最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

ワタルの剣術

 キィンギィンッ

 剣と盾、剣と剣のぶつかり合う音が辺りに響き渡る。
 ワタルとセレナーデが斬り合い始めて数分、2人は一息もつく暇なく己の武器を振るっている。

 傍から見れば凄まじい攻防だが、実際にセレナーデの剣術を味わったアルマにはわかっていた。
 セレナーデはまだ、実力の半分も出していないだろうと。
 その証拠に、アルマに使った剣術もまだ使っておらず、息が上がっている様子もない。

 だからこそ、アルマは自身の目を疑った。
 そんなセレナーデの攻撃に、ワタルもまた楽に防ぎ、攻撃を繰り出しているのだ。
 それも、疲れているような素振りを全く見せずに。

「小手調べは終わりでいいかな?」
「ふん」

 ワタルがそう言うと、セレナーデが攻撃の手を止め、数歩後ずさる。
 アルマの思っていたとおり、2人はお互いの手の内を探るため、本気を出さずに打ち合っていたのだ。

「望み通り、本気でやってやる」

 セレナーデは1度目を閉じてゆっくり呼吸を整えると、目を開きワタルを見据える。
 明らかに纏う雰囲気が変わった。
 実際に対峙していないアルマとヨナスにも、すぐにそれがわかるほどだ。
 両手にある剣は、右手の剣ははそのままにしてあるが、左手の剣は逆手持ちになっている。

 対峙しているワタルはというと、腰を落として重心を下げ、盾を体の前に、剣を体より少し後ろに引き、防御寄りの構えをとる。

 2人が睨み合い、静寂がその場を支配する。
 数分か、それとも一瞬か。
 時間が流れ、先に動いたのはやはりセレナーデだ。
 今までとは比にならない速度で地を蹴り、一直線にワタルへと向かう。
 動き自体は直線的なため、セレナーデを見失うこともなくしっかりと捉えていたワタルだが、違うのはここからだった。

 セレナーデは途中で全身を右に捻り、両手に持った剣ごと右回転し始める。
 さながら駒のように、回転して威力の増した剣がワタルへ容赦なく襲いかかる。

 ガガガガガガガガッ!

「うわ」

 あまりの連撃に剣が盾に当たる音が重なる。
 咄嗟に前傾姿勢をとったワタルだが、それでも地面を擦りながら後退させられる。

「ぐう……ここっ!」

 ワタルも攻められているばかりではない。
 盾でセレナーデの攻撃を受け続けると、剣を右下から振り上げる。
 回転とは逆方向から弾かれたことでセレナーデの回転は止まる……ようなことはなかった。

「甘い」

 セレナーデは素早く右手の剣を逆手持ちに、左手の剣を普通の持ち方へ変える。
 そして、ワタルに弾かれた勢いを利用し、今度は右方向へと回転し始めた。

「うっそ」

 攻撃直後のワタルには盾を構えるのが限界であり、セレナーデの回転攻撃の前に後ろへ吹き飛ばされる。
 無理矢理盾を構えたため綺麗な着地など取れる訳もなく、どうにか受け身をとるのが精一杯だった。

「ワタル、やっぱり無謀だ。ここは俺が止めるから1度退いて……」
「そんな顔しないでください、アルマさん。見ててくださいよ」

 何も出来ない自分の無力を恨んでいるのか、ギリッと歯を食いしばるアルマに、ワタルは務めて明るくそう言って、立ち上がる。

「ここからですから」
「何を企んでいるか知らないが……結果は同じだ」

 セレナーデはワタルの態度を怪訝に思いながらも、再び地を蹴り左に回転しながら、今度こそワタルを殺そうと接近していく。

「そうでもないよ」

 まずは一撃目。
 最初に接触する剣に合わせ、ワタルは盾を強く突き出す。
 剣と盾は大きな音を立てながら弾かれるが、セレナーデは当然その反動を利用して、逆回転でワタルに攻撃を続ける。
 ワタルもまた、腕を後ろに振られないよう弾かれた盾を素早く手放し、残った剣を両手で持つ。

(盾を手放した? 自暴自棄……とは思えないな)

 ワタルの心中を探るセレナーデだが、考えても結論など出ず、そのまま逆回転の一撃目を叩き込もうとする。
 だが、

 シュインッ

 小さく綺麗な音を立てながら、高速回転するセレナーデの剣を受け流すと、流れるような動作で1歩前に前進、剣よりも内側の間合いへと入り込んだ。
 そこで剣を手放すと、右拳を握りしめる。

「なに!?」

 初めて驚きをあらわにしたセレナーデは、反応が遅れる。
 ワタルは拳を下から上へ、アッパーの軌道でセレナーデの鳩尾に叩き込む。

「げほっ」

 肺から空気が吐き出され、セレナーデの動きが止まる。

「はあっ!」

 ワタルはその間に1歩下がると、左足を軸に右足による回し蹴りを放つ。
 苦し紛れに自ら後ろに飛んだセレナーデだったが、蹴りの威力はほとんど減らず、吹き飛ばされた。

 ごろごろと何度も地面を転がって止まったセレナーデは、痛む体を無理矢理起こす。
 既にワタルは剣と盾を拾っているが、追撃の気配はない。
 体の方も痛みはあるが、骨が折れているようなこともなく、戦闘に支障は無さそうだ。
 しかし、セレナーデにとって重要なのはそんなことではない。

「受け流したな……私の剣を」
「技術が取り柄だからね。剣術で負けるわけにはいかない」

 そう、ワタルはセレナーデの攻撃を受け流した。
 それも、見事の一言に尽きる完璧なタイミング、力加減でだ。
 セレナーデが知る限り、あの連撃を受け流せる剣士はロンドぐらいのものだ。

(つまり……私より強い、か)

 自分と敵との戦力差を冷静に分析する。
 セレナーデは自分の剣術に自信を持っているが、決して自分が最強などとは思っていない。
 人間が自分より上など認めたくはないが、剣術においては負けだと認めざるを得ない。

 どう攻めるかと思案していると、ワタルがセレナーデから目を離し、ヨナスの方を向いた。

「ヨナスさん、この結界解いてもらって大丈夫ですよ」
「……正気か? 相手は禁忌の魔女だぞ?」
「でもヨナスさん、これ以上その魔剣を使うと命が危ないですよ」

 ワタルの言う通り、ヨナスは顔面蒼白であり、行きもか細くなっている。
 セレナーデとの戦闘による疲労ではなく、エントの強大な力の副作用だ。

「勝てるんだな?」
「もちろんです」
「…………わかった。あとは任せる」

 しばらく悩んでいたヨナスだったが、やがて腕に絡みついていたエントの茨が消えていき、それと同時に周囲を覆っていた結界が消えていく。
 ワタルが結界が消えたのを確認してセレナーデへ向き直すと、セレナーデは殺意のこもった瞳でワタルを睨んでいた。

「なんのつもりだ」
「今言ってた通りだよ。結界の維持は限界だった」
「それでも、お前が攻勢に出れば私を殺せていたかもしれない。お前は今、自分で勝てる可能性を消したんだぞ」

 ふわり、と周りに落ちていた剣がセレナーデの元へ集まり、その周りを回り始める。

「勝つよ」

 ワタルは持っていた盾をそっと地面に置き、左手をフリーにする。

「俺は魔法剣士だから」

 ワタルとセレナーデ。
 2人の魔法剣士の対決は、ここから一気に加速する。

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