最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

魔法剣士3

「すぅー……はぁー……」

 大きく深く、深呼吸を繰り返す。
 まるで自分の体が海の底に沈んでいくような感覚を覚えながら、ワタルは心を落ち着かせていく。
 精神統一のこの修行は、戦闘中でも魔法を効率よく使えるようにするためのものだ。
 ロンドが出て行ってからはや一週間、ワタルは毎日この精神統一と素振りの日々を送っていた。

「……終わりっと」

 ふぅ、と息を吐いて精神統一を終わる。
 最初はほんの数分で集中が切れていたが、今では数時間は集中が持つようになっていた。
 素振りの成果もあってか、ガタイもかなりがっちりとしてきている。

「外の空気でも吸うかな」

 素振りを予定していた時間まではまだ余裕があるため、ワタルは外に出ることにした。
 ずっとこの地下に閉じこもっていたため、たまには新鮮な空気を吸いたい。
 念の為デュランダルを装備し、ワタルは階段を上る。

「はー、空気が美味しい」

 太陽の光に目を細めながら、大きく伸びをする。
 時刻はどうやら昼のようで、太陽はワタルの真上に出ている。
 ちなみに竹林は既に復活しており、地下への入口はかなり分かりにくくなっている。

「さて、戻るか。……ん?」

 少しだけ近くを散歩して戻ろうとしたところ、ワタルの聴覚が人の話し声を聞き取る。
 ワタルは体勢を低くして竹林に隠れるように、その話し声の元へゆっくり近付いていく。
 人の話声という言い方は正しくなかった。
 そこにいたのは、魔族だったからだ。

「この竹林を抜けてすぐだな」
「ああ、情報に間違いはない」
「ここで手柄を上げれば、俺たちも幹部昇進かもな」
「そういうことだ。魔女なんざぶっ殺してやるよ」

 耳を澄ませると、そんな会話が聞こえてくる。
 断片的だが、魔女の里を襲おうとしていることは間違いないだろう。
 魔女の里を2人で落とせるとは思えないため、この2人は偵察がなにかなのだろうとワタルは考える。
 そのまま身を潜めていると、魔族の2人は来た道を引き返していった。

「襲うとなれば夜かな……うっし」

 今から魔女の里に行こうにも、ワタルには里への道はわからない。
 ならばどうするか。
 ワタルは地下に戻り、準備を始める。
 魔族を撃退するための準備だ。

「襲撃なんてさせるわけないよ」

 魔族の数は知らないが、みすみす魔女の里へ行かせるわけにはいかない。
 1人でどこまでやれるかはわからないが、今のワタルは以前よりも明らかに強い。
 あわよくば全滅させる。
 それほどの気持ちで準備を進めていく。

* * *

 竹林は静寂に包まれている。
 夜風の音だけが響くそこへ、突如いくつもの気配が現れる。

「来たね」

 ワタルはデュランダルを抜剣する。
 それから少し待つと、竹林の奥から6魔族が出てくる。
 その数、実に50人。
 その中には、昼に見た偵察の2人もいた。

「悪いけど、ここは通さない」
「話が違うな」
「こんなところに人間……それも俺たちの作戦がバレているみたいだが」

 魔族たちがワタルの姿を見て話し合う。

「こいつ知ってるぞ。幹部を2人殺した人間、確か名前はワタルだ」
「最近話題になってるあいつか」
「丁度いい。ついでに殺していくか」

 魔族たちは各々の獲物を構える。
 手に持つのは剣、刀、槍、弓など、様々だ。

「水よ、弾丸となり、敵を貫け」

 先制攻撃はワタルからだ。
 魔族が武器や魔法を使う前に、広範囲の魔法で数を減らすつもりだ。
 水の弾丸の数は軽く100を超えており、回転がかかっており貫通力が高い。

「ぐおっ!?」
「うわああっ!?」

 短い詠唱からの強力な魔法に魔族たちは防ぐ手段がなく、攻撃を受けて倒れる。
 が、倒れたのは数人ほど。
 残りの魔族は弾丸を見切り、避けていた。

「なかなかの魔法だが……それだけか?」
「噂ほどじゃないな」

 ワタルはここでやっと自分の過ちに気付いた。
 ロンドとの修行で強くなったかもと自惚れ、自分1人で魔族をどうにか出来るも思ったが、間違いだった。
 ここに集まっている魔族たちは、そのほとんどが幹部クラスの強者たちだ。

「でも、後には引けないし」

 頭を強く振り、思考を切り替える。
 そう、たとえ敵がこれだけ強いとわかっていても、ワタルはここに立っていたはずだ。
 深呼吸を何度か繰り返し、心を落ち着かせる。
 大切なのは感情を表に出さないこと。
 ワタルは真っ直ぐに、目の前の魔族たちを見据える。

「呑気に準備してんじゃねえよ」

 魔族の1人が業を煮やしたのか、地面を蹴ってワタルに接近する。
 その両手に握るのは、岩をも砕きそうな大剣だ。
 ワタルが倒した幹部にも引けを取らない速度で、魔族は大上段に構えた大剣を振り下ろす。

「それに、あいつほどじゃない!」

 迫る大剣を盾で後ろに受け流しながら懐に入り、流れるような動きでデュランダルを一閃。
 魔族は腹部を深く斬られ、前のめりに倒れる。
 ロンドとの10本勝負を繰り返していたワタルの目には、魔族の動きは鈍く見える。

「魔法剣」

 表情を引き締める魔族たちを前に、水を纏わせた剣を持ったワタルが地面をぐっと踏みしめる。

「やってやる!」

 ワタルは地面を蹴り、魔族たちへ突っ込んだ。

* * *

「水よ、刃となり、敵を切り裂け!」

 ワタルの詠唱によって現れた水の刃が、横からほ魔族の攻撃を受け止める。

「はっ!」

 そうして1対1の状況を作ったワタルが、体重を乗せたデュランダルを横薙ぎに振る。
 目の前の魔族は自分の武器を盾にしようとするが、魔法剣となり斬れ味の上がっているデュランダルは、その武器ごと魔族を斬る。

「はぁ、はぁ」

 1度大きく後ろに飛び退き、息を整える。
 戦闘が始まって2時間。
 魔族の数は5人にまで減らしたが、ワタルだが体にはいくつもの傷を負っており、体力も減っている。
 魔力はまだ持つだろうが、残りの5人は格段に強かった。

「水よ、弾丸となり」
「見飽きた」

 詠唱を始めたワタルに、魔族から矢が飛ぶ。
 それを盾で防いだワタルだが、それによって視界はほんの一瞬遮られる。

「らぁっ!」

 盾を構えているワタルに、大槌を振りかぶった魔族が接近する。
 ワタルは大槌を防ごうと腰を落とすが、魔族の力は強く、足が地面から離れ後ろに飛ばされる。

「動きが鈍くなったな」
「死ね」

 空中で身動きの取れないワタルへ、残った魔族の2人から魔法が飛ぶ。
 どちらも炎の球体で、ワタルはどうにかデュランダルを体の前に出すが、魔法の直撃は避けられない。

「がっ!」

 ワタルは魔法の直撃による勢いで竹を何本も降りながら、その場に倒れて動かない。
 体は既に満身創痍で、立ち上がることも困難だ。

「これで終わり」

 最後に残りの魔族が手に持った槍を投擲する。
 槍は綺麗な軌道で、数分の狂いもなくワタルの顔面を貫こうと迫る。
 が、槍は直前で止まる。
 いや、止めたのだ。
 槍を素手で掴んで止めた人物は、ワタルを見下ろして話しかける。

「どうした、終わりか」
「こっからだったんですよ。全然ピンチじゃないです」
「そうか」

 ロンドが槍を投げ捨てながら、魔族の5人を見る。

「あなたはロンド様……なぜここに」

 魔族たちはロンドの出現と、なによりワタルを助けたことに驚愕を隠せないでいるようだ。

「かなり頑張ったようだな」
「まだやれますよ」
「いや、いい。俺が代わろう」

 そんな魔族を無視し、ロンドは立ち上がろうとするワタルを手で制する。
 そして振り返り、魔族の5人に殺意を向ける。

「弟子を助けるのは師匠の役目だ」
「弟子? まさかその人間が?」
「そうだが」
「ロンド様……いや、ロンド。それは魔王様への裏切りと知ってのことか」

 魔族たちはロンドの殺意をまともに受けても退かず、それどころか急速に殺意を向け始める。

「あいつを魔王と認めたことはない」
「そうか……なら死ね!」

 魔族たちはロンドの言葉を聞き、一斉に魔法や弓、大槌による攻撃を行う。

「魔剣“ストルム”だ。死ぬ前に見ておくといい」

 ロンドはそれに対してゆっくりと腰の剣を抜き、ぐっと後に引く。
 その剣はワタルとの10本勝負に使っているものではなく、禍々しい雰囲気を放っている。
 魔剣ということは、レクシアのように強力なものなのだろう。
 その魔剣を、ロンドは横薙ぎに振った。

「なっ!?」

 次の瞬間、ロンドが魔剣を振った範囲の前方に風が吹き荒れる。
 いや、風などという生温いものではない。
 鋭い刃の集合体となったその風は、まさに嵐そのものだ。
 嵐は竹林を薙ぎ払い、魔族たちをまとめて切り裂く。
 あとに残ったのは、再び更地となった竹林と、魔族の残骸だった。

「ふん」

 ストルムを鞘に収めたロンドは、ワタルの方へ歩いてくる。

「流石ですね、師匠」
「なんだその呼び方は」
「さっき自分で言ってたでしょう。俺は弟子であなたが師匠」
「お前がいいなら構わんが」

 ロンドは間違いなく、ワタルを助けるために仲間の魔族と戦った。
 それが自分のためだろうと、ワタルにとってはロンドを信頼するには十分な行動だった。

「いいんですよ。それより、早速稽古付けてくださいよ、師匠」
「それより先に休め」

 ロンドが呆れたようにため息をつきながら手を差し伸べ、ワタルがそれを掴む。
 相手が魔族の幹部だろうと構わない。
 ワタルはロンドを、師匠として敬うことを決めた。

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