、ぼく知ってる。いっぱい遊んでくれたよ。いつもいっぱい笑ってた。ひいおばあちゃん、いつも笑顔だったよ。
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