死んだ悪魔一家の日常

文月 奏芽

第三話 音子の本名

「転校生を紹介する」

 担任のその一言で、教室が好奇に溢れかえる。

 現れたのは、とんでもない美少年だ。

犬養青空いぬかいそらです。よろしく」

 なるほど、これがイケボか。
 頭が動いてんのかわからん女子共は奇声を発し、目がハートマークに変わっている。

 そんなことより、俺よりもイケメンな奴がこの世の中に存在していたとは、許さん。



 ホームルームが終わると犬養の元に女子が群がる。
 質問攻めされて可哀想に。


「紅輝くんは気にならないの?」

 音子は目を細めて美少年を見据える。

「俺はああいうやつに興味はないの」

「つまらないねー」

 クスクス、と音子は小さく笑った。
 そして、彼女は僅かに鋭く変化した目を転校生に向けた。


「でも、気に食わないね。あの獣臭…」

「獣?」

 音子が言っていることはいまいち理解できないが一応、転校生を見てみた。

 女子にチヤホヤされて、良い気になりやがって。調子に乗るなよボケナ……おっと口調が。



「やあ」

 その声に俺と音子は同時にビクリと肩を震わせた。
 恐る恐る、振り返るとそこには爽やかな好青年の笑顔があった。

「……。なんですか犬」

「ほーらまたそうやって喧嘩売ろうとするんだからこの子は!」

 喧嘩腰の音子をいつでも止められるように構えた。

 犬養はおかしそうに目を細めて、音子を見つめながら予想外の言葉を言い放つ。


「犬って…。君も十分獣臭がするよ。僕は鼻が効くからね、すぐにわかったよ」


 その先の言葉は、俺と音子が硬直することとなる衝撃的なものだった。


「よかったよ、人間以外の魔物がいて」








 昼食。
 誰もいない屋上を選んで、俺たち三人は話し合った。

「とりあえず、犬養君が狼の一族の者だってことか」

「そう。僕のことは気軽に青空って呼んでもらって構わないよ」

「おーけー」

 青空は微笑んで、持参した肉を食った。

 音子は相変わらず青空を警戒している。
 ……狼と猫って仲悪いんだっけ??

「おい音子、そろそろ警戒心を解けば?」

「黙れ。この犬が滅ぶまで決して警戒心を解かない」

「サラッと殺しますよ?みたいな雰囲気出すのやめてくれない?」

 そんな音子を対して気にする素振りを見せずに青空は食事を口に運んでいく。
 溜め息をついて、今にも飛びかかりそうな音子を手で制した。

「悪い奴には見えねーよ?」

「構わないよ、紅輝君」

 ほーれ見ろ。なんていいやつなんだ。
 音子よ、今までの残虐な行い(うちの家族程ではない)を償い、反省する準備は整ったかな?

 青空は音子と目を合わせて、こう言った。

「僕も、猫一族の態度は前から気になってたんだ」

「いや、せめて最後まで良い人を保とうよ!」

 前言撤回。やっぱコイツもだめだ。


 かと思いきや、立ち上がりだしたよ。もう何なんだよ、この両家は…。


 音子は青空を指差してフン、と鼻で笑った。

「態度?あなた、まさか人間目線で言ってるの?人間社会を荒らすのが私たちでしょ!」

 うわー、コイツ黒華みたいなこと言ってるー。

「僕らは人間社会がどーのとかそんな低レベルな考えは持ってない。それに、君の苗字は宮未さんだっけ?そんな名前の猫一族、聞いたことないよ?」

「…!」

 え。は、え!?
 まさか、宮未家が存在しないっての!?じゃあ、音子って隠し子!?

 音子は真剣な眼差しの青空に向かって、呆れを含む笑い声を発した。


「ククク…、そんなこと。しかし貴様、ようやく真実に辿り着けたようね」


 ……ラスボス戦ですか。


「そう、宮未音子は偽名よ。真の名前を、『黄宮音子きみやねこ』。猫一族を代表する、黄宮家の長女だ!」

「ま、まさか…。お前が、黄宮家の!?」

「まったくついていけねーよ!!何二人で盛り上がってんだよ!」


 俺を放置し、次々と進んでいく話を一旦止めた。

 とりあえず、自身を黄宮家の者だと語る音子が説明を始める。

「ごめん、紅輝君。騙してたつもりはなかったの。ほら、家はエリートでチートですっごい有名だから偽名を使わざるを得なかったの…」

「自慢か。それだと、さりげなさもクソもねーな」

 なるほど、黄宮家の事情はわかった。


「…こんなところで黄宮家の長女に会うとはね」


 青空はニヤリと笑って音子を見据える。音子も彼を睨みつけ、何やら構える。

 もしかして、二人って中二病?


「犬養家の長男として、言わせてもらおう。貴様ら一族は最低だ」

「ハッ、犬に言われたくないね。一族を代表して、言わせてもらいます。お前たちは、我々の縄張りを荒らしてばかりではないか、この○○○ピーーが!」

「それはこっちのセリフだ!それと、犬ではない。狼だ!この○○○○ピーーーめ!」



 ………終わりそうにねーな。




 犬猫特有の、縄張り争いというやつか。俺の一家じゃそんなの関係ないんだが。

 だって、吸血鬼とゾンビだよ?食っときゃなんとかなる一族なんだよ。
 ゾンビなんか無能じゃん、うちの母親と妹見てればわかるでしょ。


「これじゃ埒が明かない」

「決闘を申し込むにゃ」

「望むところだ」

 と言って二人は俺の方を一斉に向いた。

 ……え。










「お邪魔しまーす。相変わらず遠いね紅輝君の家」

「お邪魔します。うん、予想してた通り、血の匂い」

「一人一人感想を述べなくていいよ」

 家に来た。

 そこへ母さんが笑顔で迎える。

「あーら、音子ちゃんお久しぶり」

「どうもおばさん」

 母さんはこれから何が起こるのかわからないだろう。
 ていうかさ…。青空と音子、何気に仲良くね?さっきまでのコントみたいな喧嘩はどうした?



 そして、黒華の部屋へ向かう。

「黒華ちゃーん、ゲーム貸して」

 現れた化け猫を見て、今ちょうどゲームをプレーしてた黒華は目を見開いた。


 二人はそして、バトルゲームを始める。

 何気にうまい。


「いや、待て待て。何してんのお前ら」

「決闘」

 真顔でそう答える二人はコントローラーを器用に扱い、互いのキャラクターをめっためったにしていく。

「決闘って、ゲーム!?俺んちにわざわざ来てゲームするの!?」

「黒華ちゃん、ゲームたくさん持ってるから」

「よーしわかった。今から黒華のゲーム全部捨てよう」


 そう言った俺の両目に飛び込んできたのは二本の指だった。

「ああぁあ!目がぁあ!!」

「まずはお前の死体を捨ててやるよ」

 両目を押さえて叫ぶ俺の元にドス黒い、妹の声が降ってきた。
 なんで俺の周りにはおしとやかな女の子がいないんだよぉ!?

 この能無し死に損ないめ!!




 お馬鹿な兄弟はさておき、ゲームで決闘中の青空と音子は苦戦していた。

「オラオラオラオラオラオラァ!!!」

「うおおおおおおおおおおりゃ!!!」

 コントローラーのボタン連打がおぞましい。二人のキャラクターは必死に拳を振るい、運命をかけた戦いが盛り上がっている。

 そして……。




「はあ…!?」

 音子はコントローラーを持って立ち上がり、呆然と画面を見つめる。


『引き分け』


「死ねやおいっ!」

「ああ!音子ちゃん、コントローラー壊れるっ!!」

 いよいよ頭おかしくなった音子がコントローラーにあたりだしたので黒華が必死に止める。
 青空も呆然とテレビ画面を見つめていたがすぐにフッと笑ってコントローラーを放る。

「不覚だったな。だが、あともう少しで僕の勝ちだった」

「勘違いすんなやアホ。あのときは確実に私が勝ってたぁ!」

 画面をビシッと指差し、勝ちを譲らない二人。

 俺は引き分けと表示されたゲームを凝視した。

「俺、ゲームで相討ちって初めて見たわ」

 その言葉がいけなかったのか音子が暴れ出した。


「いやだぁ!!私が勝ったんだもん!」

「子供みたいなこと言うなよ!お前そんなキャラだった!?」

「紅輝君に、私の何がわかるのよ!?」

「もう何もわかんねーよ!!」

 ぎゃんぎゃんと喚く俺と音子を黒華と青空が冷たい目で見てくる。
 止めろよ、お前ら!そんな目で見るな!


「お茶でもいかがです?兄がお世話になっております。黒華です」

「僕は今日転校してきた犬養青空です。ゾンビですか?素敵ですね」

「いえ、そんな…」


 うるっせーよお前ら!いちゃいちゃすんなどっか行けバーカ!


 喚く俺達の中心を、包丁が飛んできた。

「か、母さん…」

 ドアから母さんが顔を覗かせていた。

「いい加減になさい、喧嘩なら外でやって。じゃないと全員夕飯のおかずにするからね?」


 舌なめずりする母親を見た全員の背筋が一瞬で凍りつく。
 やっべー、俺ら死ぬな。皆、今までありがとう。



 ってことにはならなかった。俺達、怪物四人はトランプで遊ぶことになった。

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