最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

サキュバス

バキンッ!

 金属が折れる音が響く。
 これも何度目か、ハラルは既に覚えていない。
 夜想曲の剣は、破壊するたびに再生していき、ワタルが盾でハラルの攻撃を防いでいる間に復活する。
 そして、それを折る。
 数分前からその繰り返しだった。

「ちょっと不利ですかね……」

 夜想曲の剣を折るために、ハラルは常に音魔法を発動し続けている。
 ハラルが使う音魔法は魔力の消費は少ないものの、塵も積もれば山となる。
 今ではかなりの魔力を削られていた。

 さらに、ハラルはワタルへ直接的な攻撃はできない。
 今の状態のワタルへ、音魔法の振動によって強化されたハラルの拳が直撃すれば、命を奪いかねないからだ。
 そのため、ハラルは決定打に欠けていた。

「え」

 どうしようかと考えるハラルに、ワタルが向かってくる。
 その手に持っている夜想曲の剣はまだ刀身が再生の途中で、それを振ろうとしているのがわかった。
 行動パターンの変わったワタルを警戒し、ハラルは大きく後ろへ飛ぶ。

 それは正解だった。
 先程までハラルがいた場所を、水によって刀身を伸ばされた夜想曲の剣が、ハラルの服を切り裂き、音を立てて通過する。

「魔女を操れるんですし、そりゃ魔法も使えますよね」

 ワタルが魔法を使う素振りを見せなかったため、無意識に魔法による攻撃はないと思い込んでいた。
 ハラルは今のワタルに対する認識を改める。
 ワタルの周囲には拳大の大きさの水球が浮かんでおり、攻撃もさっきより多彩になるだろう。

「時間稼ぎにしますか」

 いくらハラルとはいえ、魔法と物理的な攻撃を受け続ければ、ダメージも蓄積されいつか倒れる。
 ワタルを無力化することを諦め、自分は時間稼ぎに徹する。
 それが今、1番勝率が高いとハラルは結論付けた。

***

「……どこじゃ?」

 マリーは迷っていた。
 最初に入った扉の先は、四方に扉がある部屋だった。
 それから、いくつか扉を開けて回ったが、どこの部屋も殺風景で、まるで迷路のようだった。
 そして、マリーは完全に自分がどこにいるかを見失ってしまった。

 頼りになりそうだった音も、四方八方から聞こえており、相手の場所を特定することはできない。
 ハラルは今この瞬間も、ワタルと死闘を繰り広げているはずだ。
 早く見つけなければならない。
 マリーは考えた末、ある方法を思いつく。

「ハラルにもできたんじゃから、わしにもできるじゃろう」

 その方法とは、ハラルの行った音魔法によるソナー探索だった。
 ハラルは簡単にやってのけたこの方法は、非常に高い難易度を誇る。
 だが、スキルによって全ての魔法に適正を持ち、魔女であり魔法の扱いに長けたマリーであれば、可能であった。

 早速マリーは地面に手を当て、音魔法を発動する。
 音は一瞬にして広がっていき、この地下の全体図をマリーへと伝えた。
 地下は最初の大きな広場以外、同じような小部屋が続いていた。

「……あそこじゃな」

 ここから右へ2つ、前へ5つの部屋の下に、地下のようなものがある。
 その下に1つの部屋があり、そこ以外に怪しい場所がないことから、そこに洗脳をしている人物がいると考えわマリーは走り出す。

 その部屋にはすぐに着き、よく目を凝らすと、この地下への入口と同じように、細く見逃してしまいそうな線が入っていた。

「砕けよ」

 マリーは土魔法によって岩の塊をその入口へぶつけ、入口に穴を開ける。
 やはりその中に人がいるようで、入口を壊した音に驚いたのか、歌が止まる。
 マリーはいきなり中へ入るようなことはせず、ゴーレムを2体作り出し、扉の先の階段へと向かわせた。
 それからしばらくして、

「わー! なに、なんなの!」

 中にいる女の子の声が聞こえてきたため、マリーは杖を構えて警戒しながら、階段を降りていく。

「し、侵入者!? 可愛い私をさらいに来たの!?」

 その部屋は大きさこそ、他の小部屋と変わらないものの、椅子や机という生活用品があった。
 その中心に、2体のゴーレムに捕えられた少女が、マリーを見てじたばたともがいている。
 力はないのか、ゴーレムの拘束から脱出できず、しばらく眺めていると大人しくなった。

「殺すべきかのう?」
「ひいっ!」

 マリーの呟きに、少女は素早く反応して再び暴れ出す。

「冗談じゃ。少し聞きたいことがあるんじゃが」
「私の可愛さの秘密とか?」
「次ふざけたことを言うと、お主を殺す。いいな?」

 少女は両手で自分の口を抑え、コクコクと何度も頷く。
 抵抗の意思はないとみたマリーは、少女からゴーレムを離すと、少し下がらせる。
 マリーはてっきり魔王軍の手の者だと予想していたが、どうもそうではないらしい。
 そのため、まずは自分に敵意がないことを示そうとする意図もあった。

「まず、お主の素性を聞きたい」
「私? 私はピアニ。アイドルを目指す可愛いサキュバスよ!」

 少女はゴーレムの拘束を解かれ戸惑っていたが、マリーから質問されると、右手で横ピースをしながら声高らかに名乗った。
 身長こそマリーと変わらないが、その体は豊満で、マリーとは似ても似つかない。

「魔王軍じゃないんじゃな?」
「魔王軍? あんなところ絶対行きたくないわ!」

 嘘をついているようにも感じられず、どうやら本心で魔王軍を嫌っているらしい。
 それがわかり、マリーは質問を変える。

「魔女を洗脳した目的はなんじゃ?」
「え、洗脳? 私が?」

 マリーの質問に対し、ピアニはきょとんとして小首を傾げる。

「お主の歌で魔女が洗脳されておる。言い逃れはできんぞ?」
「それってつまり、私の歌に魅了されたってことね! やっぱり私はすごいわ!」
「わしの質問中じゃ」

ズドンッ!

 マリーのゴーレムが地面を殴ると、鈍い音とともに地面にヒビが入る。
 ピアニはビクっと体を震わせると、すぐに黙った。

「でもでも、本当に私は洗脳なんて知らないわ!」
「なら、なぜこんな地下にいるんじゃ?」
「言ったでしょう。私はアイドルを目指してるの。そのために、今は里を飛び出して偶然見つけたこの地下で過ごしてるのよ」

 ピアニは胸を張り、堂々と言い張る。

「ふむ……」

 マリーはピアニの発言を整理する。
 まず、ピアニは故意的に洗脳をした訳では無い。
 この地下は、ピアニが作ったものではない。

「お主、この竹林に来る途中で歌を歌ったか?」
「もちろん。練習は移動中でも欠かさないわ!」

 今のピアニの発言で、合点がいった。
 ピアニの歌は音魔法の1種で、洗脳効果がある。
 ピアニには魔女の里が見えないため、歌が聞こえた魔女たちが洗脳された。

 洗脳された魔女達は、ピアニが命令を下さなかったため、近くの魔女を攻撃し主となったピアニの元へ向かったのだろう。
 ワタルの洗脳が早かったのは、サキュバスとして生まれ持つ能力で、男性に対して効きやすい、といったところか。

「悪気はないんじゃな?」
「も、もちろん!」

 即答したピアニを見て、マリーは頭を悩ませる。
 悪気がないならば、これから歌を歌わないよう、注意すればいいことだ。
 だが、魔女の里には連れていかねばならない。

「洗脳はどうやったら解けるんじゃ?」
「もう歌ってないから、多分すぐに解けると思うわ」
「そうか。よし、ならばお主を殺す必要もないじゃろう」
「本当!?」
「じゃが、洗脳した者達には謝ってもうらうぞ?」
「わ、わかってるわよ」

 マリーが睨むと、ピアニは怯えながらも首を縦に振った。
 マリーはそれに納得し、ピアニをゴーレムに運ばせその部屋を出た。

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